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女王転生  作者: のあ


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2/15

第二話 女王、神を接客する

「今、自分で言いましたよ?」


「…………」


 白い空間に、長い沈黙が落ちた。


 九条麗華は目の前に立つ男を見上げている。


 白銀の髪。


 白を基調とした長衣。


 人間離れした整った顔立ち。


 その男――自ら神であることを口にしてしまった存在は、しばらく何も言わなかった。


「……なるほど」


 やがて、深く息を吐く。


「お前はそういう人間か」


「どういう意味です?」


「いや」


 神は片手で額を押さえた。


「気にするな」


「そうですか」


 麗華は微笑む。


 いつもの笑顔。


 歌舞伎町で何千回、何万回と浮かべたもの。


 けれど頭の中では、既に目の前の男を観察していた。


 嘘をついた時の癖。


 苛立った時の仕草。


 声の変化。


 目線。


 答えにくい質問をされた時、一瞬だけ視線を逸らす。


 基本的には落ち着いている。


 感情を表へ出すタイプではない。


 それでも、完全に隠せるわけではなさそうだ。


 ――神様って言っても、ちゃんと表情あるんだ。


 そんなことを考えて。


 麗華はふと、自分の腹に手を当てた。


 何もない。


 傷も。


 血も。


 痛みも。


 けれど覚えている。


 腹に刃物が入った感覚。


 地面の冷たさ。


 遠ざかっていく歌舞伎町の光。


 そして。


『明日何食べたい?』


 最後に見た、祖母からのメッセージ。


 麗華の表情から笑みが消えた。


「……一つ、聞いてもいいですか」


 神が麗華を見る。


「何だ」


「おばあちゃんは?」


「……」


 神は何も言わない。


「私が死んだ後」


 麗華はまっすぐ神を見る。


「おばあちゃんは、どうなりました?」


 さっきまで神を揶揄っていた声とは違う。


 静かだった。


 それでも。


 ほんの僅かに。


 震えていた。


 神はその変化を見逃さなかった。


「生きている」


「……」


 麗華の瞳が揺れる。


「本当に?」


「ああ」


「店は?」


「残っている」


「借金は?」


「お前が返済した」


 神は淡々と答える。


「あの男たちがお前の死後、借金を復活させるようなこともない。お前を刺した男も、その場で取り押さえられた」


「……そう」


「警察とやらにも引き渡されている」


「そう……ですか」


 麗華は目を伏せる。


 両手を強く握った。


「よかった」


 ぽつり。


「……ほんとに」


 それだけ。


 けれど。


 一滴。


 麗華の頬を涙が伝った。


 慌てて指で拭う。


「すみません」


「謝る必要はない」


「こういうの、人に見られるの嫌いなんです」


「私は人ではない」


「そういう問題じゃないです」


 神は少しだけ目を細めた。


「お前の祖母は、お前の死を知って酷く泣いた」


「……」


「しばらく店を開けることもできなかった」


 麗華の指先が震える。


「……言わなくてもよくないですか、それ」


「知りたいのだろう」


「……はい」


 麗華は否定しなかった。


「だが」


 神は続けた。


「お前が守ったものは残った」


「……」


「店も」


「……はい」


「お前の祖母が暮らす場所も」


「はい」


「そして、あの者がお前を売り渡されることも、もうない」


 麗華は目を閉じる。


 一年前。


 頭を下げる祖母。


『この子には指一本触れさせません』


 怖かったはずなのに。


 小さな身体で。


 麗華の前に立った。


 そして麗華は決めた。


 絶対に。


 この人を守ると。


「……じゃあ」


 麗華は小さく息を吐く。


「意味は、あったんですね」


「何?」


「私の一年」


 麗華が笑った。


 涙の跡が残ったまま。


「ちゃんと、意味あったんだ」


 神は答えなかった。


 ただ。


「ああ」


 一言だけ。


 そう返した。


     ◇


「さて」


 少し時間が経った頃。


 神が話を切り替えた。


「九条麗華」


「はい」


「改めて説明しよう」


 神が手を上げる。


 すると。


 何もなかった白い空間に光が集まり始めた。


「お前は死んだ」


「それは分かってます」


「そして、本来であれば魂は輪廻へ還る」


「輪廻」


「新たな命として生まれ変わるということだ」


「赤ちゃんから?」


「通常はな」


「嫌です」


「……まだ何も言っていない」


「この記憶なくなるんでしょう?」


「通常は」


「じゃあ嫌です」


「最後まで聞け」


「はい」


 麗華が素直に頷く。


 神はまた少しだけ額を押さえた。


 恐らくこの男。


 麗華のような人間の相手には慣れていない。


 そう思うと少し面白かった。


「お前の場合、事情が異なる」


「事情?」


「ああ」


「顔が綺麗だから?」


「違う」


「今、ちょっと間がありましたよ」


「ない」


「ありました」


「ない」


「……まあ、いいです」


