067 弟妹登場。
「あれ? ディノ兄ちゃんだ」
不意に響いた声に驚いて瞬きをする。
すると、周囲のざわめきが急に戻ってきて、つい向けた視線の先では小学校低学年くらいの男の子と、二十歳くらいの女性の二人連れがいる。
男の子はふわふわと柔らかそうな栗毛で、女性は綺麗なプラチナブロンド。
顔立ちも似てないし、どういう組み合わせなんだろうって感じだけど、確かディノの弟妹軍団の誰かだな。
私は結局最初に一度顔を出したきりだから、正直誰が誰やらわからない。
などと思っている間に、男の子が座っているディノにタックルする勢いで張り付いた。
「ディノ兄ちゃん、今日は仕事じゃなかったっけ?」
男の子の言葉に何となく事態を悟る。
きっと、誘われていたのを仕事って名目で断って私に付き合ってくれていたって所か。
「お仕事だよ?」
「え~? お祭りで女とおやつするのが~?」
横から私が入れたフォローに、顔をしかめて見せた。
そういえば、ここ最近はあまり男に間違われることがなくなってきたな。
ザームさんの勧めで少し髪を伸ばして飾りピンで留めるようにしたのと、塔に行く時以外はレラームと呼ばれるこの辺独特の服を着るようにしたからだろうけど。
これ、片側に大きくスリットの入った、Aラインのロングワンピースのような物で、上半身はチャイナドレスに似てる。
基本的にこれとシャツとズボンもしくはタイツを着用。無論、女性用です。
ついでに言うと、目立つ手甲は指先を切った手袋をすることで隠してある。
「アイク」
たしなめるようにディノが苦笑いで男の子――アイクの頭をなでた。
「引っ越してきたばっかりの同僚に町のいい所を教えてあげたり、相談に乗ってあげるのも立派な仕事だよ」
くすくす笑いながら私が言葉を重ねると、アイクは納得したらしく頷く。
素直で可愛いなぁ。
……もう何年かしたら馬鹿っていわれてもしかたがないような気がする域だけど。
「アイクはエルに連れて来てもらったのかい?」
相変わらず家族の前ではあの口調じゃないらしいディノの返事。
なんか口調がザームさんっぽいな。
「俺がエル姉ちゃん案内してやってるんだよ。エル姉ちゃんはお祭り初めてだから」
少し威張った風な返事にディノが表情をゆるめて、ずっと黙ったままの女性に視線を送る。
「そうか、去年は熱を出してしまったんだっけ。
……じゃあ一緒に回れなくて悪かったかな?」
ディノが少しすまなそうに言うと、エルさんは小さく頭を振った。
でも、これは薄く笑みを浮かべてるけど少しすねてそうな雰囲気だなぁ。
仕事ならしかたがない、で我慢したのに女の人と会ってるなんて、ってところ?
というか、これって兄に対する嫉妬……じゃなさそうだよなぁ。
外見的にはエルさんとディノを見て兄妹だと思う人、いないと思う。
確率的にも血はつながってなさそうだしね。
それに、この前顔を合わせた時もなんだか微妙な気配を感じたし。
「なんだったら三人で回ってきたら?
私は適当に見て回ってから帰るし」
余計かなぁとも思ったけど、どうでもいい所で変な敵意をもらっても面倒だと思って提案すると、ちょっと驚いたような顔をしたエルさんが、一拍おいて大きく頭を振る。
あら、思った以上のリアクション。
「そういう気の回し方はどうかと思いますよ?」
微苦笑のディノが一旦私に視線を戻した後、アイクの背中を軽く叩く。
「というか、一度会ってるだろう?
アイクは覚えてないのかな?」
「ん~……?」
ディノの言葉にアイクは私の顔を見て首をひねるけど、思い当たらないらしい。
困ったように眉尻を下げてしまった。
「大丈夫。私も覚えてないからおあいこ」
私が冗談めかして言うと、あからさまにほっとした様子になる。
一方のディノは苦笑いだ。
「じゃあもう一回紹介しようか。
ほら、しゃんとして」
「あ~い」
ディノの言葉にアイクとエルさんが私の方に向き直った。
「エルとアイクです。
エルが十七でアイクは八つ、二人とも私の弟妹ですよ」
「よろしくな」
紹介に続いてアイクが人なつっこい笑顔をむけてくる。
エルさんは小さく笑って軽く頭を下げた。
相も変わらず一言も口聞いてない気がするけど、人見知りするのかな?
「で、彼女がミュルカ。
神殿で一緒に仕事をしている関係で一度しか連れて帰ったことはないけど、話はしただろ?」
「あー。
一番新しい姉ちゃん? この人なんだ?」
「そうだよ」
「はじめまして。よろしくね」
ひとまず笑顔で応じると、アイクは「おう」と笑った。
うん、わりとガキ大将タイプ?
