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女王転生  作者: のあ


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12/15

第十二話 女王、初めて人を頼る

 ルシアンが自分の知らないところで冒険者の依頼へ干渉している。


 そう疑い始めてから三日。


 麗華は、まだ本人を問い詰めていなかった。


 南街道の護衛依頼。


 北街道。


 討伐依頼。


 自分がルシアンにだけ話した翌朝、受注条件が変わった依頼。


 三度重なれば、偶然で片づけるには少し苦しい。


 それでも麗華は、疑いだけで相手を責めるのが嫌いだった。


 自分が人を見るのが得意だからといって、必ず正しいわけではない。


 だからこそ確かめる。


 それが、歌舞伎町にいた頃から変わらない麗華のやり方だった。


     ◇


「九条さん、今日は珍しいですね」


 朝の冒険者ギルド。


 受付嬢が少し驚いたように麗華を見る。


「何が?」


「三日連続で依頼板だけ見て帰ってるので」


「怪しい?」


「かなり」


「失礼ね」


 麗華は笑いながら依頼板の前へ立った。


 以前なら、面白そうな依頼があればすぐにでも手を伸ばしていた。


 しかし今日は違う。


 探しているのは、自分が受けたいものではない。


「これってどう?」


 麗華が指差したのは、東部の森に現れた魔獣を追い払う討伐補助だった。


「こちらですか? Dランク以上推奨ですが、上位冒険者と同行ならFでも参加できますよ」


「危険?」


「そこまでではないですね。相手は群れからはぐれた灰角鹿で、討伐より森の奥へ追い返すのが目的です」


「へぇ」


 麗華は依頼書を眺める。


「今日登録しないんですか?」


「まだ」


「またです?」


「うん」


「何をしてるんですか、本当に」


「実験」


「怖い言い方しないでください」


 麗華は笑ってギルドを出た。


 その日の夜。


「今日は何してた?」


 ルシアンが聞く。


 いつもの《月花亭》。


 いつもの席。


 いつもの果実酒。


 麗華はグラスへ酒を注ぎながら、何気なく答えた。


「明後日、東の森に行こうかなって」


「依頼か?」


「うん。灰角鹿を追い返すやつ」


「危険は?」


「そんなに」


「ならいい」


 ルシアンはそれ以上何も言わなかった。


 麗華も話題を変える。


「そういえば職人さんの名前入れる案、どうなりました?」


「父が試験的に許可した」


「早い」


「前回数字が出たからな。最近は俺の話を少し聞くようになった」


「よかったじゃないですか」


「ああ」


 ルシアンが小さく笑う。


 その顔。


 以前と比べれば本当に穏やかだった。


 だからこそ。


 麗華は少しだけ残念に思う。


 もし。


 本当に。


 裏で。


 余計なことをしているのなら。


     ◇


 翌朝。


「九条さん」


「うん」


 受付嬢の顔を見ただけで分かった。


「また?」


「……はい」


「何が変わったの?」


「灰角鹿の依頼ですが、依頼主側から参加条件がCランク以上へ変更されました」


「理由は?」


「昨夜、別の魔獣の痕跡が見つかったため、安全を優先すると」


「別の魔獣?」


「まだ種類は分からないそうです」


「そっか」


 麗華は依頼書を見る。


 昨日。


 確かにFでも参加できた。


「いつ連絡来た?」


「閉館間際です」


「夜?」


「はい」


 麗華は軽く頷いた。


「ありがとう」


「九条さん」


「ん?」


「何かあるんですか?」


「まだ分からない」


「……」


「分かったら教える」


 麗華は笑ってギルドを出た。


 四つ目。


 自分がルシアンに話した依頼。


 翌日、条件変更。


「……」


 石畳を歩きながら、麗華は少し考える。


 それでも。


 これだけでは。


 ルシアン本人が直接指示しているとまでは言えない。


 アルヴェール商会の人間。


 部下。


 父親。


 偶然、彼の周囲が勝手にやっている可能性も、理屈の上ではある。


 麗華はそこで一度足を止めた。


「じゃあ」


 小さく呟く。


「もう一個だけ」


     ◇


「麗華さん」


 午後。


 《月花亭》の裏口。


 ルナが麗華を見つける。


「今日、早いですね」


「ちょっとエルザに話があって」


「何かありました?」


「まだ何も」


 麗華はそう答えながら、ルナを見る。


 今日も青い髪留め。


「……」


「何です?」


「いや」


「?」


「最近それ毎日つけてるなって」


「気に入ってますから」


「私が褒めたからじゃなく?」


「違います」


「即答」


「元から好きです!」


「そっか」


 麗華は笑う。


 ルナは少し頬を赤くする。


「……でも」


「ん?」


「麗華さんが似合うって言ってくれたのは、嬉しかったです」


「じゃあ半分は私?」


「……少しだけ」


「ふふ」


「また笑う」


「可愛いから」


「もう」


 そんなやり取りをしながら店内へ入る。


 エルザは帳簿を整理していた。


「エルザ」


「何?」


「ちょっとお願い」