「なぜお前が譲る側のような顔をする」


 麗華は口元を押さえて笑った。


 神は咳払いする。


「お前の魂は、通常とは少し異なる経路でこちらへ流れ着いた」


「それって問題なんですか?」


「問題ではない」


 神の前に、小さな光が現れる。


 青白い光。


「むしろ逆だ」


「?」


「本来行くべき場所ではない世界へ、生まれ直すことが可能になった」


 麗華が眉を上げる。


「別の世界?」


「ああ」


 神が指を動かした。


 青白い光が広がる。


 そこに映像が映し出された。


 巨大な城。


 石造りの町。


 甲冑を着た騎士。


 剣を腰に差した人間。


 空を飛ぶ巨大な鳥。


 杖から炎を放つ少女。


 そして。


 人間の何倍もある、巨大な獣。


「……」


 麗華はしばらく黙っていた。


「何ですかこれ」


「お前たちの言葉を借りるのであれば」


 神は言う。


「剣と魔法の世界、といったところか」


「……本当にあるんだ」


「ある」


「ドラゴンとか?」


「いる」


「エルフ?」


「いる」


「魔法?」


「当然」


「冒険者?」


「存在する」


「ダンジョン」


「ある」


 麗華は腕を組む。


「ずいぶんベタですね」


「……お前たちの世界の創作物に文句を言え」


「神様もそういうの知ってるんですね」


「様々な世界を見る立場なのでな」


「へぇ」


 麗華は映像を眺める。


 剣。


 魔法。


 魔物。


 知らない世界。


 怖くないと言えば嘘になる。


 けれど。


 もう一度。


 生きられる。


 その言葉の方が大きかった。


「私がそこに?」


「望むなら」


「望まなかったら?」


「通常の輪廻へ戻す」


「記憶は?」


「失う」


「じゃあ行きます」


 即答だった。


 神が僅かに眉を上げる。


「早いな」


「せっかくなら、覚えていたいですから」


「前の人生をか?」


「はい」


 麗華は少しだけ笑う。


「辛いことも多かったですけど」


 家族。


 弟。


 親戚。


 借金。


 夜の街。


 祖母。


「忘れたいとは思わないです」


「……そうか」


「それに」


 麗華は映像を見る。


「ちょっと面白そうですし」


「……順応が早いな」


「夜の街で働いてたので」


「それは関係あるのか?」


「大体のことには驚かなくなります」


「恐ろしい街だな、カブキチョウ」


「否定はしません」


     ◇


「では」


 神が麗華へ向き直る。


「転生に際し、お前には一つ、恩恵を与える」


「一つ?」


 麗華が言った。


 その瞬間。


 神の目が僅かに細くなった。


「……何だ、その顔は」


「普通ですけど」


「何か企んでいる顔だ」


「失礼ですね」


「私は神だぞ」


「じゃあ人の心も読めるんですか?」


「全てを読むわけではない」


「じゃあ分からないですよね?」


「……」


「ふふ」


 麗華は笑う。


「それで」


 一歩。


 神へ近づく。


「一つだけなんですか?」


「ああ」


「原則?」


「……」


 神の眉が微かに動いた。


 麗華は見逃さなかった。


「今、反応しましたよね」


「していない」


「しました」


「していない」


「じゃあもう一回聞きます」


 麗華が微笑む。


「一つだけなんですか?」


「……原則として、一つだ」


「なるほど」


 神は言った直後。


 何か嫌な予感がしたらしい。


「待て」


「はい?」


「なぜそんなに嬉しそうなのだ」


「嬉しくないですよ」


「嘘をつけ」


「神様」


 麗華は少し困ったように眉を下げる。


「女の子に嘘つきなんて言ったら嫌われますよ?」


「それで何人の男を黙らせてきた」


「数えてません」


「……」


「冗談です」


 麗華が笑う。


「それで、その一つなんですけど」


「……何だ」


「どこまでが一つです?」


 神が止まった。


「どういう意味だ」


「例えば」


 麗華は指を一本立てる。


「魔法の才能が欲しいって言った場合、使えるのは一種類だけ?」


「いや」


「火だけとか?」


「違う。魔法適性という恩恵であれば、複数属性への適性を与えることは可能だ」


「全部は?」


「可能ではある」


「じゃあ全部で」


「待て」


「はい?」


「今のは例だ」


「でも可能なんですよね?」


「可能だが」


「じゃあお願いします」


「……」


 神が黙った。


 麗華は待つ。


 余計なことは言わない。


 沈黙。


 接客でもそうだった。


 人は沈黙を嫌う。


 だから。


 条件を提示したあと。


 相手に考えさせたい時は、喋らない。


 先に口を開いた方が。


 大抵。


 条件を下げる。


「……分かった」


 神が言った。


「全属性への最高適性を与えよう」


「ありがとうございます」


「ただし」


「はい」


「恩恵はこれで――」


「魔力は?」


「……」


「魔法使うのに魔力必要ですよね?」


 神が目を閉じた。


「必要だ」


「私、魔力量ってどのくらいなんです?」


「今のお前にはない」


「ですよね」


「……」


「せっかく全属性使えるのに、魔力がなくて使えないって」


