079 ――Side C―― 魔術に関する一考察
後日談的なものです。
※078から080まで三連投稿しています。お気をつけください。
先ほどから延々と魔術具のスイッチを入れたり切ったり、首をひねりながら散々いじり倒している相手がまたスイッチを入れたのを見てディノが呆れ半分に声をかける。
「さっきから一体何をしているんですか?」
「いや、これ不思議だなぁって」
言いながらミュルカが魔術具からあふれてくる水を眺めている。彼女の前にあるのは、小さな水差し型の魔術具だ。スイッチを入れると満水になるまで水が現れる。ただそれだけの、取り立てて珍しくもない魔術具である。
確かに火をつけるだけのものに比べれば高価だが、決して珍しいものではない。各家庭にあるほどではないが、数軒に一つは大きな水瓶型のものが設置されているくらいには普及している。店舗であればどれほど小さなところでも小型のものは備え付けられていて当然である。
「何がそんなに不思議なんです?」
「この水、どこから出てきてるのかなぁって思って」
呟いて水を流しに捨てると、もう一度スイッチを入れ、内部に水が満ちる様子を見つめている。
「どう考えてもどこにもつながってないのに、この水はどこから出てくるの?」
尋ねられ、それまでは特に疑問に思いもしなかった水差しの原理を考える。
「攻撃魔法で水属性のものは水流を呼ぶのですが、それは術師の魔力を糧にしています。原理としては火をつけるのと同じですが、それがそんなに不思議ですか?」
極単純に、魔力を水に変換しているだけなので、どこから現れるも何もないだろうと思いつつ返事をするが、ミュルカは一層腑に落ちないという表情になる。塔の攻略に目処が立ち一般常識を学ぶ姿勢を見せ始めてからの彼女は、ずっとこの世界で生きてきた彼らなら気にもしないことを不思議がっては尋ねてくるのだ。なまじ頭が回るだけに子供のなぜなに攻撃より余程たちが悪い。
「じゃあ、そも魔力って何?」
「はい?」
「だって、火を熾す程度ならわからなくもないだよね。極単純に高エネルギー体だと考えれば発火しやすいのはわかる。ガソリンや石炭に近い性質だと思えば納得できなくもない。でも、だとしたら水とは性質が違いすぎるよね? なのになんで水の原料にできるの?」
「……そうきましたか」
確かに、そんな方向から考えると不思議に思うのもわからないでもない。
「まず第一に、私達は魔力を特定の性質を持ったエネルギーとは考えていません。ただ単純にそういうものなのだととらえます。しいてたとえるのなら、生命力のようなものですね」
「……むぅ」
眉間にしわを寄せて、考え込む様子からはまったく納得がいっていないのがよくわかる。
「たとえば、ですが。私は治療魔術を使えますよね?」
「うん」
「そして、火属性の攻撃魔術も使いますね」
「だねぇ」
「それは両方とも、私自身の持つ魔力で発動します。さて、なぜこの二つが同じ力を元にして発動するのでしょうか?」
「それがわからないから不思議なんだよ」
初歩の初歩の理論だが魔術を専門にするのでなければ教わらないような知識でもある疑問を改めて提示すると、不満だったのかわずかににらまれてしまった。
「私達はこの疑問にこんな説明をつけました。――魔力自体はこれといった性質を持たない純粋なエネルギーでしかない。それに方向性を与えているのは私達の意志なのだ、と」
「魔力万能説?」
「万能というと語弊がありますね。魔力を使ってどんな現象を起こすのか、その目的が器だとしたら、魔力はそこに注がれる水です。器の形に合わせて形状を変えて量が充分であればいくつでも器を満たしていける。けれど、その量は個人の保有量に左右されるので自ずと限界があります」
言いながら、食器棚から取り出したいくつかのコップと皿に水差しの水を注ぐ。しかし、その水は四つめの器を満たせずに途中でなくなった。
「魔術を使うというのは、自分がどれだけの魔力を持っているのかを知り、目的に合わせた的確な器をイメージし、そこに魔力を注ぎ込む。この三つの過程を経て成り立ちます。魔術具はこのうち、的確な器を用意し、魔力を注ぎ込む手伝いをするものだと言えば何となくわかりますか?」
「……うぅん」
眉間にしわを寄せたままうなるミュルカが納得していないのがわかって、ディノはわずかに苦笑する。魔術が当たり前に存在しない世界から来た彼女にとって、どうにも腑に落ちないのだろう。
