第伍話 撃破
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デウスは先を急ぐ。
腹の氷結はソーマの死亡と同時に溶け、傷が治った。
また暗い道を進む。灯りはやはり松明とシャンデリアのみ。
ただ、先程よりも温かさを感じる。
『…この温もりは、奥からか?』
昔にイリビードに抱かれた頃と何処か温もりが似ていた気がする。
魔法、とは思えない。魔法でここまでリアルに、そして現実的に出来ようはずもない。
デウスはそんなことを考えながら歩く。
そして、異変に気づき、足を止めた。
異様に熱くなってきた。汗も少しづつ溢れてくる。
『…真夏のようだな。』
多分三十二度ぐらいだろう。夏と大して変わらない温度。
デウスは周囲を見渡す。風景がやけに揺れ始めていた。
それはこの場が暑いという証拠。
『……ってことは魔法の類か。』
デウスは武器を形成した。
水色の剣身、少し赤みがかった柄、青と黄色が強調された鍔。
まるでテンペリオンのようだった。
「熱に答えよ、氷期。」
デウスはそう言って、武器を地面に突き刺した。
すると、地面一帯に氷が広がり、熱が少し和らいだ。
デウスはその武器を刺したまま、進む。
そして、歩き出してすぐ、デウスは足を止めた。
『…これは厄介だな。』
デウスは右手を上げた。
「…蒼炎。」
デウスの右手からは青い炎が揺らぎ、響いた。デウスはその右手を下に下ろした。
すると、蒼炎は線を描き、留まった。
デウスは右手の蒼炎を払い消し、留まった蒼炎の上側を掴んだ。
すると、炎は忽ちにして消え去り、武器が姿を現した。
赤と青が特徴的な武器。その見た目はまるで海のように澄み渡り、夜空のように淀めいている。
デウスは武器を振った。
片手大剣。大きな大剣のような容姿だが、片手で持てる言わば重くなった片手剣。
その武器にはまだ名前は無く、無音の魂動を鳴らしていた。
「…お前の名前は導業剣ホリタリスクだ。」
デウスのその言葉に臨場し、片手大剣は大きく波打ち、水を蒸発させたような音とともに湯気を立ち込めさせた。
デウスはホリタリスクを振り下ろした。
斬撃が熱と音を出しながら進み、固定の場所で何かを切った。
「きゃああ!」
何もない場所から声。そして、女性は姿を現した。
「やはり隠れていたか。」
「くっ。どうして分かった。」
そう言う女性の肩にはデウスの付けた傷があった。血が溢れ出ている。
「簡単な話しだ。これ程までの魔法を遠くの場所から使えるはずがない。それに、吐息がバレバレだ。」
これほどの暑さの中だ。吐息が荒くなってもおかしくは無い。
「ふ。面白い冗談ね。本当は最初から分かってたんじゃないの?その『森羅万象を見透す神邪眼』で。」
デウスの右眼はまだ開眼したまま。閉じていないことから、その『右眼』の力が関係していると女性は思った。
デウスはホリタリスクを地面に突き立てた。
「違うな。この『右眼』は未だ何も分かってない。さっき言ったことは全て事実だ。」
デウスはホリタリスクを持ち上げ、肩に乗せた。
女性は少し笑みを浮かべ、デウスを見た。
「そう。まぁ、その嘘が何処まで突き通せるのかしらね。」
「はっ。なんの事か分かんねぇな。」
デウスはホリタリスクをその場で三回振った。
その三回、順序よく斬撃として飛んだ。
しかし、今度は全て弾かれた。
「やはりそうか。魔神族になど堕ちるなど、天神族の恥だぞ。四神殿を持つ者の一人、イシュタル。」
デウスのその言葉に、イシュタルは大声で笑い履けた。
「そこまで分かってるなんて。やっぱり、貴方には素質があるわ。″魔神王″の。」
デウスは呆れたようにため息を混じらせた。
「はぁ。それはまた、″嫌な″素質だな。」
デウスはホリタリスクをイシュタルに向けた。
「魔神族に堕ちたお前は俺の敵だ。例え元々が天神族だろうがな。」
「望むところよ。でも、貴方は逃がさない。私の魔法から逃げ切れるとでも?」
「そうは思わない。『逃げる』とは違うな。『挑む』の方が正しい。」
デウスの巫山戯た回答にイシュタルは一層笑みを強めた。
「いいわ。その顔を。私はその顔を潰す為に
ーー」
イシュタルは一度言葉を止め、デウスを睨み笑いかけた。
「堕 ち た の だ か ら♡」
とても自然に出た笑みに見える。それ程楽しいのだろう。希望の顔を絶望の顔に変えるのが。
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イシュタルのジョブは魔人。ソロモンよりは使用出来る魔法は少ないが、人間とは比にならない程の魔法を熟知している。
「さぁ、何処からでもかかって来なさい。」
デウスはホリタリスクを逆手に持ち、氷黒の構えを取った。
イシュタルはその構えを知っていた。何故ならソーマとは一番のコンビであったからだ。
「その構え、ソーマと一緒ね。ソーマのこと倒したんでしょ?」