 麗華は首を傾げる。


「それ、恩恵として成立してなくないですか?」


「…………」


 神は麗華を見る。


「お前」


「はい?」


「一年前まで何をしていた」


「キャバ嬢です」


「本当に?」


「失礼ですね」


「国を相手に交渉でもしていたのではないか?」


「してませんよ」


 麗華は微笑む。


「社長さんとかとは、よく喋りましたけど」


「……同じようなものではないのか」


「違います」


「……そうか?」


 神は納得していなかった。


「では魔力量も与える」


「ありがとうございます」


「人間として高水準程度で――」


「最高がいいです」


「……」


「駄目ですか?」


「なぜだ」


「だって知らない世界ですよ?」


「……」


「魔物もいる」


「ああ」


「盗賊も?」


「いる」


「戦争は?」


「起こることもある」


 麗華は指折り数える。


「そんなところに、何の知識もない二十一歳の女の子を一人で放り出すんですよね?」


「女の子……」


「何か?」


「いや」


「何ですか?」


「……続けろ」


「それで死んだら、神様困りません?」


「……」


「せっかく転生させたのに」


「……」


「初日に死ぬとか」


「…………」


「嫌ですよね?」


 神が眉間を押さえた。


「……最高値にする」


「ありがとうございます」


「ただし人間の器を超えるため、調整が必要だ」


「お願いします」


「お前、遠慮という言葉を知らないのか?」


「知ってますよ」


「今のところ一度も見ていない」


「必要な時にはします」


 麗華は笑った。


「必要ないのでしてないだけです」


「……」


 神は何も言わなかった。


     ◇


「では、これで――」


「身体能力は?」


「九条麗華」


「はい」


「一つと言ったはずだ」


「でも神様」


 麗華は不思議そうな顔をする。


「さっき魔物いましたよね」


「いた」


「魔力が切れたら?」


「……」


「私、剣なんて使ったことないですよ?」


「……」


「高校の体育くらいです」


「……」


「それで魔物に襲われたら?」


「魔法で――」


「魔力が切れたら?」


「……」


「死にますよね?」


「……可能性はある」


「神様」


 麗華が少しだけ身体を傾ける。


「私、さっき刺されて死んだばっかりなんです」


「知っている」


「もう痛いの嫌です」


「……」


「二回も殺されるの可哀想だと思いません?」


「…………」


 数秒後。


「……身体能力も強化する」


「ありがとうございます」


「最高値にはしない」


「どうして?」


「どうしてではない!」


 初めて神が声を荒らげた。


 麗華が目を丸くする。


 そして。


 ふっと笑った。


「神様」


「何だ」


「ちゃんと怒るんですね」


「誰のせいだ!」


「すみません」


「笑いながら謝るな」


「ごめんなさい」


「同じだ」


 麗華は口元に手を当てる。


 なんとなく。


 面白くなってきた。


「では身体能力は」


 神が釘を刺すように言う。


「この世界の最高峰程度だ」


「人間の?」


「……」


「神様?」


「竜種と正面から戦える程度だ」


「ドラゴン?」


「ああ」


「十分です」


「……あっさりだな」


「必要以上に欲しいわけじゃないので」


「どの口が言う」


「この口です」


「……」


 神は天を仰いだ。


 天井はなかったが。


     ◇


「武器は使えるんですか?」


「まだ欲しいのか」


「質問です」


「質問だけか?」


「今のところは」


「……信用できん」


 神は警戒していた。


 麗華は少し傷ついたような顔をする。


「酷い」


「その顔をやめろ」


「あら」


「何人それで落とした」


「私は客と付き合ったことありませんよ」


「違う意味だ」


「分かってます」


 麗華は笑う。


「それで、剣とか」


「当然、今のお前は素人だ」


「ですよね」


「だが身体能力だけでも大抵の魔物は――」


「力任せに殴るの、嫌なんですよね」


 神が首を傾げる。


「なぜだ」


「美しくないから」


「……」


「あと服汚れるし」


「そこなのか?」


「大事ですよ?」


「魔物に襲われている時にか?」


「だから襲われないようにするんです」


「どうやって」


「話が通じるなら話します」


「……」


 神は呆気に取られたように麗華を見た。


「魔物相手に?」


「人間相手ですよ」


「ああ」


「人間なら、話してどうにかなることも多いでしょう?」


「……お前の世界ではそうだったのか」


「逆です」


 麗華は笑う。


「暴力を使えなかったから、話すしかなかったんです」


 神が黙る。


 麗華は続けた。


「相手の方が大きい」


「……」


「力も強い」


「……」


「お金もある」


「……」


「権力もある」


「……」


「それでも自分を守らなきゃいけない時って」


 麗華の瞳が少しだけ細くなる。


「喋るしかないんですよ」


 ホテルの前。


 腕を掴んだ男。


 借金取り。


 親戚。


 夜の街で見た、何百もの人間。


「だから」