「ひっかかるところがあれば口にしてくださいね」
「ディノの言うのが正しいと仮定して……」
自分のこめかみを人差し指で何度かつつきながら首をひねる彼女が、水の入ったコップに視線を送る。
「これが魔力の形だとしたら、なぜ水は出せても服や食べ物を直接作ることができないの? きちんとイメージできさえすればそれを実現させられるのが魔力なのなら、その例外はどうして生まれるの?」
以前ちらりと話した、食力や服を直接魔術で作ることはできないという言葉を持ち出しての切り返しに、ディノも表情を引き締める。これは本格的な議論になりそうな予感がする。
「魔力によって作り出せるものは永続しない、というのがその回答になります」
「でも、この水差しで出したお水でいれたお茶、十日くらい放置してもなくならないよね? それなのに数日で腐るようなものを産み出せない理由にはならないと思うんだけど」
ここしばらく、コップに注いだお茶を片付けないでくれと言ってずっと置きっぱなしていたのだが、それがこんなところにつながっていたのだと知ってディノは舌を巻く。
「それに、土魔法で土塊や岩は出せるのに石炭や鉱石になると駄目なのはなぜ? どちらも永続的に存在するものだよね? それとも魔術を使った人が死んだりすると消えるの?」
「……そういった話は聞きませんね。魔術で生み出した大岩を使って敵を防いだという、百年ほど前の魔術師の記録があります。その岩は今でも残っていますし」
「なら、永続するものは産み出せないって言うのはおかしくない?」
「おかしいと言えばおかしいですよ。ですが、ここに命を持つものは生成できない、という理論があります。そう考えると、服の繊維や食料は元々生き物なので産み出せないのは当然となりますね」
「……屁理屈だ」
魔術学では定説になっている理論を告げると、ミュルカが一層渋い顔になる。
「まるで、できない理由を探してるみたいだね。理由つけて諦める正当性を声高に語ってるみたいで格好悪いよ。というかね?」
言って、ミュルカが水の満たされたコップに手を伸ばすのを見つめていると、視線の先でコップからわずかに湯気が立ち次第に水が色づいていく。
「……何をしたんですか?」
湯気と共に漂ってくる馴染んだ香りに目を見ひらく。目の前にいる少女は今、とんでもないことをして見せた。
「本当にわからない?」
どこか挑戦的な色を含んだ声に、答えないままコップを手に取り口をつける。――確かにそれは飲み慣れたリヴァ茶の味がする。それも、伯爵家で出された高級なもの。
ついさっきまでこのコップに入っていたのは水だったと断言できる。それはつまり、飲食物を魔術で作り上げることはできないという定説が覆されたということだ。
「生命を持った――持っていたものが魔術で生成できないのなら、なぜ水をお茶に換えることができるのか、説明して欲しいんだけど?」
尋ねる口調での非難にディノは言葉につまる。確かに今までこんな魔術を使って見せた人間がいなかったのは確かだが、それは魔術では食品を生成できないという固定概念にとらわれていたからできなかったのだと言われても仕方がないだろう。
「無理に説明をつけようとすればできる。私には異世界の知識があって、お茶を茶葉――植物に由来するものじゃなくて合成された香料の類だと認識して、化学的に分析した組成だけを再現した、とかね。でも、そういう問題じゃないよね? 私はお茶の成分の化学式なんて知らない。それなら、味覚と嗅覚の知識を元に再現できるものなら何でも作れるはず。ジュースだろうがお菓子だろうが、ね。だけど、それは難しいんだよね」
何やら考える風情で、ディノが持ったままのコップに手が伸ばされる。しばらくして彼女が手を引いた後には、何も変化がないままのお茶が残されたようだが、視線にうながされて口に含んで――。
「……なんなんですか、このおかしな物体は……?」
げんなりした声を出したのも当然。見た目も香りもリヴァ茶でしかあり得ないのに、口に入れるとなぜか魚の煮込みの味がした。一体何の罰ゲームかと問い詰めたい。
「お茶が可能なら別のものも作れないかと思ったんだけど、食品だと無理なんだよね。でも、液体に味をつけるだけなら可能。可食部が存在するかを頓着しなければ見た目だけならそっくりな物体も再現可能。だけど、食べられて味も見た目もってなると、これが絶対に不可能ときた」
