第十四話 女王、人脈を増やす
翌日の昼過ぎ。
営業前の《月花亭》にはまだ客の姿はなく、店内には静かな音楽と、酒瓶を整理する音だけが響いていた。
その中で麗華は、一人だけ妙に楽しそうだった。
「……何してるの?」
奥から出てきたエルザが、思わず足を止める。
いつもなら開店準備を手伝っている時間なのに、麗華は店の一角にある丸テーブルを占領し、そこへ大量の小さな紙片を並べていた。
昨日のパーティーで着ていた漆黒のドレスではなく、今日はいつもの落ち着いた服装。黒髪も普段通りに下ろしている。
ただ、その顔は珍しく少し楽しそうだった。
「これ?」
麗華が一枚持ち上げる。
「昨日もらった名刺」
「名刺?」
「あ、こっちだと紹介札って言うのかな」
この世界では、商人や貴族、役人などが自分の名前や所属を書いた小さな札を持ち歩くことがあるらしい。
前世の名刺とほとんど同じだったので、麗華は勝手に名刺と呼んでいた。
「昨日?」
「パーティーで」
エルザが近づく。
そして、テーブルの上を見る。
「……多くない?」
「そう?」
「多いわよ」
ざっと見ただけでも二十枚以上。
紙だけではなく、薄い木札や金属片で作られたものまで混ざっている。
「あなた、昨日あんな騒ぎを起こしてたでしょう?」
「起こしたの私じゃないよ」
「まあ、それはそうだけど」
「騒ぎになる前に結構時間あったから」
麗華は一枚ずつ札を並べながら答える。
「せっかく行ったんだし、いろんな人と話してきた」
「……」
「何?」
「抜け目ないわね」
「褒めてる?」
「かなり」
麗華は少し嬉しそうに笑った。
そこへアリアもやってくる。
「何してるの?」
「昨日の名刺整理」
「名刺?」
「紹介札」
「ああ」
アリアもテーブルを見る。
「……待って」
「何?」
「これ、グレイン侯爵夫人?」
「うん」
「こっちはダルム輸送商会の会頭」
「そう」
「これ三大商会の一つじゃない?」
「バルガスさん以外にもあった」
「当たり前でしょう!」
アリアが呆れる。
「あなた、本当に昨日何しに行ったの?」
「ルシアン様の婚約を断りに」
「それだけじゃないわよね?」
「ついでに人脈作り」
「ついでの規模じゃないのよ」
その声を聞きつけ、セリアとルナまで集まってくる。
「何ですかこれ!」
「麗華さん、昨日こんなにもらったんですか?」
「うん」
セリアは一枚手に取る。
「……伯爵夫人」
次。
「商会長」
次。
「王都の役人?」
麗華は頷く。
「結構いたね」
「結構いたね、じゃないですよ!」
ルナまで呆れていた。
「麗華さん、本当に何を話したらこんなに増えるんです?」
「普通に」
「その普通が分からないんです」
麗華は少し考える。
「昨日、みんな私のこと珍しがってたでしょう?」
「そりゃそうでしょうね」
アリアが言う。
「あんな格好で入ってきて、バルガス会頭直属の特別顧問で、しかも見たことないくらい綺麗なんだから」
「最後余計」
「事実」
「それで向こうから話しかけてくる人多かったから、普通に話しただけ」
「普通に話しただけで侯爵夫人と連絡先交換できる人、そんなにいませんよ」
セリアが札を見ながら呟く。
「でもこれ、名前だけじゃないですよね?」
「ん?」
「裏」
「ああ」
麗華が札を受け取る。
裏側には、小さな文字でいくつもメモが書かれていた。
『グレイン侯爵夫人
娘二人。長女は刺繍好き。
白ワイン。甘すぎる菓子は苦手。
袖の刺繍は娘が選んだ。』
「……」
セリアが固まる。
次の札。
『ダルム輸送商会
会頭本人も現場に出る。
右手に車輪整備の傷。
息子が今年商会入り。
北街道の車軸破損を気にしている。』
次。
『王都香油商会 ミレーナ
夜花系の香りが好き。
娘が結婚予定。
女性向けの高級香油を増やしたい。』
エルザ。
「あなた、これ全部昨日の会話で?」
「うん」
「いつ書いたの」
「帰る前に覚えてる分だけ頭で整理して、今日書いた」