「珍しいわね」


「何が?」


「あなたが人にお願いするの」


 麗華は少しだけ止まった。


「そんなに?」


「大体自分でやるでしょう?」


「……まあ」


「で、何?」


 麗華は声を少し落とす。


「今日、もしルシアン様が来たら」


「ええ」


「私が帰った後、誰かと話すか見ててほしい」


「……」


 エルザの目が変わる。


「何かされた?」


「まだ確認中」


「麗華」


「大丈夫」


 麗華はすぐ笑う。


「ただ、勝手に決めつけたくないから」


「……分かった」


「ありがとう」


 その日の麗華は、いつもより少し早く店を上がった。


 もちろん。


 本当に帰ったわけではない。


 裏手。


 店の二階。


 倉庫として使われている小部屋。


 気配を隠しながら窓から外を見る。


「……」


 自分で思って。


 少し嫌になる。


「何してるんだろ、私」


 前世。


 歌舞伎町。


 客。


 ストーカー。


 危ない相手。


 同じようなことを何度も経験した。


 その時は。


 証拠。


 録音。


 店。


 黒服。


 警察。


 使えるものを全部使った。


 でも。


 今。


 異世界。


 魔法。


 最強。


 その気になれば、誰かに尾行されても全員撒けるし。


 襲われても。


 何百人いようが。


 問題ない。


 だからこそ。


 麗華は少し迷っていた。


 自分だけなら。


 何も怖くない。


 でも。


 今回は。


 自分だけの話で終わらない気がする。


     ◇


 一時間後。


 ルシアンが店を出た。


 いつも通り。


 一人。


 麗華は二階からその姿を追う。


 馬車。


 数分。


 その直後。


 路地の奥から男が一人現れた。


 服装。


 派手ではない。


 ただ。


 靴。


 仕立て。


 腰の剣。


 普通の冒険者ではない。


 男は店から少し離れたところでルシアンの馬車に近づき、短く何かを話した。


 そして。


 紙。


 渡す。


「……」


 麗華の目が細くなる。


 距離がある。


 内容までは聞こえない。


 だが。


 ルシアンが紙を受け取ったあと。


 視線。


 《月花亭》。


 向く。


 ほんの一瞬。


 麗華。


 見ている。


 馬車は去った。


「なるほど」


 小さく。


 麗華。


 呟く。


 下へ降りる。


「エルザ」


「見た?」


「うん」


「誰だったの?」


「多分、ルシアン様の人」


「多分?」


「確認する」


 エルザは麗華の顔を見た。


「怒ってる?」


「まだ」


「まだ、ね」


「うん」


     ◇


 翌日。


 麗華は敢えて何もしなかった。


 依頼も。


 ルシアンへの探りも。


 普通に《月花亭》へ出勤。


 そして。


 閉店間際。


「麗華」


「はい?」


 ルシアンがグラスを置く。


「明日は冒険者の仕事か?」


「どうして?」


「少し気になっただけだ」


「特に予定ないですよ」


「そうか」


「ルシアン様は?」


「商会だ」


「忙しいですね」


「最近はな」


 何でもない会話。


 麗華も笑う。


 そして。


「ルシアン様」


「何だ?」


「一個、聞いてもいい?」


「もちろん」


「私の冒険者の依頼に、何かしてます?」


 ルシアンの目が。


 止まった。


 一瞬。


 本当に一瞬だけ。


「……何の話だ」


「最近、私が受けようとした依頼ばっかり条件変わるんですよ」


「偶然だろう」


「そう?」


「ああ」


「私があなたに話した翌日に?」


「……」


 麗華は責めるような口調ではない。


 むしろ。


 いつもの接客。


 穏やかな声。


「四回」


「何がだ」


「あなたに話した依頼が、次の日に条件変わった回数」


「……」


「四回って偶然かな」


「あり得なくはない」


「うん」


 麗華は頷く。


「だから聞いてるの」


「俺がやった証拠でもあるのか?」


「ないですよ」


「なら」


「だから聞いてるんです」


 ルシアン。


 黙る。


 麗華はグラスへ酒を注ぐ。


「ルシアン様」


「……」


「私、嘘つかれる方が嫌です」


 指。


 ルシアン。


 少し。


 動く。


「……俺は」


 長い。


 沈黙。


「危険を減らしただけだ」


 麗華の手。


 止まる。


「やっぱり」


「麗華」


「はい」


「聞いてくれ」


「聞いてます」


「俺はお前に冒険者をやめろとは言っていない」


「うん」


「安全な依頼なら受けられるようにしている」


「……」


「何が問題なんだ?」


 麗華。


 一度。


 目を閉じる。


 息。


 吐く。


 まだ。


 怒らない。


「私、お願いしました?」


「何を」


「危険な依頼受けられないようにしてって」


「それは」


「お願いした?」


「……していない」


「ですよね」


「だが」


「ルシアン様」


 麗華が静かに遮る。


「私が受ける依頼を決めるのは誰です?」


「お前だ」


「うん」


「だが危険を理解していないなら――」