なつっこくて大人にも結構可愛がられるタイプだと見た。
「ディノ兄ちゃん、気が利かないよなぁ。
ミュルカ姉ちゃんと一緒にお祭りまわるなら、みんなで行く方が楽しいじゃん」
あ、いきなり家族扱いになった。
「……こういう意見も出てるけど?」
「結局あまり落ち着いて話をできたわけでもありませんし、二人の方が気楽かと思ったんですよ」
「ディノ兄ちゃん、なんでミュルカ姉ちゃんにだけ言葉遣い違うんだよ?」
アイクのもっともな指摘にディノが思い切りフリーズした。
まぁ、私はこいつにとって家族のくくりに入ってないってだけなんだろうけど、それをここで言うわけにもいかないだろうしなぁ。
まぁ、フォローしておくか。
「仕事中に私だけ特別扱いっていうわけにいかないからだよ。
癖になっちゃったんじゃない?」
「でもミュルカ姉ちゃんはあんな言葉遣いじゃないじゃんか」
「私は仕事中でも誰に対してもこのまんまだから」
「そっか、猫被ってるのはディノ兄ちゃんだけなんだ」
変な納得のしかたをするアイクの言葉に思わず吹き出す。
「……ミュルカ?」
「え~? 私悪くないよ?
猫被ってるお兄ちゃんがいけないんだもん」
わざと子供っぽい口調で、お兄ちゃんを強調してやり返すとディノがテーブルに突っ伏した。
「あれ? どうしたの、お兄ちゃん?」
ちょっと面白くなったんで追い打ちをかけてみる。
――嫌な感じ
突然、耳元で響いた覚えのない声にまわりを見回す。
何だ、今の?
少しエコーがかかったような、直接耳に聞こえてきたのとは違う声。
辺りを探るように視線を投げるけど、特に何かがあるようでもない。
……まぁ、魔術的なものだとしたら私に感じ取れるはずもないんだけど、昨日の今日で新たなやっかいごとってのは勘弁して欲しいな。
「ミュルカ姉ちゃん? どうしたんだよ?」
「……ミュルカ?」
二つの声に我に返ると、不思議そうな視線が三対、私に向けられていた。
「……あぁ、ごめん。
ちょっと、……変な感じがしただけだから」
とりあえずすぐに確かめるのは無理だろうと判断して曖昧に誤魔化す。
なんだかちょっと敵意をむけられたような気がしたんだけどな。
「大丈夫ですか?
体調が良くないのなら帰って休んだ方がいいですよ?」
「ん~……。いや、いいよ。それより、少しそこら辺ふらついて来ていい?
たまには一人でぶらぶらしてみたいし」
言いながら返事を待たずに立ち上がる。
私が狙われてるなら一人になればしかけてくるだろうし、ディノ達が目的ならディノが何とかするだろう。
肉体労働はからっきしだけど、常にアイテムボックスに魔術具を仕込んでいるような奴が騒ぎに乗じたスリや当たり屋程度にどうこうされることもないはずだ。
それ以上の相手だとしても、うかうかやられるほどのかわいげはなさそうだし。
「わざわざ別行動をする必要もないでしょう?
なんにせよ想定内ですよ」
私の態度から何かを悟ったのか、曖昧な言葉で引き留めてきたディノに頭を振る。
「ちょっと気分転換もしたいし、夕方合流しようよ。
……じゃないと、これから先ずっとお兄ちゃん呼びするよ?」
にっこり笑って付け加えた一言にディノが物の見事に凍り付いた。
いや、いい威力でございます。
「酷いなぁ。そこまで嫌がられるとちょっと傷付くよ?」
「何を心にもないことを……。
……まぁ、ミュルカがその方がいいのなら尊重しますよ。
でも、そのかわり夕食は実家の方で一緒にどうですか?
みんなも会いたがっていますし」
出された交換条件に小さく笑う。
確かにここで出くわした話が家族に知られれば、きっとなんで連れてこなかったんだと言われるだろう。
ディノは最初から今日の夕飯は実家に帰って食べて、一泊してくるという話になっていた。
私も誘われていたんだけど、顔を合わせても後が面倒そうだったんで断ったんだ。
というか、ディノが実家に戻る度に誘われていたんだけど、延々断り続けていた。
正直、家族ごっこなんてもうごめんだという気分でもあったし、事態がどう転ぶにせよ、塔の攻略が終われば私が今の状況のまま生活する可能性はないと思っていた。
だから変に関わらない方がいいと思ってるんだよね。
その辺りのことはディノも察している風だったから、いつも誘ってきても断られるのが前提って雰囲気だったんだけど、今このタイミングでの誘いは断りづらい。
まぁ、こいつなりの思惑があるんだろうし、一度くらいはしかたがないか。
「了解。じゃあ、夕刻の鐘が鳴る頃、またここで」
ひらりと手を振って歩き出す。
なんか、面倒くさそうなイベントのフラグが一杯立ちました。
全部回収するのは嫌なので放置してもいいですか?
……できないことくらいわかってるけどね。
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