 麗華は自分の右手を見る。


「力があるからって」


 手を握る。


「何でも殴って解決したら」


 また開く。


「馬鹿になりそうで嫌です」


 神は少し驚いた顔をしていた。


「……変わった人間だな」


「そうですか?」


「普通」


 神が言う。


「この場へ来た人間が強大な力を求める場合、その目的は大抵、自らがそれを振るうことにある」


「へぇ」


「最強になりたい」


「はい」


「誰にも負けたくない」


「うん」


「世界を支配したい」


「それは面倒」


「女性に囲まれたい」


「それはもっと面倒」


「……」


「神様、変な人ばっかり相手してません?」


「時折な」


「大変ですね」


「お前に言われたくない」


「ふふ」


 神が小さくため息をつく。


「では、なぜ」


「?」


「なぜ、お前はそこまで力を求める」


 麗華の笑みが止まった。


「使うつもりがないのなら」


 神は麗華を見る。


「最高の魔力も」


「……」


「最高の身体も」


「……」


「必要ないのではないか?」


 白い空間。


 静かだった。


 麗華はしばらく答えなかった。


「……そうですね」


 やがて。


 小さく笑う。


「使わないなら、必要ないかも」


「では」


「でも」


 麗華は自分の胸に手を当てた。


「もう嫌なんです」


「何がだ」


「守れないの」


 神が黙る。


「家族が死んだ時」


 父。


 母。


 弟。


「私は何もできなかった」


「……」


「事故だから」


 麗華は笑う。


「私が何かできたわけじゃないのは分かってます」


「……」


「でも」


 祖母が頭を下げている姿。


「おばあちゃんの時も」


 何度も。


 何度も。


 頭を下げた。


 麗華を守るために。


「最初は何もできなかった」


 だから働いた。


 一年。


 死ぬほど働いた。


「やっと守れたって思ったら」


 麗華は自分の腹を見る。


「今度は自分が死んだ」


「……」


「だから」


 麗華は顔を上げる。


「保険です」


「保険?」


「はい」


「……それほどの力がか?」


「だって」


 麗華は当たり前のように言った。


「絶対に足りないより」


「……」


「絶対に余ってる方がいいでしょう?」


 神が目を見開く。


 そして。


 しばらくすると。


「……くっ」


 口元を押さえた。


「?」


「……はは」


 初めてだった。


 神が笑った。


「何ですか?」


「いや」


 小さく。


 けれど確かに笑っている。


「実に人間らしいと思ってな」


「褒めてます?」


「恐らく」


「じゃあありがとうございます」


 麗華も笑った。


「分かった」


 神が言う。


「武術の才も与えよう」


「え?」


「剣、槍、弓、格闘」


「そんなに?」


「見れば理解し、学べば尋常ではない速度で習得できる」


「……いいんですか?」


「今さら一つ増えたところで大して変わらん」


「あら」


 麗華が嬉しそうに微笑む。


「神様、優しいですね」


「……今のは失言だったか?」


「大丈夫です」


「絶対に大丈夫ではない顔をしているな」


     ◇


「次は――」


「次?」


「いや、こちらの話です」


「待て」


「何です?」


「今、完全に次と言ったぞ」


「言いました?」


「言った」


「聞き間違いじゃないですか?」


「神の聴覚を疑うな」


「ふふ」


「笑うな」


 麗華は少し考え。


「じゃあ、これは必要です」


「……何だ」


「力加減」


 神の表情が変わる。


「力加減?」


「はい」


「何を意味している」


「だって」


 麗華は先ほど与えられると決まったものを数える。


「世界でも規格外の魔力」


「ああ」


「全属性」


「ああ」


「ドラゴンと戦える身体能力」


「ああ」


「そんなもの」


 麗華は神を見る。


「普通に生活するの怖くないですか?」


「……」


「ドア開けたら壊れたり」


「……」


「人と握手して骨折させたり」


「……」


「蝋燭に火をつけようとして家が燃えたり」


「……」


「私、嫌ですよ」


「なるほど」


 今度は。


 神が素直に頷いた。


「確かに必要だ」


「ですよね?」


「ああ」


「じゃあ」


「《完全制御》を与える」


 麗華が瞬きをする。


「そんな都合いいものあるんですね」


「お前がどれだけ巨大な力を持とうとも、自在に調節できるようになる」


「例えば?」


「指先だけに力を集めることもできる」


「はい」


「魔法の威力を極限まで低くすることも」


「便利」


「逆に全力を一点へ集中することも可能だ」


「それは使わなそう」


「お前は本当に戦う気がないのだな」


「ないですよ」


 麗華は即答した。


「痛いし」


「今のお前は大抵の攻撃で傷つかない」


「相手が痛いじゃないですか」


「……」


「喧嘩なんてしないのが一番です」


 神は少しだけ目を細める。


「お前は」


「はい?」


「優しいのか、恐ろしいのか、よく分からんな」


「よく言われます」


「言われるのか」


「店長に」


     ◇


「毒はあります?」