言いながら、ミュルカが水が半端に入った皿に手を伸ばし、見事な魚の煮込みを出現させてみせる。色つやといい、香りといい、まごうかたなく魚の煮込みにしか見えない物体に手を伸ばして触れると、何やら異常に硬い。金属めいた露骨に飲食不可能そうな感触である。
なのに強く押すと、魚の煮込みであればこう崩れるだろうという雰囲気でほぐれる。手についた煮汁といい、並べて出されても見分けがつかないだろう。
好奇心に負けて指についた液体をなめると、舌に異様な刺激が走る。まるで、消毒液か洗剤でも間違って口に入れたような刺激に慌てて流しにつばを吐き、持ったままだったコップの中身で口をすすぐ。
「……これはなんとも」
うがいに使った魚の煮込み味の水にもげんなりさせられたディノがため息をつくと、原因であるミュルカは小さく肩をすくめて見せた。
「この現象、ディノの言ってる理論だと説明がつかないよね。なのに何で誰も彼も不思議に思わないで、魔術で食品は作れないってだけで納得しちゃうの? 少なくとも、水を食べ物にしようとしたら劇物に変質する理由とか、すごく気になるところなんだけど」
「……そのことに興味を持つ人があまりいなかったのでは?」
「あり得ないでしょ。魔術で食料を作り出せたら、それがどんなに便利かわからないはずがない。なのに、なんで明確な理論が完成しているわけでもないのにできないでうやむやにしておけるの?」
次々と投げかけられる疑問とも非難ともつかない言葉にディノは言葉を返せなかった。今自分が口にしたのがその場しのぎでしかないとわかっている。彼女の指摘通り、できないと言われてそういうものだと試しもせずにあきらめていたのだ。
「なんか、習い始めてみると魔術の理論ってかなり穴だらけでびっくりなんだけど」
あきれているのかため息混じりにこぼれた言葉に、ディノは苦笑いになるしかない。話に聞く限りこの世界に比べて相当教育水準が高い環境で育った彼女が要求してくるレベルが高すぎるという側面は否めない――なにせ、今の議論にしても魔術の専門過程でなければ扱わないような内容である――のだが、それを指摘してもなんの解決にもならない。
「確かにまだ解明されていないことは多いですね。そもそも、魔術で食料や衣服を作り出すことにあまり熱心でなかったんですよ」
「なんで?」
「魔術でそれらを生み出せてしまうと世界の半数以上が仕事を失うことになりかねないからですね」
「――あぁ、この世界は一次産業が中心だっけか。確かにそれだと仕事をなくした人口をどうするかわからないうちはおいそれと掘り下げられないか」
「あとは魔術を使える人と使えない人との格差の問題もあります。魔術具の普及でだいぶ落ち着いたとはいえ、少し前までは実戦レベルの攻撃魔術が使えるか、実用的な生活魔術を使えるか、の違いが随分と生活に影響しましたからね」
「なるほど。これ以上の魔力の有無が格差を生むような研究は危ないから手をつけにくいわけか」
簡単な説明でおおよその状況を悟ったらしく、ミュルカのい表情がいくぶん和らいだ。
「でも、そんなこと言ってたら何も研究できないよね?」
「ですから最近は魔術具の開発や改良が推し進められているんです。より少ない魔力で使えてより生活が快適になるように、少しでも安く多くの人に行き渡るように」
「新しい技術はまず敵を作らない下地作りから、か」
唇の端を持ち上げてのつぶやきはここ十数年の神殿の――ひいては世界のほとんどの国での――方針そのものだ。ヒントになる情報は出しているが、こうも見事に正解が続くと感心するべきか呆れるべきか悩ましい。彼女が本格的に魔術の研究に携わるようになったら、どれほどの成果を生み出すのか想像するだけでも楽しみだ。
「そういうことならこの疑問はとりあえず気がつかなかったことにしておくよ」
「ここで個人的に検証する程度であれば問題ないと思いますよ?」
「それはつまり、あんたも興味がわいた、と?」
「それはもう。この謎な物体の正体は気になりますから」
言って魚の煮込みもどきに視線を送ると、その製作者が吹き出した。
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