「……怖い」
「褒めてる?」
「半分」
麗華は少しだけ笑う。
「全部を覚えようとしてるわけじゃないよ」
「でも覚えてるじゃない」
「大事そうなところだけ」
「十分怖いわよ」
麗華は一枚を指先で軽く弾いた。
「人って、次に会った時に前の話覚えててもらえると嬉しいでしょう?」
「それはそうだけど」
「例えば、グレイン侯爵夫人に次会った時に、『娘さんの刺繍どうでした?』って聞く」
「うん」
「そうしたら、ちゃんと自分の話を覚えてくれてたって思う」
アリアが少しだけ納得した顔をする。
「月花亭の客記録と同じね」
「似てる」
「でも昨日の人たち、客じゃないでしょう?」
「だから人脈」
麗華は少し楽しそうだった。
「人って、いつどこで助けてくれるか分からないでしょう?」
「昨日みたいに?」
「そう」
バルガス。
昨日。
初めて。
自分から力を借りた。
あの一件で、麗華の中には少しだけ考え方の変化が生まれていた。
一人で何でもできる。
でも。
一人で全部やる必要はない。
それなら。
繋がりは多い方がいい。
「しかも」
麗華は札を何枚か並べる。
「この人は服飾」
「うん」
「こっちは輸送」
「うん」
「こっちは香油」
「うん」
「この人は酒」
アリアが目を細める。
「……何か考えてる?」
「まだ何も」
「絶対何かある顔」
「ないよ」
「麗華さん、そういう時分かりやすいですよ」
ルナまで言う。
「えぇ」
「自分では隠せてると思ってます?」
「結構」
「全然です」
四人に笑われ、麗華は少し不満そうに名刺をまとめ始めた。
◇
その日の午後。
麗華は冒険者ギルドへ向かった。
依頼を受けるため。
そのつもりだった。
扉を開ける。
そして。
一歩。
入った瞬間。
視線。
集まる。
「……」
麗華。
一度。
止まる。
「何?」
誰も答えない。
でも。
見る。
いつもより。
かなり。
受付へ向かう。
「おはようございます」
「……」
「受付嬢さん?」
「あ」
「何?」
「九条さん」
「うん」
「昨日」
「うん」
「貴族の集まりで何したんですか?」
「ちょっと婚約断った」
「ちょっと!?」
受付嬢の声がギルド内へ響いた。
周囲の冒険者たち。
一斉。
聞く。
「ほら! 本当だ!」
「伯爵家の息子振ったって!」
「騎士十人以上止めたって話は?」
「魔力だけで動けなくしたって」
「バルガス商会の顧問だって聞いたぞ」
「Fランクじゃなかったか?」
麗華。
カード。
出す。
「Fです」
受付嬢。
カード。
見る。
麗華。
見る。
「……もう信用してません」
「何で?」
「黒牙熊」
「うん」
「白角地竜」
「うん」
「昨日」
「うん」
「F?」
「うん」
「無理があります」
「でもカードがそう言ってる」
「カードの方が間違ってます」
周囲。
笑い。
そこへ。
「お前」
低い声。
振り返る。
レオン。
赤い髪。
大剣。
「また何かやったらしいな」
「何でみんな知ってるの?」
「昨日の会場に何人いたと思ってる」
「結構」
「貴族と大商人だらけだ。半日で噂になる」
レオン。
麗華。
じっと。
見る。
「何?」
「俺さ」
「うん」
「最初お前に会った時、『邪魔なら置いていく』って言ったよな」
「ああ」
「覚えてるのか」
「うん」
「……忘れてくれ」
「何で?」
「今思うと恥ずかしすぎる」
ギルド。
笑い。
レオン。
額。
押さえる。
「俺、何に対して置いていくとか言ってたんだ」
「でもあの時は普通のFランクだったし」
「普通のFランクがS級地竜黙らせるか!」
「それは後」
「同じだ!」
麗華が笑う。
「気にしてないですよ」
「俺が気にするんだよ!」
騒がしい。
でも。
麗華。
少し。
楽しい。
昨日の重い空気とは違う。
戻った。
日常。
そう思えた。
◇
夜。
《月花亭》。
開店。
一時間ほど。
そして。
扉。
開く。
「いらっしゃいませ」
店員が迎える。
入ってきたのは。
