第八話 強欲と男の悪事
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デウスは力尽きた。
男に心臓を貫かれ。
「ほいっ。」
アブァリティアがデアを離す。
「お前は後で殺してやる。その間そいつの死に顔でも眺めとくんだな。」
アブァリティアと男は中央部に向かった。
デアはデウスの隣で膝をつく。
「デ、デウス。」
デアの目からは涙が溢れ出る。
デアはデウスに触れる。
人の温かみが消えていく。少しずつだが冷たくなってきている。
「こんな所で死ぬなんて、」
デアは悲しみに負け、言葉が出ない。喉が詰まる。
「あなたは私の″恋人″なんだから、ここで死なないでよ。」
デアは涙を流して大声で泣いた。
デアの心には強欲への怒りとデウスが死んだという悲しみが混じり合い、濁っている。
言葉の代わりに涙が出る。怒りの代わりに声が出る。
まるで迷子の子供のように。
目の前には愛する人。命を落とした愛する人。
デアは絶望のどん底に居るような気分だ。
何を考えて行けばいいのか。何をしたら良いのか。それさえも見えず、ただただ絶望を味わう。
「もう。どうすればいいの。」
枯れ果てた声がデウスに投げかけられる。しかし、デウスは反応することは無い。
息もない。心臓の鼓動さえも聞こえない。どれだけ揺らそうがどれだけ言葉を投げかけようが結果は同じ。
デウスは死んだのだから。
涙を拭うデアはあることに気づいた。
左手に紋章が刻まれていた。
龍の紋章。炎を口から放つ龍の姿を描いた紋章だ。
「これは、」
そう。フローレの紋章だ。
デウスは死ぬ間際にデアにフローレの紋章を託したのだ。
デアの心には溢れ返った悲しみの器があった。
デウスはデアを信じてフローレの紋章を託した。デウスは最期まで周りのものに気を使って逝ったのだ。
今すぐこのことをフローレ達に伝えなければならない。しかし、デアの足は動かない。
「動けない。動かなきゃいけないのに。」
デアの体は完全な脱力状態にあった。動くなど無理難題だ。
デアは又もや涙を流す。
「どうして、私は動けないの。大切な時に。」
デアはデウスのこととは別に自分にも絶望を覚えた。
その時、中央部で大きな爆発音が聞こえた。
「強欲達だ。」
その事を知っていても、どれだけ足掻いても。体の身動きが取れない。
デアはその場に気残ることとなった。
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その頃宿ではこんなことが起こっていた。
フローレは普通に眠っている。
イリビードはその隣に寝付けないままフローレの寝顔を見ていた。
『カッコイイな〜。』
イリビードは微笑む。
その時、ノックがした。
『デアちゃん達帰ってきたのかな?』
イリビードは椅子を立ち上がり、ドアを開いた。
そこに居たのは見知らぬ男と強欲の罪龍だった。
「えっと、」
「久しぶりだな。色欲。」
アブァリティアは罪龍のことを名前ではなく罪の名で呼ぶ。
「あ、うん。とりあえず入って。」
「じゃ、お言葉に甘えて。」
アブァリティアと男が入室した。
入ってすぐ地べたに腰を下ろした。
「ねぇ、フローレ。アブァリティアよ。」
「?」
フローレは目を開く。
「よ。久しぶりだな。」
「あぁ。アブァリティアか。どうしたこんな所で。」
「挨拶に来ただけさ。」
「この二人が憤怒と色欲か?」
「そうだ。」
イリビードはアブァリティアよりも男に不審を抱いていた。
「で、アブァリティアの隣にいるのは?」
「自の主だ。」
男はかしこまったように正座する。
「初めまして。ヘルト・ベルトと申します。」
「君が強欲の主か。こいつは厄介者だがよろしく頼むよ。」
「大丈夫だ。」
フローレとヘルトは握手を交わす。
「で?本来の目的は挨拶じゃないはずだ。早く要件を話してもらおう。」
「へぇ。気づいてたのか。」
「気づくさ。殺気だったヘルトの気からして。」
フローレは立ち上がった。
「じゃあ単刀直入に言おう。殺す。」
「やってみな。」
アブァリティアとフローレが衝突した。
その部屋が爆発したように弾けた。
「腕は落ちてないようだな。憤怒。」
「お前は少し落ちたんじゃないか?アブァリティア。」
フローレとアブァリティアは同時に黒煙の中から出てきた。
「一つ。お前にいいことを教えてやろう。憤怒。」
「ほう?なんだ。」
「お前の主はさっき殺した。」
「それは本当か?」
「あぁ。ヘルトの大鎌がそれを物語ってるよ。」
「なら話は早いな。塵一つ残さず消えな!」
フローレはアブァリティアを殴った。アブァリティアは吹き飛ばされ、壁に激突する。
「なんて馬鹿力だ。」
アブァリティアの胸元の襟をつかみ、持ち上げるフローレ。
「おいおい。まさかこれで終わりなわけねぇよな。」
狂気に溢れた声はアブァリティアを殺しかける程だ。
「まだに決まってんだろ。」