「理解してます」


「なら何故わざわざ危険なものを選ぶ」


「やりたいから」


「その答えが俺には理解できない」


「理解できなくてもいいんですよ」


 麗華は少しだけ眉を下げた。


「理解できないからって、代わりに決めないでください」


「死んだらどうする」


「死にません」


「そんな保証がどこにある」


「……」


 ある。


 この世界では。


 普通の冒険者が遭遇する程度の危険なら。


 ほぼ。


 死なない。


 でも。


 それを説明するわけにはいかない。


「少なくとも」


 麗華は続ける。


「あなたよりは、自分の実力知ってます」


「俺は心配しているだけだ」


「うん」


「それの何が悪い」


「心配することじゃないです」


「なら」


「勝手に私の仕事を変えること」


 ルシアン。


 止まる。


「心配なら言ってください」


「……」


「『危ないから行かないでほしい』って」


「それでお前はやめるのか?」


「多分やめない」


「なら意味がない」


「意味ありますよ」


「何が」


「私はあなたの気持ちを聞ける」


 麗華。


 まっすぐ。


 見る。


「それで、最後に決めるのは私」


「……」


「それじゃ駄目?」


 ルシアン。


 答えない。


「ルシアン様」


「……」


「この前、ちゃんと変わったと思ったんですよ」


 少しだけ。


 本音。


「嬉しかった」


「……」


「普通に話せるようになって」


「俺だって」


「でも」


 麗華の目。


 少し。


 寂しい。


「表でやめろって言うのをやめて、裏でやめさせるようになっただけなら」


「……」


「前より悪いですよ」


 言葉。


 刺さる。


 ルシアンの顔。


 硬くなる。


「俺は悪意でやったわけではない」


「知ってます」


「なら」


「悪意がなければ何してもいいわけじゃないでしょう?」


「……」


「一番怖いんですよ」


 麗華は少しだけ笑う。


「『あなたのため』って言いながら、本人に聞かない人」


 ルシアン。


 視線。


 落とす。


「……分かった」


「本当に?」


「もう依頼には手を出さない」


 麗華はしばらく見つめる。


 声。


 呼吸。


 目。


 今のところ。


 嘘ではない。


「分かりました」


「信じるのか」


「一回は」


「……」


「次はないですよ」


 麗華は笑う。


 ただ。


 その笑顔。


 以前より。


 少しだけ。


 距離。


 あった。


     ◇


 ルシアンは言葉通り、その後数日間、麗華の冒険者依頼へ干渉しなかった。


 討伐。


 護衛。


 採取。


 普通に受けられる。


 麗華も。


「ちゃんとやめたんだ」


 と少し安心した。


 でも。


 別のところで。


 変化。


 始まる。


     ◇


「エルザ」


「何?」


 夕方。


 《月花亭》。


 エルザが一通の手紙を握っていた。


「酒の納入先から?」


「ええ」


「何て?」


「来月から値段を上げるって」


「どれくらい?」


「三割」


「高いね」


「それだけじゃないの」


 別の紙。


「こっちの果実酒の商会は、一部商品の納品自体を止めたいって」


「急に?」


「急に」


 麗華。


 見る。


「理由は?」


「他の大口取引先を優先するから、だって」


「大口」


「ええ」


 アリアが近づく。


「うち、そんな小さい店じゃないでしょう?」


「夜の店としてはね。でも商会全体から見れば小口よ」


 麗華は何も言わない。


「どこの商会?」


 名前。


 聞く。


 一つ。


 二つ。


 知らない。


 ただ。


「……アルヴェール商会と関係ある?」


 エルザが顔を上げる。


「どうして?」


「ちょっと気になって」


「調べる?」


「お願い」


     ◇


 翌日。


「麗華」


 エルザ。


 顔。


 険しい。


「二つとも、アルヴェール商会と直接取引してる」


「……」


「片方は布。片方は輸送」


「なるほど」


 麗華は小さく息を吐く。


「また?」


 アリアが聞く。


「多分」


「ルシアン様?」


 ルナ。


 すぐ。


 反応。


 麗華はルナを見る。


「まだ分からない」


「でも」


「大丈夫」


「……」


「怖くないよ」


 それは本当だった。


 ルシアン。


 伯爵家。


 何をしても。


 物理的には怖くない。


 でも。


「面倒」


 麗華が呟く。


 アリア。


「その顔で言うと怖いのよ」


「どんな顔?」


「笑ってるのに目が笑ってない」


「……そんな顔してる?」


「してる」


 麗華は自分の頬へ手を当てた。


「やだな」


「で、どうするの?」


 エルザ。


 聞く。


 麗華は少し考える。


「すぐ別の取引先探す」


「ルシアン様には?」


「まだ言わない」


「何で?」


「もし本当に彼なら」


 麗華。


 静か。


「私が困るの待ってる気がするから」


     ◇


 三日後。


 新しい酒の仕入れ先。


 見つかった。