女性。
一人。
二人。
三人。
四人。
「……」
エルザ。
止まる。
「女性?」
麗華。
見る。
「あ」
知ってる。
「昨日の」
先頭。
グレイン侯爵夫人。
隣。
昨日少し話した商人の妻。
若い貴婦人。
そして。
もう一人。
三十代ほどの落ち着いた女性。
「麗華さん」
侯爵夫人。
笑う。
「本当に来ちゃった」
「本当に来たんです?」
「『来たかったらどうぞ』って言ったのはあなたでしょう?」
「言いましたけど」
「じゃあいいじゃない」
エルザ。
麗華。
見る。
「呼んだの?」
「呼んだというか」
「というか?」
「来たかったらどうぞって」
「それ呼んでるのと同じでしょう」
「そう?」
侯爵夫人。
店内。
見回す。
「こういうところ、一度来てみたかったのよ」
「女性だけで入るの珍しいです?」
麗華が聞く。
エルザ。
「珍しいどころじゃないわよ」
アリア。
近く。
「うちはほぼ男客」
「じゃあ初めて?」
「ここまでまとまって来るのは初めてね」
麗華。
女性たち。
見る。
「じゃあ」
少し笑う。
「今日はいっぱい話しましょう」
◇
最初。
少し。
緊張。
あった。
店。
夜。
歓楽街。
普段。
男性。
行くところ。
そんな認識。
でも。
麗華。
普通。
席。
つく。
「何飲みます?」
「おすすめ」
「甘いの平気?」
「私は」
「私は苦手」
「じゃあ分けよう」
すぐ。
会話。
自然。
なる。
侯爵夫人。
昨日。
ドレス。
話。
「娘さん、刺繍好きなんですよね?」
「覚えてたの?」
「うん」
「昨日あんなことがあったのに?」
「その前に聞いた話だから」
「……あなた、本当にすごいわね」
「普通ですよ」
「普通じゃない」
みんな。
笑う。
そこから。
娘。
服。
料理。
社交界。
夫。
話。
移る。
「うちの夫なんて本当に服見ないのよ」
侯爵夫人。
言う。
「どういうこと?」
麗華。
聞く。
「新しいドレス買ったのに気づかないの!」
「何日?」
「二日!」
「まだ二日なら」
「まだ!?」
「いや、気づくべきか」
「そうでしょう!」
隣。
若い貴婦人。
「うちは髪を切ったのに三日気づかなかったわ」
「三日?」
麗華。
笑う。
「それはもう、気づいてたけど言わなかった可能性を信じたいですね」
「ないわよ。あの人なら本当に気づいてないもの!」
全員。
笑う。
麗華も。
普通。
混ざる。
「麗華さんは?」
商人の妻。
聞く。
「男の人に困ったことないの?」
一瞬。
静か。
全員。
昨日。
思い出す。
麗華。
少し。
考える。
「……昨日見たでしょう?」
全員。
爆笑。
「それは強すぎるわ!」
「ごめんなさい、聞いた私が悪かった!」
「本当に大変だったんですよ?」
麗華。
少し。
愚痴。
モード。
「嫌って言ってるのに『どうして?』って聞かれるの、一番困るんです」
「分かる!」
侯爵夫人。
即。
「嫌だから嫌なのよね!」
「そう」
「理由を説明したら、今度はその理由を解決すればいいって言われるのよ!」
「それ!」
麗華。
指。
さす。
「嫌って答え自体を受け入れてくれない」
「本当に男って!」
「分かるわ」
「うちの夫も!」
気づけば。
完全。
女子会。
エルザ。
少し離れたところ。
見ている。
「……」
アリア。
横。
「すごいわね」
「何が?」
「最初、女性客どう接客するのかと思ったけど」
店内。
笑い。
「男より盛り上がってる」
「確かに」
◇
その中。
一人。
麗華。
少し。
気になる。
三十代。
女性。
名前。
マリアンヌ。
淡い栗色の髪。
落ち着いた服。
笑っている。
でも。
夫。
話。
出るたび。
グラス。
指。
少し。
強い。
侯爵夫人。
言う。
「マリアンヌの旦那様は優しそうじゃない」
マリアンヌ。
少し。
笑う。
「……外ではね」
麗華。
見る。
でも。
すぐ。
聞かない。
他の話。
続ける。
少しして。
時間。
話。
