075 本題、忘れてくれてよかったんだけど。
ザームさんまで減刑に乗り気ならその方向で考えた方がいいんだろうな、と思う理性くらいはある。
正直、あんまり気分いい話題じゃないしさっさと終わって欲しいんだけど。
「まぁ、嘆願書に署名する程度ならかまわないけどさ。
ああいうタイプは一度しっかり痛い目にあわないと懲りないんじゃないの?」
「その兼ね合いが難しいところでねぇ。
今まで大事に大事にされちゃってたからいきなり厳しい所に放りこんで癇癪を起こされても困るし、かといって甘やかしたら増長させちゃうし、だから」
「んじゃあ、こういうのはどう?
適切な待遇と教育を与えた上で、両親以外との面会を禁止。
加えて被害の詳細な状況を調べた上で、実費弁済をさせること。
弁済費用はどのみち神殿が動くんだろうから、更生後本人が働いて支払うこと。
あぁ、立て替えとかできないように、労働奉仕で金額換算ね。
この条件が守られるのなら、私は彼女に一切の罪を問わないし、可能な範囲での減刑希望を出してもいい」
「どうして両親以外との面会禁止なんだい?」
「忙しい人たちみたいだからそうそう面会には行けないだろうし、そもあの人が一番執着してるのはディノでしょう。
名指しで面会禁止にするよりも穏便だし、子供が会いに行かなければ不用意な刺激や差し入れも防げると思ったんだけど」
「なるほどねぇ。
負債の肩代わりの手段をふさいだり、確実に本人だけに責任を問う形ってことか」
「もちろん、軟禁で教育する間の費用が発生するなら、それも本人に支払わせるのが大前提」
「きついねぇ」
「……ですが、そうなるとエルは教育期間が終わったとも十数年か、あるいは二十年近くを返済のための労働に費やすことになるでしょうね」
「そのくらいの事をしたんだからしかたがないでしょう。
だいたい、甘やかしすぎが原因なんだから、やらかしたら何かあった時に助けてやれないって身に染みてもらわないと困るんだよね。
まだ大勢子供抱えてるんだし、生活立ちゆかなくなって他の子まで路頭に迷わす気ならとめませんけども?」
眉間にしわを寄せているディノの言い様をばっさり切り捨てると、ディノは驚いたように私を見つめる。
「……何?」
「……いえ。……その、ありがとうございます」
そして、なんだかすごく嬉しそうにお礼を言われてしまった。
……一体なぜ?
首を傾げていると、ディノの手が私の髪をなでる。
……だから、昨日から半端な妹扱いはいってないか?
「ミュルカは両親や他の家族がこの件に巻き込まれたせいで、生活できなくならないように気を遣ってくれたんでしょう?
だから敢えてエル自身からの返済以外認められないという方法を選んだんですよね?」
「……まぁ、アイクとかリタには全く関係ない話だしね」
兄弟の中でも年少の二人の名前を出して、小さく肩をすくめる。
「子供は否応なしに周りの状況に巻き込まれるしかない。
大人の失敗のツケに巻き込む必要もないでしょう」
「こんなことを言ったらあなたは嫌かもしれませんが……。
召還されたのがミュルカでよかったと、改めて思いましたよ」
「それはどうだろうねぇ?」
なんだか喜んでもらっているところに悪いけど、たぶん、私はいい結果を残さないと思うんだけどな。
ちょっとばかり首をかしげる気分になっていると、ザームさんが苦笑いでテーブルを爪でたたいて注意を引く。
「ひとまずあの子に関してはいまミュルカちゃんが言っていた内容で書類を整えるから、あとで署名だけ頼めるかい?」
「いいよ」
「じゃ、本題に入ろうか?」
すごくいい笑顔で言われて、思わずびくっとなってしまった。
「ほ、本題?」
「そう。昨日なんだか不穏な話をしていたよね?
世界が滅びるとか、猶予が数年しかないとか、君がその決定権を持っているだとか?」
「……あぁ、その話か」
そういえば聞かれてたんだっけ。
「話してくれるよね?」
相変わらずの笑顔で、確認という名の命令を口にするザームさん。
他人事だったらかっこいいなぁ、とか思ってられるんだけどな。
「まぁ、話すのはいいけど面白くないよ?」
「大丈夫、楽しい話じゃないのはわかってるから」
さらりと返されてしまった。
ま、ごまかす気はないから別にいいんだけどね。
「面倒だからかいつまむよ?」
……別に、紅の容姿その他説明するのが面倒な訳じゃありませんからね?
「わかりにくいところはその都度こっちから聞くからかまわないよ」
「んじゃあざっくりと。
塔に行ったらおそらくどこぞの世界の神だろう存在に会った。
このままだとこの世界も私のいた世界も数年以内に滅びると言われて、でもそれを回避することもできるって話だった。
ただし、回避するには相応の代価が必要になる。
現状、各種条件を考え合わせると代価を払えるのは私のみ。
世界を救うかどうかは私に一任されてて、個人的にはあんまり乗り気じゃない、ってところかな」
本当にざっくりまとめると、ザームさんもディのも思いっきり硬直した。
そして、私がお茶をすすっている間、しばらく固まっていたけど、やがてザームさんが盛大にため息をつく。
「……まぁ、わかりやすかったけど……。
まず、基本的なところから確認していこうか。
神様とやらは、本当にそういった存在だと確認できたのかな?」
案外立ち直りが早く、細かい問答に入られて私は紅との会話を反芻する。
「うぅん……。明確な証拠があった訳じゃないんだけど……。
……そうだな。
少なくとも、それに類する存在なんだろうとは思ったよ。
私の名前を知ってたし、むこうでどんな風に生きてきたのかも知っている風だったからね」
「根拠はそれだけかい?」
「塔の中でそいつの使いだっていう奴と移動している間はいっさい魔物に出会わないとか、一度も見たことがなかったのに何度もドアをくぐったりとか、それらしき行動はあったからね」
「なるほどね。
じゃあ、ミュルカちゃんが会ったのは正体はともかくそれ相応の力を持っていて塔にも影響を及ぼせる存在だっていうのは疑いようがないね」
一つずつ疑問点をつぶしていくことにしたらしいザームさんは、無意識なのか、手にしたカップを人差し指の爪でこつこつと叩いている。
「次だけど、ミュルカちゃんが要求された代価っていうのはなんだったのかな?」
「……聞いてどうするの?」
「君が世界を救うことに積極的じゃないのは、支払えといわれた代価に対して割に合わないと思っているからだろう?
だから何か僕たちから提供することで等価に近づけられないものかと思ったんだよ」
「それは無理だね」
「……またばっさりと。
条件に出されたものはそんなに大切かい?」
「そうだね、大切だった、よ」
何気なく返事をすると、今度はディノが首を傾げた。
「過去形なんですか?」
指摘にちょっと目を見開く。
……そういえば過去形にしてるな。
「あなたにとっては既になくしてしまったものなんですか?」
「そうかもしれないね」
言われてみればその通りで、そんなにもわかりやすい事実を認めたくなかっただけなんだと気付く。
どの選択肢を選んでも絶対に手に入らないのなら、それはもう存在しなくなってしまったのと同じことだろう。
「なくしてしまったのに、それでも手放せない程大切なものなんですか?」
「どちらかというと、どうせなくしてしまったんだからもう何もかもどうでもいい、ってところなんじゃないかな」
自分のことのはずなのにどこか漠然としていてつかみにくい気持ちは、言葉にしようとするとやっぱりつかみどころがない。
……あぁ、やっぱり。
あなたがいないと何もかもがよくわからない。
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