 少し遠い。


 値段。


 以前より一割高い。


 でも。


 問題ない。


「これなら営業続けられる」


 エルザ。


 安堵。


「良かった」


 麗華。


「あなたのお客さんに聞いてくれたおかげよ」


「私だけじゃないよ」


「でも商人の常連三人に聞いたでしょう?」


「相談しただけ」


「それを人脈って言うの」


「……」


 麗華。


 少し。


 考える。


「人脈」


「そう」


 前世。


 歌舞伎町。


 自分も。


 人脈。


 使った。


 社長。


 弁護士。


 店。


 警察。


 借金取り。


 でも。


 あの時。


 麗華にとって人脈は。


 守るために作った。


 道具。


 だった。


 この世界。


 違う。


 バルガス。


 ガイル。


 アリア。


 ルナ。


 エルザ。


 ただ。


 話して。


 笑って。


 助けて。


 助けられて。


 気づけば。


 周りに人がいた。


「……」


「麗華?」


「何でもない」


 麗華。


 少し。


 笑う。


     ◇


 その夜。


 ルシアン。


 来た。


「最近、店が少し大変らしいな」


 麗華の目。


 止まる。


「何の話?」


「酒だ」


「……詳しいですね」


「商会をやっていれば情報は入る」


「そう」


「困っているなら」


「大丈夫ですよ」


「俺ならすぐ元に戻せる」


 麗華。


 笑う。


「やっぱり」


「何が」


「あなたなんですね」


「……」


「酒」


「俺が直接止めさせたわけではない」


「じゃあ何したの?」


「少し話をしただけだ」


「誰に?」


「商会だ」


「何て?」


「今後アルヴェール家との取引を拡大する可能性がある、と」


「それだけ?」


「……」


「その代わりに月花亭との取引減らしてほしいって?」


「明言はしていない」


 麗華。


 少し。


 笑う。


「ずるいですね」


「麗華」


「自分は命令してない」


「……」


「相手が勝手に忖度しただけ」


「そういうことでは」


「同じですよ」


 麗華の声。


 まだ。


 冷静。


「何がしたいの?」


「お前に苦労してほしくない」


「じゃあどうして店困らせるの?」


「お前がここにいるからだ」


 空気。


 僅かに。


 変わる。


「私が?」


「ああ」


「私がいなくなったら?」


「元に戻る」


「……」


 麗華。


 目。


 細くなる。


「それって」


 ゆっくり。


「脅し?」


「違う」


「何が違うの?」


「お前を迎えたいだけだ」


「どこに?」


「俺の側へ」


「だから行かないって言ってるでしょう?」


「何故そこまでこの店に拘る」


「好きだから」


「ならもっと良い店を用意する」


「そうじゃない」


「何が違う」


「全部」


 麗華の声。


 少しだけ。


 低くなる。


「エルザがいて」


「……」


「アリアがいて」


「……」


「セリアがいて」


「……」


「ルナがいる」


 ルシアン。


 ルナ。


 名前。


 少し。


 反応。


 麗華。


 気づく。


「私、この店が好きなんです」


「同じ環境を作ればいい」


「作れない」


「なぜ」


「人が違うから」


 即答。


「店って建物じゃないでしょう?」


「……」


「私が好きなのは」


 一拍。


「ここにいる人たちです」


 ルシアン。


 黙る。


「ルシアン様」


「……」


「これ以上」


 麗華。


 笑顔。


 消えない。


 でも。


 目。


 冷たい。


「私の周りに手を出さないでください」


「手を出してなど」


「出してます」


「……」


「私の仕事」


 一つ。


「店」


 二つ。


「次は何?」


 ルシアン。


 答えない。


 麗華は少しだけ身を乗り出す。


「友達?」


「……」


「ルナ?」


 その名前。


 出した瞬間。


 ルシアン。


 僅かに。


 目。


 動く。


 麗華。


 止まる。


「……ルシアン様」


「何だ」


「ルナのこと調べました?」


「……」


「答えて」


「お前と親しい人間は、一通り」


 麗華。


 数秒。


 何も。


 言わない。


「何を?」


「名前と」


「うん」


「家族」


「……」


「出身」


「……」


「お前との関係」


「……」


 麗華。


 笑う。


 笑った。


 けれど。


 アリア。


 遠くから。


 その顔を見て。


 背筋。


 冷える。


「それ」


 麗華。


 静か。


「誰が頼みました?」


「麗華」


「私?」


「……」


「ルナ?」


「……」


「誰も頼んでないですよね」


「俺はただ」


「知ろうとした」


「……そうだ」


「私を?」


「ああ」


 麗華。


 小さく。


 息。


 吐く。


「前に言いましたよね」


「何を」


「私のこと見てないって」


「だから」


「だから勝手に調べた?」


 ルシアン。


 黙る。