「私、今日は十時までなの」
「早い」
若い貴婦人。
「せっかく来たのに」
「夫が遅いと機嫌悪くなるから」
「厳しいのね」
「心配性なのよ」
麗華。
その言葉。
聞く。
「心配性」
小さく。
繰り返す。
マリアンヌ。
見る。
「何?」
「遅く帰ったらどうなるんです?」
「……怒るわ」
「どんな風に?」
一瞬。
間。
「声を荒げたり」
「うん」
「物を投げることもあるけど」
空気。
少し。
変わる。
マリアンヌ。
すぐ。
笑う。
「でも私には当てないわよ」
麗華。
静か。
見る。
「当てないように投げてるんです?」
「……」
「それとも、たまたま当たってない?」
マリアンヌ。
止まる。
「麗華さん」
侯爵夫人。
少し。
不安。
麗華。
すぐ。
声。
柔らかく。
「ごめんなさい。怖がらせたいわけじゃないです」
「……」
「ただ」
マリアンヌ。
入口。
見る。
麗華。
気づく。
「旦那さんの話になってから、入口三回見ましたよ」
「え」
「無意識?」
「……」
「多分」
マリアンヌ。
少し。
顔。
固い。
「私」
手。
グラス。
置く。
「そんなに見てた?」
「うん」
「……」
麗華。
少し。
間。
取る。
「怖いんです?」
「……」
「旦那さん」
「……」
マリアンヌ。
小さく。
笑う。
でも。
今まで。
違う。
「怒らせたくないの」
「うん」
「怒ると」
少し。
息。
詰まる。
「怖いから」
麗華。
それ以上。
聞かない。
「そっか」
「……それだけ?」
「何が?」
「もっと聞かないの?」
麗華。
少し。
考える。
「話したくなったら聞きます」
「……」
「でも今すぐ全部話す必要ないでしょう?」
マリアンヌ。
麗華。
見る。
「もし」
麗華。
続ける。
「本当に怖くなったら」
店内。
軽く。
見る。
「ここに来てください」
「……」
「話聞くくらいならできます」
その言葉。
マリアンヌ。
少し。
目。
潤む。
でも。
泣かない。
「ありがとう」
隣。
侯爵夫人。
「私の家にも来なさいよ」
「え?」
「何かあったら」
「でも」
「夫同士が知り合いだからって遠慮しないで」
別。
女性。
「私も前から少し気になってた」
「……」
「一人で抱えすぎよ」
麗華。
その様子。
見る。
少し。
嬉しい。
自分が全部。
解決。
しなくていい。
繋ぐ。
だけ。
でも。
助け。
なる。
「じゃあ」
麗華。
空気。
少し。
戻す。
「十時まで、あと一時間ありますね」
「え?」
「旦那さんの愚痴、あと何個あります?」
一瞬。
マリアンヌ。
止まる。
そして。
笑う。
「……いっぱいあるわよ」
「じゃあ順番に」
「私も言いたい!」
「私も!」
また。
笑い。
戻る。
重いだけ。
じゃない。
ここ。
楽しい。
場所。
その中。
少しだけ。
本音。
出せる。
麗華。
それが。
いい。
思う。
◇
一方。
別の席。
ルナ。
女性客。
一人。
接客。
している。
年上。
商人。
妻。
口数。
少ない。
以前。
ルナなら。
沈黙。
怖い。
何か。
話さなきゃ。
思う。
でも。
今。
「……」
酒。
注ぐ。
待つ。
しばらく。
女性。
言う。
「夫が最近、家に帰ってこないの」
ルナ。
驚く。
でも。
すぐ。
質問。
しない。
「そうなんですね」
「仕事って言うけど」
「うん」
「多分、本当に仕事」
ルナ。
少し。
笑う。
「なら少し安心です?」
「でも寂しい」
ルナ。
聞く。
「寂しいんですね」
女性。
少し。
止まる。
「……そう」
「怒ってるのかなって思ってました」
「怒ってもいるわよ」
二人。
笑う。
「でも、寂しい」
「うん」
「娘も最近嫁いだし」
そこから。
話。
少しずつ。
続く。
麗華。
遠く。
その様子。
見る。
笑う。
◇
営業後。
女性客。
帰る。
店。
片付け。
「……」
エルザ。
テーブル。
見る。
「すごかったわね」
「何が?」
麗華。
グラス。