「ある」


「病気」


「ある」


「呪い」


「ある」


「洗脳とか」


「精神干渉魔法なら」


「魅了」


「ある」


「全部嫌ですね」


「……」


 麗華がにっこり笑う。


「神様?」


「分かった」


「まだ何も言ってません」


「《完全耐性》を与える」


「あら」


「もういい」


 神が投げやりになっていた。


「毒、病、呪い、精神干渉、魅了。お前の意思に反する外的干渉はほぼ通じん」


「便利ですね」


「他人事のように言うな」


「ありがとうございます」


「次は何だ」


「神様から聞いてくれるんですか?」


「もう言え」


「じゃあ」


 麗華は少し考える。


「荷物は?」


「……」


「向こうで生活するんですよね?」


「当然だ」


「家は?」


「ない」


「お金」


「最低限は与える」


「着替え」


「用意する」


「持ち歩くんですか?」


「……」


「魔物と戦いながら?」


「……」


「大きなバッグ持って?」


「……」


「神様」


「分かった」


「まだ何も」


「収納能力を与える!」


 神が言った。


「容量の概念がほぼ存在しない《無限収納》だ!」


 麗華が少し驚く。


「そんなに怒らなくても」


「誰のせいだ」


「ありがとうございます」


「……」


「便利に使わせてもらいます」


「そうしてくれ」


     ◇


「ところで」


「まだあるのか」


「これは普通に質問」


「その言葉を私はもう信じないぞ」


「傷つきます」


「嘘だな」


「バレました?」


「少しずつ分かってきた」


「成長しましたね」


「神に向かって言うな」


 麗華は笑った。


「向こうの文字って読めます?」


「言語か」


「はい」


「それについては転生者への標準処置として、現地の主要言語を理解できるようにする」


 麗華の目が僅かに輝く。


「標準?」


 神の動きが止まった。


「……あ」


「標準なんですね?」


「……」


「じゃあ特典に入らない?」


「入らん」


「よかった」


「……」


「一個得しました」


「増やす前提で数えるな!」


「でも神様が言ったんですよ?」


「……そうだな」


「文字も?」


「読める」


「書ける?」


「可能だ」


「他の国の言葉は?」


「主要なものなら」


「魔物は?」


「なぜ魔物と会話する前提なのだ」


「話通じたら戦わなくて済むじゃないですか」


「……一部の知性ある種族には通じる」


「じゃあそれも」


「標準処置の範囲でいい!」


「ありがとうございます」


「なぜ私が譲歩しているのだ……」


 麗華はもう隠さず笑っていた。


     ◇


 そして。


 話し始めてから。


 どれくらい経ったのか。


 白い空間では時間の感覚がなかった。


 麗華の前には。


 神が指を折りながら、与えたものを数えている。


「全属性最高適性」


「はい」


「超越級の魔力量」


「はい」


「超人的な身体能力」


「はい」


「武術適性」


「ありがとうございます」


「完全制御」


「大事ですね」


「完全耐性」


「助かります」


「無限収納」


「便利です」


「言語理解は標準……」


「はい」


 神の指が止まった。


「……おかしい」


「何がです?」


「一つだった」


「最初はそうでしたね」


「なぜ七つになっている」


「神様がくれたんですよ?」


「…………」


 麗華は。


 何一つ嘘を言っていない。


 だからこそ。


 余計に厄介だった。


「……もう終わりだ」


「え?」


「これ以上は与えん」


「分かりました」


「……」


「?」


「……本当に?」


「はい」


「まだ何か言ってくると思ったが」


「神様が駄目って言うなら」


 麗華は肩をすくめる。


「無理にお願いするつもりはないですよ」


「……」


 神の顔に。


 僅かな困惑。


 麗華はそれも見ていた。


 押す時は押す。


 でも。


 引くべき時は引く。


 何でも要求する人間は嫌われる。


 相手に、


 ――断ってもいい。


 そう思わせるからこそ。


 本当に欲しい時。


 お願いが通る。


 麗華にとって。


 これは交渉術ですらない。


 接客の基本だった。


「ところで」


 麗華が言った。


「何だ」


「私の力って、他人から見たら分かるんですか?」


「……」


 神が止まる。


「魔法で能力を調べたりとか」


「……《鑑定》という技能がある」


「へぇ」


「人間の全てを見抜けるわけではないが」


「私がその……超越級の魔力持ってるってバレる?」


「高位の鑑定を受ければ」


「面倒ですね」


「……」


 麗華はそれ以上言わなかった。


「……なぜ黙る」


「だって、もうくれないんでしょう?」


「……」


「だから自分で何とかします」


「……」


「何か隠す方法を探します」


「……」


「なければ」


 麗華は少し考える。


「なるべく人に会わずに生きます」


「待て」


「はい?」


「それでは転生させる意味が薄い」


「でも危ないでしょう?」


「……」


「国とかに知られたら」


「場合によっては、抱え込もうとする国家もあるだろう」


