クリニス
クリニスは『揺籃』の観測を担当している。
揺籃は文化形成がとても複雑だ。
他の世界には無い『魔法』の存在が、他の世界まで巻き込んで世界観測に大きい厚みを持たせている。
そんな揺籃を担当する彼女の観測報告は、とにかく量が多い。
情報精度は二の次で、とにかく量に物を言わせて押し切っているという印象だ。
では、情報精度は二番目に位置しているのかというと――そういうわけでもない。
彼女の報告で二番目に目立つのは『彼女自身の感情』だ。
観測をする上であってはならないものではあるが、こと揺籃に関してはそのやり方で記録を残すのも面白いと思ったため、特に何も言わずに観測を継続させている。
――以下、記憶抜粋――
「ネリス様!」
彼女は僕を見つけるといつも小走りで駆け寄ってくる。
話の内容は、急ぐ用事の時もあればただの雑談の時も。
何の意図があるのだろうと注視していたが、何ということはない。
ただ彼女は、何となくパタパタと走ってやってくるのが好きなのだろう。
「何か見つかったの?」
「はい。これを見てもらいたいんです!」
彼女の手には観測員が各世界の観測を行う際に使う端末が握られていた。
「じゃあ、僕の部屋で見ようか」
「はい!」
クリニスはたまに面白いモノを見せてくれるから、僕は彼女が何かを見せてくれる時は積極的に時間を取るようにしている。
今日は一体、何を見せてくれるんだろう。
僕達は足取り軽く書斎へと向かった。
「これです!この映像、どう思いますか?」
持ってきた端末を僕の部屋のモニターに接続したクリニスは、映し出された映像を指差して声を上げる。
そこには、僕も観測でたまに見ていた『儀式』のようなものが映し出されていた。
「――ああ、例の儀式か」
その当時、まだ僕はその儀式についての深い見識は無かった。
ただ何となく『いつ見てもこうした集団がいるな』と漠然とした認識だけ持っていたそれに、クリニスは目をつけたようだった。
「……この人たち、同じような儀式をずっとしてるんです」
「単に文化が続いているだけじゃないかな?」
「遡って観測をすると、そのような傾向は見られたんですが……でも――」
クリニスはそこまで言って少し考え、そして頭の中に浮かんだであろう言葉を僕に提示した。
「――意味も分からずこんなものを怖がるって、なんだかちょっと変じゃないですか?」
「……まあ、確かにそうかもね」
僕も最初それを見た時、そう思ったのを憶えている。
だが揺籃の人間の行動は、よく分からない部分が多いのも確かだ。
特に意味を持たない、と意味付けた僕はそれ以降考えることもなかった。
だが、クリニスはその『意味を持たない』という部分を紐解きたいらしい。
「ネリス様は、どう思いますか?」
「うーん……考えられるとすれば、恐怖信仰、とかじゃないかな?」
「恐怖信仰……ですか」
「この世界の人は自分が分からないものとか、分からないものを罰しないこととかを異様に怖がってる所がある気がするからね」
「……なるほど。そういえばそういう場面もどこかで見た事あります」
彼女は小さく俯いた。
その後、すぐに頭を上げ、
「私、もう少し観測してみたいと思います」
そう言って端末を抜き、ペコッとお辞儀をして去っていった。
――――
クリニスの観測は、感情に溢れている。
本来観測員としてはむしろしてはならないその行為だ。
だがその行為に目を瞑る程、彼女の観測は僕達に新しい風を吹き込んでくれている。
今では彼女なしでは、謎の多い揺籃の観測は行なえないと言っても過言ではない。
それと、もう一つ。
彼女は事象の連続性を大事にしている節がある。
今し方抜粋した『儀式』についてもそうだ。
漠然と続く事象に対しても彼女は決して思考を止めず、むしろ加速させる。
興味の嗜好が偏っている僕にはそれが出来ないので、素直に尊敬している。
僕やアルヴェラがもし今後いなくなった時には、代表はクリニスに任せよう。
僕とアルヴェラは、密かにそんな事を考えている。