「違うよ」


 麗華。


 初めて。


 敬語。


 少し。


 消える。


 すぐ戻す。


「違いますよ、ルシアン様」


「何が」


「人を知るって」


 麗華。


 ルシアン。


 目を見る。


「その人が自分から話してくれるのを待つことも含むんです」


「……」


「話してくれないなら」


「……」


「話したくないことなのかもしれない」


「……」


「私、接客で何百人も相手にしてきましたけど」


 ルシアン。


 聞く。


「相手が隠してること、気づくことだってありました」


「……」


「でも」


 麗華。


 静か。


「だからって全部暴いていいわけじゃない」


 目。


 冷たい。


「人には、隠しておきたいこともあります」


「お前のことを守るために必要だった」


「またそれ?」


 ほんの少し。


 声。


 刺さる。


「あなたのため」


 麗華。


 苦笑。


「便利ですね、その言葉」


「……」


「何しても正しい気になれる」


 ルシアン。


 顔。


 固まる。


「今日は帰ってください」


「麗華」


「帰って」


 声。


 低くない。


 怒鳴らない。


 でも。


 今まで。


 一番。


 拒絶。


 強い。


「……分かった」


 ルシアン。


 立つ。


「また来る」


「今は来ないで」


「いつまで」


「私がいいって言うまで」


「……」


「それくらい」


 麗華。


 見る。


「待てますよね?」


 ルシアン。


 何も言わず。


 店を出た。


     ◇


「麗華さん」


 扉。


 閉まる。


 ルナ。


 すぐ近づく。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫」


「でも」


「私より」


 麗華。


 ルナを見る。


「ごめん」


「え?」


「勝手に調べられてた」


「麗華さんが謝ることじゃ」


「私が原因だから」


「違います」


 ルナ。


 珍しく。


 強い声。


「麗華さんが悪いわけじゃないです」


「……」


「私」


 ルナ。


 少し。


 迷う。


「嫌です」


「何が?」


「麗華さんが、そうやって自分のせいにするの」


「……」


「ルシアン様が勝手にしたんでしょう?」


「うん」


「なら」


 ルナ。


 麗華の手。


 軽く。


 握る。


「麗華さんが謝らないでください」


 麗華。


 少し。


 驚く。


「……ルナ」


「はい」


「格好いいね」


「今それですか?」


「うん」


「本当に……」


 ルナ。


 少し笑う。


「でも」


 麗華。


 握られた手。


 見る。


「ありがとう」


 ルナ。


 少し。


 赤い。


「……はい」


     ◇


 三日。


 ルシアンは来なかった。


 その間。


 店。


 仕入れ。


 少しずつ。


 回復。


 麗華も。


 普通に冒険者。


 依頼。


 受ける。


 そんなある日。


 《月花亭》へ。


 一通。


 豪華な封筒。


 届く。


「麗華」


「何?」


 エルザ。


 渡す。


「あなた宛て」


「私?」


 封蝋。


 紋章。


 アルヴェール家。


「……」


 麗華。


 開ける。


 中。


 厚い紙。


『アルテリア王国西部有力者親交晩餐会』


 高位貴族。


 有力商人。


 ギルド上層。


 役人。


 集まる。


 大規模な社交会。


「何これ」


 アリア。


 覗く。


「……随分大きい会ね」


「知ってる?」


「聞いたことあるわ。年に一度くらい、上の人間が集まるって」


「行きたくない」


「即答」


「絶対面倒でしょう」


 封筒。


 もう一枚。


 ルシアン。


 手紙。


『先日の件については謝罪する。もう無理に何かをするつもりはない。ただ、この会だけは来てほしい。お前の知識と商会への助言を、父や他の者にも正式に紹介したい』


 麗華。


 読む。


「……」


 何か。


 違和感。


「どうしたの?」


 エルザ。


「何か変」


「何が?」


「分からない」


 招待状。


 見る。


 名前。


 『九条麗華』


 だけ。


 普通。


 ただ。


 席次。


 添付。


 アルヴェール伯爵家。


 近い。


 かなり。


 近い。


「何で私ここ?」


「相談役だからじゃない?」


 セリア。


「いや」


 アリア。


 覗く。


「これ、家族席に近すぎない?」


「家族?」


「ほぼ親族と重要客の位置よ」


 麗華。


 目。


 細くなる。


「……」


 そこへ。


 店の扉。


 開く。


「エドガー様?」


 珍しい。


 昼。


 営業前。


 エドガー。


 入る。


「麗華いるか?」


「ここ」


 麗華。


 手。


 上げる。


「ちょうどよかった」


 エドガーの顔。


 少し。


 真剣。


「招待状、来たか?」


「今」


「行くのか?」


「まだ決めてない」


「なら」


 一度。


 周囲。