「教会とか」


「神の使徒と勘違いする可能性もある」


「嫌です」


「だろうな」


「じゃあ仕方ないです」


 麗華は残念そうに息を吐いた。


「人里離れて暮らします」


「…………」


「神様?」


「《隠蔽》を与える」


「え?」


「能力、魔力、状態。望む情報を隠せる」


「でももうくれないって」


「うるさい」


「ありがとうございます」


 麗華が微笑む。


 神は。


 数秒。


 麗華の顔を見た。


「……今のも計算か?」


 麗華は目を丸くする。


「何のことです?」


「……」


「ふふ」


「やはり計算か!」


「神様」


「何だ」


「接客業って」


 麗華は微笑んだ。


「相手が自分から『したい』と思ってくれるのが一番なんですよ」


「……恐ろしい女だな」


「褒め言葉として受け取ります」


     ◇


「最後に」


 神が言う。


「肉体についてだ」


「身体?」


「ああ」


「赤ちゃんは嫌ですよ」


「分かっている」


「よかった」


「お前の魂を基に、新たな肉体を構成する」


「つまり?」


「年齢、姿、その他。ある程度は希望を聞ける」


 麗華が少し考える。


「何歳でも?」


「極端でなければ」


「じゃあ二十一」


「今と同じか」


「はい」


「容姿は?」


「このままで」


 神が一瞬黙った。


 麗華が笑う。


「何です?」


「いや」


「また見惚れた?」


「違う」


「ふふ」


「なぜ変えない」


 神が尋ねる。


「お前は、その容姿によって嫌な経験もしてきただろう」


 麗華は自分の黒髪を一房摘まむ。


「そうですね」


 親戚。


 下心。


 街中の視線。


 知らない男。


 勝手な期待。


 嫌だった。


「昔は」


 麗華は言う。


「この顔、嫌いでした」


「……」


「綺麗だから何?」


 鏡を見る度に思った。


「私のこと何も知らないのに」


 顔。


 身体。


 そればかり。


「勝手に見て」


 勝手に期待して。


「勝手に好きになって」


 勝手に怒る。


「……面倒でした」


「ならば」


「でも」


 麗華が微笑む。


「この顔で」


「……」


「おばあちゃん助けられたから」


 神が黙る。


「だから」


 麗華は自分の頬に触れる。


「今は嫌いじゃないです」


 顔だけではない。


 会話。


 観察。


 努力。


 全部使った。


 それでも。


 この容姿が武器になったことも。


 麗華は否定しない。


「使えるものは使う」


 麗華が言う。


「それで大切なもの守れるなら」


「……」


「悪くないでしょう?」


 神は静かに頷いた。


「分かった」


 麗華の身体を淡い光が包む。


「お前の魂に最も近い姿で再構成する」


 腰まで伸びる黒髪。


 白い肌。


 黒い瞳。


 女神と呼ばれた美貌。


 歌舞伎町の女王。


 九条麗華。


 その姿のまま。


「ただし」


 神が言う。


「お前の身体は以前とは比較にならぬほど強靭だ」


「分かりました」


「魔力も」


「はい」


「この世界の人間が見れば、異常としか言いようがない」


「隠します」


「そうしてくれ」


「なるべく使わないですけどね」


「……せっかく与えたのだが」


「保険ですから」


 麗華が笑った。


「出番がないのが一番です」


     ◇


 麗華の服装が変わる。


 黒を基調にした簡素な服。


 動きやすい。


 けれど。


「……もう少し可愛くできません?」


「転生用の初期装備に何を求めている」


「だって」


 麗華が袖を見る。


「地味」


「冒険するのだろう?」


「冒険者になるって決めてませんけど」


「では何をする」


「まだ考えてません」


「……」


「せっかく二回目なんだから」


 麗華は笑う。


「やりたいこと探します」


「そうか」


「はい」


「一つ忠告しておく」


 神の声音が少しだけ変わる。


「新たな世界は、お前がいた場所ほど平和ではない」


 麗華が神を見る。


「魔物がいる」


「はい」


「盗賊」


「はい」


「戦争」


「はい」


「奴隷制度を持つ地域もある」


 麗華の眉が僅かに動く。


「貴族による支配」


「……」


「理不尽なことも多い」


「そうですか」


「お前の力なら」


 神は言う。


「大抵のものは壊せる」


「……」


「国すら」


「そんなことしませんよ」


 即答。


「なぜだ」


「面倒だから」


「……」


「国壊したあと、誰が面倒見るんですか?」


「……」


「食料とか」


「……」


「治安とか」


「……」


「税金とか」


「……」


「私、絶対やりたくない」


「世界征服を望む人間に聞かせてやりたいな」


「世界征服って」


 麗華は本気で嫌そうな顔をした。


「一番忙しい仕事ですよね?」


「……恐らくな」


「絶対嫌」


 神がまた。


 少し笑った。


「だが」


「?」


「お前なら」


 神は麗華を見る。


「力とは別の方法で、何かを変えるのかもしれんな」


「買い被りすぎですよ」


「そうか?」


「私」


 麗華は言う。


