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アルヴェラ


 アルヴェラは現在、僕に変わってアステリオのリーダーを担当している。

 彼女の能力を見込んでのものだったが、アステリオ創立以来最大の英断だったと僕は自信を持って言える。


 

 彼女は観測自体にそこまでの興味や熱意がないものの、観測能力そのものはかなりの高水準を誇る。

 更に素晴らしいのは、彼女の真価がその調整能力にあるところだ。

 


 観測者は個々の判断基準を持つため、どうしても観測差異が発生してしまう。

 彼女はそれをうまく処理して形にする事を得意としていた。


 世界の観測よりも、どちらかと言うならば観測者の観測が好きなんだろう。

 そう僕は、彼女に対して思っている。



 ――以下、記憶抜粋――



「ネリス、頼まれてた観測書。まとめといたわよ」

 

 アルヴェラはそう言って、机の上に記録を少し乱暴に置いた。


「ああ、悪いね。助かるよ」

「……あなたの観測、順番がめちゃくちゃだから実にやりがいがあったわよ」

 

 トントンと記録を叩く爪の音とその声で、感情を何となく推し量る事が出来たので、僕はアルヴェラの方を見ずに返答した。

 


「……優先度に従った、結果かな」


 言いたいことはわかる。

 苦しい言い訳だと、アルヴェラは言いたいのだろう。


 その言い訳に、ふう、と大きくため息をついたアルヴェラは、


「うん、そうね……優先度。あなたが言い訳をするなら、そんなところかしらね」

 そう言いながら、僕の書斎のソファに座り背に体重をかけた。


「私が言いたいのはそれを何とかしろっていう話なの、分かる?」

「……分かります」

 

「これから人が増えたら、このやり方だといつか破綻しちゃうっていうのも分かる?」

「……その時は、アルヴェラがトップをしてくれたら嬉しいな」

 


 アルヴェラの方を見ていたわけではない。

 むしろなるべく目をそらしていた。

 

 でも――僕の今の言葉で、彼女のどこかの部分が『ピキッ』という音を出したことだけははっきりと分かった。



「ア、アルヴェラ……?」

 

 やってしまったか、と思った僕はそっと彼女の方を向く。


「なあに?」

 

 僕を穴が空くほど睨んでいたであろうアルヴェラは、僕が視線を向けると浅く笑った。

 整った顔に薄い笑みを浮かべ、かつ目を全く笑わせないというのはこれほどに恐ろしいものかと――この時、そう思ったのを憶えている。


 彼女が大きく息を吸い込む音がした。


「__別に、私が全部やってもいいわよ?その代わり、これから観測者を増やすならあなたは下僕よ、施設の掃除でもやっていなさい」

 

「いや、あの――」

「黙って聞きなさい」

「はい……」


「めちゃくちゃな資料を出す人は観測場所になんかとても置けないわ」

「そうやって自分の苦手なことは人に押し付けて……」

「あなたのやり方は本当に最悪よ。反省なさい」

 

「――そもそもあなたが始めたのに、私が上に立ってもいいと思ってるの?」

 


 怖い。

 普段の彼女は冷静で、怒る事は少ない。


 そんな人ほど、いざ怒る時は怖いものだ。

 僕の不真面目さが、彼女の虎の尾を踏んでしまった。


 僕はアルヴェラが次の口撃を開始するべく、息を吸い込んだタイミングで言葉をねじ込んだ。

 

「__僕は、アルヴェラこそリーダーに相応しいと思ってる」


 苦し紛れじゃない、紛れもない本心。

 ただそれだけ、彼女に伝えたかった。



 再び彼女を見る。

 彼女は先ほどと変わって、目を丸くしてこちらを見ていた。


 口がパクパク動いている。

 今度こそ、本当にまずかったかもしれない。

 


「……そう」

 

 それしか言わなかった。

 それきり、アルヴェラは僕の方を向かなかった。




 それからしばらくして、アルヴェラはアストリオのリーダーになってくれた。

 僕はそういう役は向いていなかったから良かったけど、本当になってくれるとは思わなかった。

 

 あの時はあんなに怒っていたのに。



「……引き受けてくれると思わなかった」

 

 僕は就任後の彼女にふと問いかけた。

 

「どうして、あっさり引き受けてくれたの?」

 


 僕はそっと彼女を見た。


 彼女は薄く笑った。

 その目は__笑っていた。

 


「あなたが相応しいって、そう言ったんじゃない」

 

 ただそれだけ呟いた。



 ――――



 そういえば、あの日から僕の記録に対して何かを言う頻度が減った気がする。


「僕はもしかして、呆れられたのかな……」


 今は聞く勇気はないけれど。

 機会があれば、彼女に尋ねてみたいと思う。

 

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