 見る。


「少し話せるか?」


     ◇


 店奥。


 四人。


 麗華。


 エルザ。


 アリア。


 エドガー。


「最近、ルシアンが妙なことを言ってる」


「妙?」


「正式には何も発表していない」


「うん」


「だが一部の貴族へ」


 エドガー。


 顔。


 険しい。


「『近いうちに伴侶を紹介する』と」


 麗華。


 止まる。


「……伴侶?」


「ああ」


 エルザ。


「まさか」


 アリア。


 麗華。


 見る。


 麗華。


 招待状。


 見る。


「私?」


「可能性は高い」


「婚約した覚えないけど」


「知ってる」


「本人にも何回も断った」


「それも知ってる」


「じゃあ」


「多分」


 エドガー。


 ゆっくり。


「大勢の前で発表するつもりだ」


 麗華。


 沈黙。


「……」


「貴族社会では」


 エドガー。


 続ける。


「大勢の前で、家同士の祝いとして発表された婚約を、その場で女側が否定するのはかなり難しい」


「何で?」


「相手の家へ恥をかかせるからだ」


「……」


「もちろん正式な契約がなければ法的には婚約じゃない。ただ」


「周りにそう思わせる」


「ああ」


「あとから否定しても」


「『喧嘩した』『女が心変わりした』『既に話は進んでいた』と言える」


「……」


 麗華。


 招待状。


 指。


 叩く。


 一度。


 二度。


「それで」


 声。


 静か。


「私が人前でルシアン様を恥かかせるようなことしないと思ってる?」


「恐らく」


 エドガー。


 苦い顔。


「お前は、相手の逃げ道を残すからな」


「……」


 麗華。


 笑う。


「よく見てるね」


「ルシアンよりはな」


 アリア。


 少し笑いそうになる。


 でも。


 空気。


 重い。


「行かないって選択は?」


 エルザ。


「ある」


 麗華。


「でも」


「?」


「行かなかったら」


 麗華。


 招待状。


 見る。


「多分、勝手に話される」


 エドガー。


「俺もそう思う」


「『本人は体調が悪くて』とか」


「ああ」


「それで後から既成事実」


「可能性はある」


「……面倒」


 麗華。


 天井。


 見る。


「本当に面倒」


     ◇


 その日の営業。


 少し。


 空気。


 違う。


 麗華。


 普通に接客。


 でも。


 頭。


 ずっと。


 考える。


 ルシアン。


 何を考えている。


 招待状。


 家族席。


 伴侶。


 大勢。


 逃げ道。


 その時。


「麗華」


「はい?」


 バルガス。


 いつもの席。


「酒が空だ」


「あ、ごめんなさい」


「珍しいな」


「何が?」


「お前が客のグラス見落とすの」


 麗華。


 止まる。


「……本当だ」


「何かあったか?」


「ちょっと」


「話したくないなら聞かん」


 バルガス。


 それ以上。


 何も。


 聞かない。


 麗華。


 酒。


 注ぐ。


 その姿。


 見る。


 ふと。


 思う。


 この人。


 最初。


 娘。


 悩み。


 相談。


 今。


 月花亭。


 常連。


 だけど。


 よく考えれば。


 大きい商会の会頭。


「バルガスさん」


「何だ」


「一個聞いていい?」


「珍しいな。今日は質問が多い」


「バルガス商会って」


「ああ」


「どれくらい大きいの?」


 バルガス。


 止まる。


「……お前」


「何?」


「知らなかったのか?」


「何を?」


 隣。


 エルザ。


 遠く。


 アリア。


 同時。


 見る。


「……」


「何?」


 バルガス。


 額。


 押さえる。


「俺は王国三大商会の一つ、《バルガス商会》の会頭だ」


「三大?」


「……」


 アリア。


「麗華」


「何?」


「本当に知らなかったの?」


「うん」


「嘘でしょう?」


「何で?」


 エルザ。


 笑う。


「逆にどうして知らずに接客できたのよ」


「だって聞いてないし」


 バルガス。


「お前、俺の相談には偉そうに乗っていたな」


「偉そう?」


「『娘さんとちゃんと話したら?』とな」


「……」


 麗華。


 少し。


 考える。


「だって必要だったでしょう?」


「そういうところだ」


「何が?」


 バルガス。


 大きく。


 笑う。


「まさか俺の肩書き知らずに、あれだけ好き勝手言ってたとはな」


「知ってても言うけど」


「だろうな」


 麗華。


 少し笑う。


 でも。


 次。


 真剣。


「三大商会って」


「何だ」


「貴族より強い?」


 店。


 近くにいた何人か。


 少し。


 静か。


 バルガス。


 目。


 細くなる。


「何があった」


「先に答えて」


「相手による」


「伯爵家」


「家にもよるが」


 バルガス。


 酒。


 一口。


「金と物流の話なら、並の伯爵家より俺の方が強い」


「……」