「ただのキャバ嬢ですよ」


 第一の人生でも。


 何度も言った言葉。


『ただのキャバ嬢です』


 歌舞伎町の女王。


 人脈。


 金。


 記録。


 それでも麗華自身は。


 最後までそう思っていた。


「では」


 神が右手を上げる。


 麗華の足元。


 白い床に。


 金色の魔法陣が浮かび上がった。


「九条麗華」


「はい」


「新たな世界で」


 光が強くなる。


「二度目の人生を生きるといい」


 麗華の身体が。


 少しずつ光へ溶けていく。


「……神様」


「何だ」


 麗華が神を見る。


 今まで散々。


 揶揄って。


 要求して。


 困らせた。


 でも最後は。


 普通に。


「ありがとうございました」


 神が僅かに目を見開く。


「……礼を言うのだな」


「私を何だと思ってるんですか?」


「神相手に交渉し」


「……」


「本来一つだった恩恵を」


「……」


「全属性適性、超越魔力、身体能力、武術適性、完全制御、完全耐性、無限収納、隠蔽」


「数えなくていいです」


「その他も含め、予定の何倍にも増やした女」


「……」


「加えて言語理解まで」


「それは標準でしょう?」


「そうだったな」


 神がため息をつく。


「歌舞伎町とは」


「?」


「恐ろしい場所だ」


 麗華が吹き出した。


「そこ?」


「ああ」


「ふふ」


「何だ」


「神様」


 光に包まれながら。


 麗華は笑った。


「もし今度会ったら」


「……」


「お酒でも飲みましょう」


「私は神だぞ」


「神様ってお酒飲めないんですか?」


「……飲めなくはない」


「じゃあ」


 麗華が笑う。


「私が接客してあげます」


「遠慮したい」


「あら」


「これ以上何を取られるか分からん」


「酷い」


 神も少しだけ笑った。


「行ってこい」


「はい」


 光が。


 全てを包み込む。


 最後。


 麗華は目を閉じた。


 そして心の中で。


 一人だけ。


 名前を呼んだ。


 ――おばあちゃん。


 ごめんね。


 先に行っちゃって。


 でも。


 私。


 もう一回。


 生きるみたい。


 だから。


 おばあちゃんも。


 ちゃんと。


 幸せになってね。


     ◇


 風。


 麗華の黒髪が揺れた。


「……」


 鳥の声。


 葉が擦れる音。


 土の匂い。


 ゆっくり。


 目を開ける。


「……わぁ」


 森だった。


 どこを見ても。


 木。


 木。


 木。


 日本で見るものより遥かに太い。


 空を見上げれば。


 青い。


 雲。


 太陽。


 一見。


 元の世界と変わらない。


 けれど。


 麗華は気づいた。


「……何これ」


 空気の中。


 何かがある。


 光の粒のようなもの。


 目を凝らせば。


 無数の小さな光が漂っている。


 青。


 赤。


 緑。


 白。


 色とりどり。


「魔力……?」


 そう思った瞬間。


 理解した。


 説明されたわけでもない。


 身体が。


 知っている。


「これが魔力か」


 麗華が右手を上げる。


 体内。


 とんでもない何かが。


 存在していた。


「……」


 麗華の表情が固まった。


 海。


 そんな言葉が浮かぶ。


 いや。


 海では足りない。


 身体の中に。


 どこまで続くか分からない巨大な力。


「神様」


 麗華は空を見る。


「これ」


 少し困った顔。


「本当に大丈夫なやつ?」


 当然。


 返事はない。


「……まあ」


 麗華は手を下ろす。


「使わなきゃいいか」


 あっさり。


 それで終わった。


「まず」


 辺りを見る。


「ここ、どこ?」


 収納。


 そう考える。


 すると目の前に。


 半透明の画面のようなものが現れた。


「……便利」


 中には。


 神が用意したらしい。


 水。


 食料。


 少量の金。


 簡単な地図。


 短剣。


 着替え。


「……」


 麗華が地図を取り出す。


「これ読める」


 見たこともない文字。


 なのに。


 意味が分かる。


「本当に異世界なんだ」


 少しだけ。


 実感が湧いた。


 麗華は地図を見る。


「一番近い町が……」


 指で辿る。


「ルーヴェル」


 現在地。


 森。


 道。


 町。


「歩いて二時間くらい?」


 それなら。


 今日中には着く。


「よし」


 地図を収納。


 歩き出そうとした。


 その時。


「――誰かぁぁぁぁぁっ!!」


 遠く。


 絶叫。


 麗華が止まる。


「……」


 数秒。


 沈黙。


「助けてくれぇぇぇ!!」


「……」


 麗華は目を閉じた。


「転生初日くらい」


 ため息。


「静かにさせてくれない?」


 しかし。


 三秒後。


 麗華は悲鳴の方向へ歩き出していた。


     ◇


「走ってる……のよね?」


 森の中。


 麗華は地面を蹴った。


 次の瞬間。


「――え?」


 景色が飛んだ。


 百メートル以上先。


 そこにいた。


「……」


