074 ぶっちゃけ、本当どうでもいい案件。
その後、うやむやのうちに私は寮に帰ることになって、のんびり眠って起き出した。
ディノとザームさんはあれこれ忙しかったみたいだけど、まぁそこら辺はしかたがないんだろう。
ゆっくり朝ご飯を食べて、さてどうしようかな、と思っていると、ザームさんから呼び出しの連絡があった。
断ると後が怖いのは目に見えてたんで、おとなしく呼び出しに応じる方がよさそう。
そんなわけで出向いた先は、ザームさんの仕事部屋。
ノックをして入ると、ディノと二人、応接セットでなにやら話し合っていた所らしい。
「おはよう。昨日の件?」
「まぁね。わざわざありがとう、ひとまず座って飲み物とお菓子をどうぞ」
笑顔で言われたんで、とりあえずディノの隣に座る。
……いや、決してザームさんの隣に座るのが怖いとかでは……。
さすがに朝ご飯直後でおなか一杯だしお茶に口を付ける。
あ、最近マイブームの甘めのカフェラテもどきだ。
飲み物にちょっとほんわかしてると、にこにこ笑顔のザームさんがこっちを見る。
「昨日の経緯はおおよそディノ君から聞いたけど、ミュルカちゃんの方から何か付け加えたいことはあるかな?」
「付け加えるって何を?」
「エルちゃんに関して気付いたこととか、処罰が重い軽いとか、そういう事かな」
「ん~……。徹頭徹尾無言で感じ悪いとは思ったけどその程度かな」
さほど興味もなかったからなぁ、と言うと、ザームさんは苦笑いになって、ディノはいくらか微妙そうな表情になった。
「エルがしゃべらなかったのは悪意があったとかではなく、失語症なんですよ。
殺人の現場を目撃してしまって以降、まったくしゃべれないんです」
「ふぅん? でも、それで癇癪で人を殺しかけたのが許される訳じゃないでしょう」
「まぁ多少の免罪符にはなるかな。
事件に巻き込まれたおかげで情緒不安定だったし、密な意思疎通ができなかった事でそれに拍車がかかった、という論法でね」
「筆談はしてなかったの?」
「彼女は読み書きができないそうだよ」
「それはただの怠慢でしょう」
ザームさんの言葉に呆れ混じりで応じると、首を傾げられてしまう。
「そうかい?」
「だって、しゃべれなくなったら意思疎通をどうするかって、筆談とか、文字の音を書き出した紙を指さしていく、とか他の方法があるでしょうに。
ディノの家に引き取られて二年経ってるんでしょ?
その間、その程度の方法を試すこともできない程忙しくこき使ってたか放置してたわけ?」
「いえ、そういう方法を勧めていたんですがエルがどうしても乗り気にならなかったんです。
なのでまだ事件から日も浅いししかたがないだろう、と」
「それが怠慢なんだよ。
私かわいそうなの、同情して、と言わんばかりじゃない。
本人も馬鹿だけど、それを許したまわりも大概だね」
「……これは手厳しい」
「一生家で囲い込んで、一切外部と関わらせないって言うならそれでもいいんじゃないの?
でも、結局は同情で気を引いてものにしようとしてた男が他の女といるのが許せなくて殺人沙汰まで引き起こした。
意思疎通がうまくできてないのを免罪符にするなら、その分は甘やかした馬鹿が責任を負うんだね」
「ミュルカちゃん?
どうも昨日の夜から被ってた猫が消えてるみたいだけどいいのかい?」
苦笑いのザームさんに言われて、とりあえず一口お茶を飲む。
「別にもう愛想良くしておく理由もなくなったしどうでもいいかな」
「うぅん……。
その理由にも非常に興味があるけど、先にエルさんのことを済ませてしまっていいかい?」
「別にどうとでも好きに対処したら?
私は今後迷惑をかけられないで済むならどうでもいいし」
「見事なまでに興味がないのが見え見えな返答をありがとう。
――それは、今後一切ミュルカちゃんに関わらないという条件が守られる限り罪に問う意志はない、と解釈してもかまわないかな?」
「好きにとってくれてかまわないよ。
正直、その条件がどの程度拘束力を持つかは疑問だけどね」
「あぁ、それは大丈夫だよ。
魔術を扱えない者が引き起こした暴走に責任は問わない、というのが魔術師の育成指針ではあるけど、さすがに今回はね……。
明確な害意を持った上での無差別広範囲攻撃だから、あの子がちゃんと魔力と感情を制御できるようになるまでの間の軟禁は決定事項なんだよ。
――正直な所、現状だと生涯幽閉の可能性が一番高いけどね」
「ならいいんじゃない? それが世間のためだと思うな」
「ミュルカちゃんは幽閉案に賛成、と受け取るべきかな?」
「反対して欲しい?」
ザームさんの微妙な言い回しに問い返すと、苦笑いでうなずいた。
「まぁ君には予想の範囲内だろうけど、ディノ君達は少しでもいいから減刑をって希望しているんだよ。
その為には一番の被害者であるディノ君とミュルカちゃんの名前で温情処置を嘆願するくらいしか方法がないんでね」
「……んまぁ、ディノには借りがあるからなぁ」
譲歩しておくべきだろうか、と思案する体勢に入りかけた所で、当のディノが不思議そうに首を傾げる。
「借り、ですか? 私に?」
「だって、ギター買ってもらったし」
「いえ、あれはそんなつもりじゃ……。
金額的にもミュルカが自分で買えない物ではありませんでしたし」
「でも買ってくれたでしょ?
ディノにはまったく関係ないも興味もないのに、私が欲しがってたってだけの理由で」
「まぁそう言われればそうですが……」
「少なくとも私は嬉しかったから。
だからまぁ、一回くらいはディノのお願い聞いてもいいかな、と」
良くしてくれた相手にはちゃんと相応の礼を尽くすこと、というのが父親の教えだしね。
「……ちょっと待ってもらっていいですか?」
「うん?」
「その……、ミュルカが一回頼み事を聞いてくれるというのなら、別のことをお願いするわけにはいきませんか?」
「ディノがその方がいいなら別に他の事でもいいけど、それを確実に聞ける保証はないからね?」
「それでもかまいませんから」
「……じゃあそうする?
私はいいけど、その場合、たぶんエルさんに関しては好きにすれば、以上の事は言わないと思うけど」
ザームさんの口ぶりからして、私が積極的に恩赦を求めるのでなければ意味がなさそうな気がするんで確認しておこう。
「その件に関しては、お願いを聞いてもらう権利を使わないで交渉させてください、というのは駄目ですか?」
少し方向性を変えての問い返しに少し考える。
……まぁ、交渉するくらいはいいか、な?
「あんまりうっとうしくない程度にならね」
「じゃあそれでお願いします」
ディノの返事にうなずいたけど、なんかお願いを温存したくなるような案件でもあったのかな?
「うぅん……。
もしかして、単にお願いするよりも何かこちらからも条件を提示して取引にした方がよさそうかな?」
「何が?」
「エルさんの件をね。
あの子と面識があった訳じゃないけど、ディノ君とは親しいし、彼のご両親とはそれなりに付き合いがあるからね。
ある程度しっかりとした処置は必要だとは思うけど、できるだけ良い条件で持っていきたいっていうのが僕の本音なんだよ」
「なるほどねぇ?」
それで昨日もわりと積極的だったのか、ザームさんは。
……だけど、うぅん……。
どうしたものか……。
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