「王国内の食料、布、鉱石、輸送、融資。全部に手を出している。敵に回したい貴族は少ない」


「そっか」


「だから何があった」


 麗華。


 少し。


 黙る。


 いつもなら。


 自分で。


 考える。


 自分で。


 片づける。


 その方が。


 早い。


 人に頼る。


 苦手。


 前世。


 祖母。


 借金。


 自分がやる。


 自分が稼ぐ。


 自分が守る。


『麗華ちゃんまで無理しなくていいのよ』


『大丈夫』


 ずっと。


 そう。


 だった。


 でも。


 この世界。


『友達なんだから当たり前でしょう?』


 アリア。


『麗華さんが謝らないでください』


 ルナ。


 エルザ。


 ガイル。


 ミナ。


 ロッド。


 そして。


 目の前。


 バルガス。


 麗華。


 ゆっくり。


 口。


 開く。


「バルガスさん」


「何だ」


「お願いがあります」


 バルガス。


 目。


 僅かに。


 見開く。


「……お前が?」


「そんな驚く?」


「驚く」


「失礼」


「人の相談には何でも口を出すくせに、自分のことはほとんど話さんだろ」


「……」


「何だ」


 声。


 真剣。


「話せ」


 麗華。


 少し。


 笑う。


「力を貸してください」


     ◇


 営業後。


 《月花亭》。


 奥の席。


 バルガス。


 麗華。


 エルザ。


 念のため。


 二人。


 事情。


 全部。


 話す。


 ルシアン。


 依頼。


 監視。


 店。


 仕入れ。


 ルナ。


 そして。


 招待状。


 伴侶。


 婚約。


 バルガス。


 一度も遮らない。


 最後まで。


 聞く。


「……」


「以上」


「お前」


「はい」


「随分我慢したな」


「そう?」


「俺ならもっと早く殴っている」


「私は殴らないので」


「知ってる」


 バルガス。


 深く。


 息。


 吐く。


「アルヴェールの坊主か」


「知ってる?」


「当然だ」


「やっぱり」


「アルヴェール織商会は大きい。だが」


 バルガス。


 少し。


 目。


 冷たい。


「俺のところから見れば取引先の一つだ」


 麗華。


 止まる。


「……そんな差あるの?」


「ある」


「知らなかった」


「お前は何を知っているんだ」


「人柄?」


「肩書きを知れ」


「必要になったら」


「今必要になっただろ」


「うん」


 バルガス。


 少し。


 呆れる。


 でも。


 笑う。


「で」


「?」


「俺に何をしてほしい」


 麗華。


 招待状。


 テーブル。


 置く。


「パーティーに連れていってください」


「俺の同伴で?」


「ううん」


「?」


「ルシアン様の招待客じゃなくて」


 麗華。


 バルガス。


 見る。


「私自身の立場で参加したい」


 バルガス。


 数秒。


 黙る。


 そして。


 口元。


 上がる。


「なるほど」


「できる?」


「できる」


「本当?」


「むしろ遅い」


「何が?」


「お前に肩書きを渡す話だ」


 麗華。


 眉。


 寄る。


「嫌な予感」


「《バルガス商会・会頭直属特別顧問》」


「長い」


「第一声がそれか」


「偉そう」


「実際偉い」


「嫌なんですけど」


「今回必要なんだろ」


「……」


 麗華。


 少し。


 考える。


「何するの?」


「今までと同じだ」


「同じ?」


「俺が困った時に話を聞く」


「それだけ?」


「時々、商会の数字を見る」


「……仕事増えた」


「給料は出す」


「いくら?」


 金額。


 聞く。


 麗華。


 目。


 少し。


 上がる。


「高い」


「お前なら安いくらいだ」


「怖」


「嫌なら断れ」


 麗華。


 少し。


 考える。


「……受けます」


「決まりだ」


 バルガス。


 手。


 差し出す。


 麗華。


 見る。


 一瞬。


 そして。


 握る。


「お願いします」


「任せろ」


 その一言。


 麗華。


 少し。


 胸。


 軽くなる。


 人に。


 任せる。


 こんなに。


 変な感じ。


「何だその顔」


「いや」


「?」


「人に頼るの、慣れてなくて」


「見れば分かる」


「そんなに?」


「酷い」


「……」


 麗華。


 苦笑。


「でも」


 少し。


 真面目。


「助かります」


 バルガス。


 麗華を見る。


「前に娘のことで助けてもらった」


「私は話しただけ」


「俺が娘と話せたのは、お前が背中を押したからだ」


「……」


「今度は俺の番だ」


 麗華。


 少し。


 黙る。


「……ありがとう」


     ◇


 帰り。


 《月花亭》。


 ルナ。


 入口。


 待っていた。


「まだいたの?」


「麗華さん待ってました」


「どうして」


「気になったので」


「……」


 麗華。


 笑う。


「大丈夫」


「本当です?」