 麗華は無言。


 後ろを見る。


 さっきまで自分が立っていた場所。


 見えない。


「……身体能力」


 神との会話を思い出す。


『竜種と正面から戦える程度だ』


「程度って何」


 麗華は眉間を押さえた。


 その間にも。


「うわぁぁぁぁっ!」


 悲鳴。


「っと」


 麗華は少しずつ。


 慎重に走る。


 完全制御。


 意識する。


 すると。


 今度は普通の人間くらいの速度。


「便利」


 数十秒。


 木々の向こう。


 開けた場所。


 そこに。


「……でか」


 麗華が呟いた。


 熊。


 そう見えた。


 ただし。


 大きさがおかしい。


 三メートル。


 いや。


 四メートル近い。


 漆黒の毛。


 額から二本の角。


 口から覗く牙。


 赤く光る目。


 そして。


 その前。


 三人の男が倒れていた。


 剣。


 革鎧。


 いかにも。


 冒険者。


 一人は肩から血を流している。


 一人は剣が折れている。


 最後の一人が。


 傷ついた仲間を庇うように立っていた。


「来るな!」


 男が麗華に気づく。


「逃げろ!」


「……」


「そいつは黒牙熊だ!」


 黒牙熊。


 麗華の頭に。


 何か情報が浮かぶ。


 鑑定。


 頼んだ覚えは。


 ……あっただろうか。


 神が途中で説明の流れで付けてくれたのかもしれない。


 細かいことはいい。


 黒牙熊。


 魔物。


 危険度。


 A級相当。


 通常。


 熟練冒険者の集団で討伐する。


「A級?」


 麗華が呟く。


「そうだ!」


 男が叫ぶ。


「何でこんな街道近くに――!」


「なるほど」


 麗華は黒牙熊を見る。


 巨大。


 血。


 唾液。


 鋭い爪。


「……」


 話が。


 通じそうには見えない。


「一応」


 麗華は口を開いた。


「ねえ」


「何してる!」


 冒険者が叫ぶ。


「熊さん」


「……は?」


「私たち見逃してくれない?」


「グルルルルルル……」


「……」


「グルァァァァァァッ!」


 巨大な咆哮。


 木々が震える。


 鳥が一斉に飛び立つ。


 麗華の黒髪が風圧で揺れた。


「……駄目そうね」


「当たり前だ!」


「ですよね」


 麗華は残念そうに息を吐く。


「じゃあ」


 右手を上げる。


 冒険者が目を見開く。


「魔法使いなのか!?」


「今日からです」


「は?」


「私もよく分かってなくて」


「何を言って――」


 黒牙熊が地面を蹴った。


「来るぞ!」


 巨大な爪。


 麗華へ。


 振り下ろされる。


 冒険者たちが。


 顔を青くする。


「避けろぉぉぉ!」


 麗華は。


 避けなかった。


「えっと」


 さっき感じた。


 魔力。


 その中から。


 ほんの。


 ほんの少し。


 少しだけ。


「これくらい?」


 指先へ。


 風。


 集まる。


 初級風魔法。


 知識が自然に浮かぶ。


 最も単純な。


 風の塊を飛ばす魔法。


「《風弾》」


 ぽん。


 そんな。


 軽い音だった。


 次の瞬間。


 黒牙熊が。


 消えた。


「……」


「……」


「……」


 麗華が瞬きをする。


 冒険者たちも。


 瞬きをする。


 遠く。


 森の奥。


 ――ドォォォォォォォォォォン!!


 轟音。


 鳥の群れ。


 土煙。


「……」


 麗華は。


 ゆっくり。


 自分の人差し指を見る。


「……え?」


 冒険者たちは。


 完全に固まっていた。


 一人が。


 震える声で。


「く……黒牙熊が……」


 呟く。


「消えた……?」


「……」


 麗華は遠くを見る。


 黒牙熊。


 いた。


 数百メートル先。


 森の向こう。


 地面に巨大な穴を作り。


 完全に気絶している。


「……生きてる」


 麗華は胸を撫で下ろした。


「よかった」


「よかった!?」


 冒険者が叫んだ。


「何が!?」


「殺しちゃったかと思ったから」


「今そこ!?」


「だって」


 麗華は困った顔で振り返る。


「別に殺したかったわけじゃないし」


 三人の冒険者。


「……」


 誰も。


 言葉が出ない。


 麗華は再び自分の指を見る。


 完全制御。


 ちゃんと。


 かなり抑えた。


 全力ではない。


 むしろ。


 自分の感覚では。


 ほんの少し。


「……神様」


 空を見る。


「これ」


 頬が僅かに引きつる。


「本当に最弱魔法なんですか?」


 もちろん。


 返事はない。


 麗華はため息をつく。


「……やっぱり」


 黒牙熊が吹き飛んでいった森を見る。


「力で解決するの」


 そして。


 呆然としている冒険者たちを見る。


「向いてないわ、私」


 こうして。


 歌舞伎町の女王。


 九条麗華の。


 二度目の人生。


 異世界での最初の一日は。


 本人の希望とは裏腹に。


 あまりにも派手に。


 幕を開けた。


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