「あぁ、そうだ。」
デウスは腰を少し回し、ホリタリスクを更に後ろに回す。
「予備動作無しの構えね。」
「ッ!」
『読まれた…!?』
そりゃあそうだ。一番ソーマの隣にいたと言っても過言ではないイシュタル。教えられてないわけはない。
「その前に足を凍らせるわ。」
何故か行動を先に口にするイシュタル。
『…違う。脚じゃない。これは、』
デウスは攻撃を止め、ホリタリスクを順手で持ち、振った。
その途端、氷の砕ける音が鳴った。
「凄いわ。私の氷斬を見破るなんて。」
「先に行動パターンを言っていたからな。拘束ではないと察するのを予知し、攻撃を即座に起こしたことは凄いと思うぞ、イシュタル。」
「なんだか嬉しいわね。そう、貴方の予測は全て一つ違わず正解。でも、少し違うわね。」
その途端、足の冷えが違和感を持ち、デウスは下を見下ろした。
足には氷がまとわりついていた。
「くそっ、いつの間にっ。」
「私が″攻撃をするだけ″で辞めると思ったの?」
流石にそこまで馬鹿ではないと思ったが、攻撃ではなく拘束を選ぶとは。
『どうする。氷を砕けば俺の足ごと砕ける。それでも再生するが、もし傷口に氷が少しでもあったら再生した時に支障が出る。かと言ってこのまま放置していたら確実に全身が凍る。どうする俺っ!』
そこでデウスは解決策を思い付いた。
デウスはホリタリスクを上に上げた。
「砕く気?その場合貴方の足も終わりよ。」
「砕く?違うな。」
デウスはホリタリスクを振り下ろした。
その直後、ホリタリスクは青い炎を残存させた。
ホリタリスクは蒼炎で作り出された炎の剣。炎を実態として顕にすることも容易だ。
「くっ!」
イシュタルはデウスに右掌を向けた。
魔法を発動する気だ。
デウスの脱出が完了するのとイシュタルが魔法で攻撃、あるいは拘束するのはほぼ同時。
どちらが先か。
「黒き漆黒の刃!」
黒い斬撃のような物がデウスの方向へと飛ぶ。
そして、その斬撃は音を鳴らした。
「…………まさか。」
イシュタルの漏らした言葉に反応が返ってきた。
「ーーあぁ。その、まさかだ。」
黒き斬撃は打ち消された。
消えゆく斬撃の奥には足の氷が全て溶け、イシュタルに導業剣ホリタリスクを向けるデウスの姿があった。
「あの一瞬の内に、全ての氷を、溶かしたっていうの…?」
よく見ると、デウスの足を固定していた氷だけでなく、ここに来る前にデウスが地面に突き刺した氷剣の氷さえも溶けていた。
「次で最後だ。覚悟しろよ、イシュタル!」
「くっ!貴方の顔を絶望に変えてやるわ!」
デウスは氷黒の構えでは無く、臥龍冴虎構えを取った。
イシュタルは両掌をデウスに向けた。
「一刀流。」
「全最大魔力使用!」
デウスが後ろに引いた右脚を地面に擦り付けた途端、イシュタルが魔法を発動した。
「崩壊の導き!」
デウスの場所を中心に爆発、及び空間の崩壊が現れた。
しかし、その場にデウスの姿はもう無かった。
「ーーくっ。」
イシュタルは大魔力を使用したため、体の力が全力で抜け、膝を地面に押し付けた。
その時だった。
イシュタルの首に白い残光が見えた。
耳鳴りのような音は次第に小さくなり、音が消えた途端、イシュタルの首に亀裂が入り、蒼炎が立ち込めた。
「ーー氣怠不死議。」
「ーーッ!!」
イシュタルは大きく口を開き、上を向いていた。声も出せないほどの痛みが炎と共に号哭を上げた。
そのままイシュタルは炎の行方もしれぬ道筋を辿り、塵を飛ばした。
デウスの手からホリタリスクが炎となって消えていった。
「…次はもっと天神族っぽく生まれてこいよ。」
デウスは手をポケットに入れ、歩き始めた。
魔神王までそう遠くないはずだ。デウスは魔神王への憎しみを抱きながら奥地へと足を動かす。
後何人倒せば魔神王に辿り着けるのだろう。
後何時間すれば魔神王を倒せるのか。
その疑問は誰にも分からない。ただこの疑問を分かるものは、魔神王ただ一人だけ。
デウスは何気なくデア達のことを思い出していた。
今までのこと全て振り返った。
デウスはいつの間にか一筋の水筋を頬に通していた。
今でも涙が出てくる。デウスはその涙を拭いもせず、歩き続けた。
「ーーお前がデウス・ペンドラゴンだな?」
その声はいかにも漢と言った声だった。
「…誰だ。」
デウスは涙を拭い、問いかけた。
「お前の仲間は凄く気の毒に思う。でも、悪く思わないでくれ。これも仕事なんだ。」
そう言って暗闇から姿を現したのは一人の漢だった。
「よぅ。俺の名前はガレル。お前を止める為に派遣された餐器己の一人だ。」
「そうか。取り敢えず、気の毒に思うならそこを退け。」
「それは出来ない願いだ。」
そう言ってガレルは背中から一本の刀を引き抜いた。
それをデウスに向け、ガレルは不敵な笑みを含んだ。
「ここでお前を討伐する。」
戦いは更に勢いを、本格性を増していった。