「うん」


「何話したんですか?」


「パーティー行くことにした」


「ルシアン様の?」


「違う」


「?」


「バルガスさんと」


 ルナ。


 目。


 丸い。


「バルガス会頭?」


「やっぱり知ってる?」


「当たり前じゃないですか!」


「……私だけ?」


「多分」


「恥ずかしい」


 ルナ。


 少し笑う。


「でも」


「?」


「麗華さんが誰かに頼るの、珍しいですね」


 麗華。


 また。


 そこ。


 言われる。


「そんなに?」


「はい」


「……」


 ルナ。


 一歩。


 近づく。


「いいと思います」


「何が?」


「頼って」


 麗華。


 見る。


「全部一人でやらなくても」


「……」


「私たちだって」


 少し。


 恥ずかしそう。


「麗華さんの味方なので」


 麗華。


 しばらく。


 何も言わない。


 そして。


 そっと。


 ルナの肩。


 抱く。


「――っ」


「ありがとう」


「……」


「嬉しい」


 ルナ。


 真っ赤。


 でも。


 離れない。


「……こういう時だけずるいです」


「何が?」


「分かってないならいいです」


「分かってるかも」


「じゃあもっと駄目です」


 麗華。


 笑う。


     ◇


 翌日。


 バルガス商会から。


 一着。


 届いた。


 大きな箱。


「何これ」


 アリア。


 覗く。


「パーティー用?」


「多分」


 開ける。


 黒。


 ドレス。


 漆黒。


 余計な装飾。


 ほとんど。


 ない。


 でも。


 生地。


 明らか。


 違う。


 光。


 角度。


 僅か。


 艶。


「……高そう」


 セリア。


「高いわよこれ」


 アリア。


 触る。


「王都の職人じゃない?」


 麗華。


 カード。


 見る。


『顧問として恥をかかない格好をしろ。代金は給料から引く』


「……」


「何て?」


 ルナ。


「給料から引くって」


「優しくないですね」


「バルガスさんらしい」


 麗華。


 ドレス。


 持つ。


 その夜。


 試着。


「……」


 部屋。


 静か。


 アリア。


 セリア。


 ルナ。


 エルザ。


 全員。


 止まる。


 黒。


 長い。


 ドレス。


 露出。


 多すぎない。


 首元。


 白い肌。


 細い肩。


 腰。


 黒髪。


 同じ黒。


 重なる。


 装飾。


 銀。


 ほんの少し。


 それだけ。


 麗華自身。


 完成。


 している。


「……何?」


 麗華。


 鏡。


 見る。


「変?」


「変じゃない」


 アリア。


「むしろ腹立つくらい綺麗」


「何で怒るの」


「本当に女神みたいです」


 セリア。


「言いすぎ」


「言いすぎじゃないです」


 ルナ。


 ぽつり。


 麗華。


 振り返る。


「ルナ?」


「……」


 ルナ。


 顔。


 赤い。


「すごく」


「うん」


「綺麗です」


 麗華。


 少し。


 柔らかく。


 笑う。


「ありがとう」


 そして。


 机。


 昨日買った。


 白い花。


 香油。


 手。


 伸ばす。


「それ」


 ルナ。


 気づく。


「うん」


 首元。


 少し。


 香り。


「ルナが選んでくれたやつ」


「……」


「合う?」


「はい」


 ルナ。


 笑う。


「すごく」


 麗華。


 鏡。


 自分。


 見る。


 黒いドレス。


 黒髪。


 白い花の香り。


 そして。


 テーブル。


 二通。


 招待状。


 一つ。


 ルシアン・アルヴェールから。


 もう一つ。


 《バルガス商会》から。


 麗華。


 ルシアンの招待状。


 指。


 軽く。


 触れる。


「……」


 今まで。


 何度も。


 逃げ道。


 残した。


 嫌いになりたくない。


 いい男でいて。


 普通の客。


 戻って。


 それでも。


 ルシアンは。


 自分で。


 越えてきた。


 まだ。


 最後。


 終わり。


 ではない。


 麗華は、できるなら。


 あの場でも。


 話して。


 終わらせたい。


 それでも。


 もし。


 大勢の前で。


 自分の意思まで。


 奪おうとするなら。


「……」


 麗華。


 鏡。


 見る。


 いつもの。


 柔らかい笑顔。


 少しだけ。


 消える。


「先に言っておきますね、ルシアン様」


 誰もいない。


 本人。


 聞こえない。


 声。


「私」


 一拍。


「人前だからって、黙ってあげるほど優しくないですよ」


 黒いドレスの女は。


 この世界へ来て。


 初めて。


 自分の力ではなく。


 誰かから借りた力を持って。


 貴族たちの世界へ。


 足を踏み入れようとしていた。


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