洗う。
「女性だけであんなに盛り上がると思わなかった」
「女の人だって愚痴りたいでしょう?」
「途中からあんた普通に客と一緒に旦那の悪口言ってたわよね」
セリア。
笑う。
「『三日髪型気づかないのは酷い』って」
「事実でしょう?」
「接客というより友達でしたよ」
「その方が楽しい時もあるよ」
アリア。
少し。
考える。
「でも」
「何?」
「これ、普通にありね」
「女性客?」
「ええ」
「私も思った」
麗華。
頷く。
「男の人だけじゃなくていいと思う」
「夜の店って男向けって決まってるようなものだけど」
「誰が決めたの?」
「昔から?」
「じゃあ変えてもいいでしょう?」
エルザ。
麗華。
見る。
「また何か始める気?」
「まだ何も」
「その顔は何か考えてる」
「今日それ二回目」
「みんな同じこと思うのよ」
◇
「ルナ」
片付け。
終わり。
麗華。
呼ぶ。
「はい?」
「今日すごくよかった」
「何がです?」
「あの人の話聞いてた時」
「見てたんですか?」
「うん」
ルナ。
少し。
緊張。
「どうでした?」
「すごく自然だった」
「本当です?」
「前より全然、無理に喋らなくなった」
「……」
「ちゃんと待ってた」
ルナ。
少し。
嬉しい。
「麗華さんに教えてもらったので」
「私いなくても大丈夫そう」
「……」
ルナ。
一瞬。
表情。
落ちる。
麗華。
すぐ。
気づく。
「でも」
「?」
「私が一緒にいたいけどね」
ルナ。
止まる。
「……また」
「何?」
「そういうこと言う」
「本当だよ」
「……」
アリア。
遠く。
見る。
「またやってる」
セリア。
「今日何回目です?」
「もう数えてないです」
「数えるの諦めた?」
「はい」
◇
翌朝。
まだ。
開店。
前。
麗華。
また。
テーブル。
紹介札。
並べる。
「増えてるじゃない」
エルザ。
呆れる。
「昨日の女性たち」
「また書いてるの?」
「うん」
新しい札。
『マリアンヌ
帰宅時間を気にする。
夫の怒鳴り声と物を投げる行為を怖がる。
本人が話すまで深追いしない。』
次。
『グレイン侯爵夫人
女性だけで飲みに来るのは初めて。
夫の服への無関心に不満。
娘の刺繍の話をすると嬉しそう。』
次。
『東部酒類商会 夫人
娘が嫁いだ。
夫は仕事で帰りが遅い。
怒りより寂しさ。』
「……」
エルザ。
「全部書くのね」
「忘れたくないから」
「客じゃなくても?」
「うん」
「何で?」
麗華。
少し。
考える。
「次会った時に」
札。
指。
「前より少し話しやすくなるでしょう?」
「……」
「それに」
何枚か。
並べる。
服飾。
香油。
輸送。
酒。
役人。
貴族。
商人。
「人って、繋がると面白いよ」
「……」
エルザ。
少し。
笑う。
「本当に抜け目ないわね」
麗華。
楽しそう。
「褒めてる?」
「かなり」
窓。
外。
朝。
光。
入る。
テーブル。
小さな札。
たくさん。
昨日。
今日。
出会った。
人。
麗華。
一枚。
手。
取る。
まだ。
何に。
繋がるか。
分からない。
でも。
それでいい。
「せっかく会ったんだもん」
麗華。
小さく。
笑う。
「次に繋がった方が、楽しいでしょう?」
エルザはそんな麗華を見ながら、呆れたように笑った。
「昨日まで伯爵家と喧嘩してた女の台詞とは思えないわね」
「喧嘩じゃないよ」
「騎士十人以上黙らせたでしょう?」
「向こうから来ただけ」
「はいはい」
「本当なのに」
麗華は笑いながら紹介札を一枚ずつ丁寧に重ねていく。
昨日の騒動で、多くの人が九条麗華という名前を知った。
けれど麗華が興味を持っているのは、自分の名が広がったことではない。
誰と出会ったか。
何を話したか。
その人が何を大切にしていたか。
それだけだった。
そうして増えていく一枚一枚の縁が、いつか何に繋がるのか。
今の麗華は、まだ知らない。
ただ。
少しだけ。
楽しみにしていた。




