ネリス
僕にとって、観測は記憶を掬い取りとる行為である。
記録は、ただそれを忘れない為に行っているに過ぎない。
僕は衡理の世界『セフィル』から胎環の惑星『アストラ』全体の流動を監視する機構『アストリオ』にて、事象の連続性を観測・記録している。
現在は世界の観測が安定したため、個別観測は各観測者に委任し、僕は私室での独立観測に専念している。
観測は各世界だけでなく、観測者同士の対話も含まれる。会話は意思構造の表出であるため、観測者同士の会話は積極的に行っている。
――以下、記憶抜粋――
「ネリス…観測も大事だけど、少し休むべきじゃない?」
アルヴェラは僕に対しそう言った。
まだアストリオを創設して間もない頃――アルヴェラと二人で観測を開始して、しばらくの話である。
「観測の休止は連続性において重大な欠陥となるんだ…だから観測は止められない『よ…』」
アルヴェラは僕の言葉にはぁ、とため息をついた。
「自分一人でやらないといけないなんて、誰が決めたの?私も一緒にやれば負担は半分よ『少しは減るでしょ』」
僕は目を丸くした。
アストリオは、僕がアルヴェラを強引に誘って作った組織だ。
正直誘った当初は、彼女は観測に乗り気でなかった。
「この世界の外の事なんて、別に気にならないわ」
「したいなら、あなただけでやればいいじゃない」
そんな事を言っていた彼女が『私も一緒にやれば』などと言ったのを、僕は強烈な印象として今でも覚えている。
――――
「…………これは……?」
叢書に記載する記憶の抜粋のあちこちに、誰かの字で修正がされている。
そして、その人物の正体はそばに置かれたメモですぐに判明した。
『あの時のあなたはひどく疲れていたから、随分弱気な言葉尻だったわよ』
『あなたが誘ったんだから、あなたが多めにやる約束だったでしょ。勝手に記憶を変えないで』
丁寧に訂正した文章に注釈まで入れるのは、アルヴェラの几帳面な性格そのものだろう。
僕はそのメモを見て少し笑ってしまった。
「そうだ、これもメモしておこうか」
『本当に、頼れる相方だ。本当に――余計なことをするのを除けば、だが』
翌日。
書斎に置いていたメモを見ると、またアルヴェラの訂正が施されていた。
最後の一文に真っ直ぐな一本線。
側には一文、
『素直になりなさい』
そう書いてあった。




