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不思議な塔にまつわるあれこれ。  作者: ちびやな@やなぎ
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076 私の願いとあの人の言葉。

「ミュルカ?」


「……っと、ごめん。ちょっとぼんやり思い出に浸ってた」


 かけられた声に驚いて応じると、ディノが少し不思議そうにうなずく。


「話題にしたらつい、程度でそこまで魂持っていかれちゃう程大切なんだね」


 ザームさんの言葉はどこか辛そうでもあった。


「あまり話したくはないだろうけど、提示された条件を詳しく教えてもらってもいいかな?」


「聞いた所で取引の材料は見つからないと思うけど」


「うん、そうだね。

 そこまで大切にしているものの代わりになる何かを用意できるとは思えないんだけど……。

 ま、しいて言うなら君が何と世界を引き替えにするのかを知って納得したいだけ、かな」


 ……そんな風に言われるとむげにもしにくいな。


「別に引き替えにする訳じゃないよ。

 ただ、世界を助けることを望むのなら、二度と会えないって言われただけ」


「うん? 世界が滅びたなら、じゃなくてかい?」


「世界を助けるための代価として、二度と会うなってさ。

 元の世界には帰れない。あの人と会えない。それでも死ぬことは許さない。

 それが代価だと」


「……また、すごい条件だねぇ。

 参考までに聞くけど、その人はミュルカちゃんにとってどんな人なのかな?」


「私にとって、あの人がどんな相手かって言われてもな……」


 なんて答えればいいのかよくわからない。


「あの人は父方の従兄で、小さい頃からよく遊んでて」


「うん」


「一見人当たり良い癖に実は結構毒舌だし、腹黒な所もあるし」


「なるほど」


「……でも、私を助けてくれた」


「そっか」


 ぽつぽつと言葉を口にするたび、ザームさんが短い相づちを打ってくれる。


 その声にひかれるように、少しずつ言葉を重ねてしまう。


「病気で、……そう遠くない日には別れが来るんだって知ってた」


「……うん」


「でも、ほんの少しだけでも時間がもらえるなら、残りの人生全部投げ捨ててもいいって思ってたよ」


「それだけ大切な人なんだね」


「でも、そんなことしたら怒るよって、何度も言われた。

 だから、やらないって答えてたけど……」


「いざその選択を迫られたら、揺らいでしまった?」


「だって、私が欲しかったのは一緒にいられる時間で……。

 たとえ世界が助かって、向こうであの人の病気が治ったとしても、私にとっては死んでしまったのと同じなんだもの。

 声も聞けない、姿も見えない、触れてもらうこともできない、言葉も伝わらない。

 …………あの人から大切だって言ってもらった私を奪ってまで、あの人のいない世界で生きて行かなくちゃいけないのは嫌」


 言ってる間に涙がこぼれた。


 ずっとずっと昔、私はとても怖い場所にいた。

 知らない大人に囲まれて、嫌なことを思い出させようとする言葉を沢山投げかけられた。

 助からなければよかったのに、私が身代わりに死ねばよかったのに、と何度も言われて、世界の全てが怖くてとても嫌なものに思えていた。

 そんな場所で一生懸命耳も目もふさいでうずくまっていた私を助けてくれたのが、あの人だった。


 それまでとまったく変わらない笑顔で、優しい言葉をかけてくれた。

 側にいるから寂しくないよ、と何度も抱きしめてくれた。

 たぶん、あの人がいなかったら私は今もあの場所でおびえて泣いているだけだっただろう。

 今も昔も、私の世界の中心にはあの人がいて、ゆったりとした時間を作ってくれているから全てにおびえずに済むんだから。


 一人になったらきっとまたあれに捕まってしまうんだろうな、と思う側からゆっくりと音と明るさが遠ざかっていくような感じがした。

 嫌だなと思う反面、どうでもいいような気もする。


 あの人がいない現実から逃げられるなら何でもいいや、とそれに身を任せてしまおうとしたその時――。


 そっと頬に触れる感触があった。


 何だろうと思って視線をあげると、困り切った様子で私を見ているディノと目があった。


「代わりになれるとも、なりたいとも思ってないですけど」


 呟いてディノが私の頭を軽く叩く。


「少なくともあなたはひとりぼっちではないし、側にいて弱音を聞くくらいであればできます。

 それに、あなたはもう、傷付いて動けない子供ではないでしょう?

 もしあなたの大切な人が、今のミュルカを見たらとても心配すると思いますよ。

 もしくは何年経ってもまったく成長してないのかって呆れられてしまいませんか?」


 最後のくだりだけ冗談めかしたディノの言葉に目をまたたかせる。


「……言われそう、だね」


 うん、たぶんあの人なら言うだろうな。


『ねぇ漣? 君はもしかして、僕が十年以上かけて丁寧に教えてあげたことを、まったく覚えてないって言うの?

 さすがにそれはちょっと世をはかなみたくなるなぁ。

 ……説明したよね? 僕は最後までは一緒にいてあげられない。

 だから、君が一人になっても覚えていられるように一生分先渡しで甘やかしてあげてるんだからね。

 君はそれを全部覚えておいて、辛くなったら思い出して乗り越えてくれなくちゃ困る』


 あの人の病気が絶対に治らなくて、確実に私の前からいなくなってしまう日が来ると知ったあの日以来、私が将来について何も考えていなかったり、投げやりになる度に繰り返された言葉。


『君はいつか一人になる。

 僕が作った、漣を守るための優しい場所はなくなるんだよ。

 でもね、きっとその頃には漣は僕以外にも友達ができて、その人達が助けてくれる。

 だから約束してくれるよね?

 僕がいなくなった後も、ちゃんと幸せでいてくれるって、信じていいよね?』


 私はその言葉にいつもこう返してた。


 ――それが和希の望みなら全力で叶えるよ。だから安心して。


 あんまりそんな言い方をしない人だったから、その覚悟はしていたつもりだった。

 今になってみればそれがつもりだけだったとよくわかるけど、約束は約束だものね。


「そうだね……。

 私は一人になってしまっても、その先を投げ出さないって約束したんだから、守らないと怒られちゃうか」


 そうささやいて小さく笑う。


 ――辛くても立ち上がりたい時は笑ってごらん。そうすれば動き出せるものだよ。


 私にそんな言葉をくれたのはお祖父さまだった。

 一緒に過ごした時間は少ないけど、あの人をのぞけばたった一人の大切な人だった。


「とりあえず、もう一度しっかり考えてみる。

 どんな答えを出すとは保証できないけど……」


「後悔しないよう、よく考えてくださいね。

 その上での結論であれば、私たちが口を挟める問題ではありませんけど……。

 きっとあなた自身が納得できる結論を出してくれると信じてますよ」


 柔らかな笑顔で言われ、つられるように笑みが浮かぶ。


 ……そっか、うん。

 私がちゃんと見ようとしてなかっただけで、ディノにはずいぶん助けてもらってたんだな。

 本当は世界を助ける道を選んで欲しいだろうに、正しい方って言わない辺りがこまやかだ。

 いったい、今までに何度こういう気遣いに助けられてきたんだろう?


「本当にお兄ちゃん気質だねぇ」


 少しばかりからかう色をのせて言うと、ディノは苦笑いになって私の額を軽く弾いた。


お読みいただきありがとうございます♪

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