078 ――Side C―― よくある夜のひとこま。
後日談というかIFバージョン・ディノとミュルカのその後。
※078から080まで三連投稿しています。お気をつけください。
机に突っ伏して眠っている姿を見つけて、部屋をのぞいたディノが微苦笑になる。
勉強熱心というのか趣味人と言うべきか、彼女は意識を保てる限界まで作業に熱中してしまうのだ。
塔が消失してから既に五年。
ミュルカがこの世界に召喚されてからはそろそろ十八年になる。
ついこの間、むこうですごした時間と同じだけこっちにいるんだなぁ、と感慨深げにつぶやいていたが、感傷的な姿を見せたのもほんのわずかな時間だけだった。
そうっと部屋の中に入り、アイテムボックスに常備している毛布を眠る同居人の体にかける。
幸せそうな笑みを浮かべて眠る体の下には紙がたくさん下敷きにされているあたり、また何かの設計図でも書いていたのだろう。
塔がなくなってからの彼女は、魔術を使って故郷にあった便利なものを再現するのに熱心なのだ。毎日のように資料庫を漁り、試作品を作ってはあれこれ試している。相談を受けることもあるが、基本的に1人で最後までやろうとするので彼女が何を作ろうとしているのかはわからない。
一見すると、魔術の研究三昧を謳歌してしるようだが、こうした彼女の行動が喪失感をごまかすためのものだというのはわかっている。
根を詰めすぎだと無理やり休ませた時の彼女はいつもぼんやりとしているばかりだし、そんな時唇の動きだけで呼ぶ名前が誰のものなのか考えるまでもない。
それでも、何も言わず表に出したがらないミュルカの気持ちもわからないでもない。弱音をはいてしまったら折れてしまうと思っているか、彼に気を遣って口にしないか――おそらくその両方だろう。
いつになっても人に甘えるのが下手なのは困ったことだ。彼女が望むのなら代用品にしかなれないとしても、渡せるものはいくらでもあるというのに。代用品だとしても、それに癒されるくらいの効果があるのは知っているはずで、それでもかたくなに拒むのが自分への好意だとわかるのがなんとももどかしい。
利用したくない、と言うミュルカにかまわないから利用しろ、と言いたくなるのは彼一人でもないらしい。時折、まわりからそんなことをけしかけられるが、強引な真似もできずに気付けばこの年月がたっていた。
なんだかんだで結局同居を続けているが、関係に変化はない。表面的にはあれこれ変わったのだが、実際は精々保護者がお役御免になった程度。
もっとも、いまさら今の関係が変わるとも思えないし、変えたいとも思っていないのだが。
「あまり根を詰めすぎては体を壊しますよ?」
聞こえていないとわかっていてもつい口をついた注意を残して部屋を出る。
起こすのは仕事を終えて寝る時で充分だ。
あと数時間、彼女がおとなしくベッドに入る気になるくらい遅くなってから起こさないと、そのまま仕事を再開してしまうのはいつものことなのだ。
それに、あんなに幸せそうに笑っていたのだからきっと懐かしい誰かの夢を見ているに違いない。
神からの報酬である、会えなくなった大切な相手が幸せかどうかを知る権利として、彼女は時折むこうの様子を夢にみるのだという。
目が覚めたら懐かしそうに、どこか痛みをこらえる様子でどんな様子だったのか話してくれることだろう。
明日は朝からのろけを聞かされる覚悟をしておかないと、などと考えながら自分の部屋に戻ったディノは机にむかう。
作業に夢中になっていつも机で眠ってしまうミュルカの様子を見てから、もうしばらく自分の作業を進めるのが彼の日課だ。
知らん顔をして塔を消滅させた報酬を受け取ったミュルカは、その報酬である領地の管理を彼に丸投げしている。
しかし、半分は父親である伯爵から押し付けられた小さな領地と隣接していたことから、雑務を引き受けようかと申し出た彼自身の責任である。
――ミュルカに任せておいては「適当にやって」の一言で放置してしまいかねない、という領民に非常に迷惑な事態になりそうだったというのもあるとしても、だ。
そういう時、どうにも理性やら良心がうずいてしまう人間の方が損をするのはどの世界でも共通である。
「さて、仕事を済ませてしまいますかね」
ミュルカといる時間が長いせいか、最近はひとり言までですます調になっているという事実に彼が気づくのにあと数年かかるというのはここだけの話。
お互い報われないなりにそこそこ幸せなんだろうな、と。
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