その言葉の直後、アブァリティアはフローレの拳を顔面に喰らった。
「わざと手加減してやってんだ。これで死ぬなんてねぇよな。」
ヘルトはそれを見て思った。
『なんて力だよ。怪物そのものじゃねぇか。』
「あら。君はこちらよ。」
その言葉にヘルトは前を向いた。
完全に戦闘状態のイリビード。
「織は女を殺す趣味はない。」
「そう?じゃあ私が先手をとさせてもらうわね。」
その直後だ。ヘルトはイリビードに蹴り飛ばされた。
「人間だからって容赦はしないわよ。雑魚なら雑魚らしく殺されなさい。」
狂気と殺意を纏った笑みは生き物を殺す程だ。
「なにが、起きたんだ。」
ヘルトは起き上がる。
「蹴ったのよ。」
間近くからイリビードの声が聞こえ、焦ったヘルト。しかし、防ぐことも反撃のすきもない。
「親切に教えてあげるわ。次は左横腹。」
イリビードの足がヘルトの左横腹を嬲った。
「ぐおっ!」
骨が折れない程度で蹴り飛ばしたイリビード。ヘルトは完全に戦闘状態に突入した。
「その鎌でどうするの?次は右肩ね。」
ヘルトは大鎌でイリビードの足を防いだ。
「へぇ、凄いわね。」
イリビードは感心したように拍手する。
「馬鹿にしやがって。」
ヘルトは大鎌を構え、呪文のように唱えた。
「重撃倍増。」
大鎌は紅く輝く。
その大鎌でヘルトはイリビードに攻撃を仕掛けた。
イリビードの左腕にあたり、切った。
「私の左腕切ったのね。凄いわ。上達したじゃない。」
一方でフローレとアブァリティアの方は。
「立てよ。」
一方的である。
「やっぱり強いな。憤怒。」
「まだ喋れるってことはまだやれるってことだ。」
フローレの拳は振り下ろされた。アブァリティアの頭部に。
しかし、その拳は止められた。
「対抗できるじゃないか。」
アブァリティアはフローレの拳を掴んでいた。
「やられっぱなしは、辛いもんでな。」
フローレを蹴り、体勢を整えるアブァリティア。
二人は同時に地面を蹴り、激突しあった。
電磁波が生じるほどの猛攻。
流石は罪龍ってところだろうか。
二人は離れ、拳を奮った。
拳と拳がぶつかり合い、稲妻が発生した。
「ほい。」
アブァリティアはフローレの腹をもう片方の手で殴った。
その拳はフローレのもう片方の手で抑えられた。
「なかなかやるな。」
「同じ罪龍だ。当然だろ。」
二人は同時に手を退け合い、蹴りあった。
足と足がぶつかり、同時に弾き返される。
イリビードはヘルトの大鎌に少し苦戦の様子だ。
「この重さの攻撃を防ぐなんて凄いな。」
「そんなことを言われたのは生まれて初めてよ。」
弾き、ぶつかり、弾き、ぶつかりの連鎖だ。止まることが無い。
フローレとアブァリティアは拳と拳のやり合い。
ヘルトとイリビードは刃同士の戦い。
やり方が違うようだ。
フローレはアブァリティアの顎を蹴る。
アブァリティアはその足をつかみ、上に飛ばす。
フローレはそれに対応し、アブァリティアに巻き付き、首を締め付ける。
それにも動じず、アブァリティアはフローレを引き剥がし、地面に叩きつけた。
フローレはもろに地面に直撃したが、気にせずアブァリティアを下にする。
「そろそろ決着つけようぜ。」
「お前に指図されることは無い。」
フローレはアブァリティアの頭を殴る。
それをギリギリで避けるアブァリティア。
そのままフローレを吹き飛ばし、突進を仕掛ける。
イリビードは大鎌を大きく弾く。
「この重さでもまだ。」
ヘルトは少し怪しげな表情をしている。
それを利用し、イリビードはどんどん畳み掛ける。
それを何とか防ぐヘルト。
防いでいるのかも不名誉だが、何とか防いでいる。体に傷がない。
そこにフローレが吹き飛ばされてきた。
フローレとイリビードは激突し合い、二人とも吹き飛ぶ。
壁にぶつかり、前を見る。
「そろそろ終わらせよう。」
アブァリティアとヘルトがフローレとイリビードの前に立ち、二人を見下ろすように立っている。
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デアは下を向いたまま膝をついていた。
立つこともなく、身動きひとつしない。
助けに行きたいが行けない。伝えなきゃいけないが伝えに行けない。
「ねぇ、デウス。私はどうすればいいと思う。」
応答をしてくれる訳でもないのにデアはデウスに問を投げかける。
当然デウスは反応をしない。
デアは一人で自問自答のような感じになっている。
「答えてよ。デウス。」
無理な話だ。
死んだ者に答えろと。赤子に仕事をしろというよりも無理な話だ。
デアは二つの紋章を見ながらデウスの昔を思い出していた。
すると、勝手に涙が目から溢れていく。
悲しくて悲しくて仕方がない。
最愛の人を失う人の気持ちはただの人には分からない。
家族を失ったものは分かるだろう。
今のデアは家族を失った時の悲しみのような気持ちを抱いているのだろう。
「ねぇ、答えてよ。デウス。私はどうすればいいの。」
デウスは答えない。答えられない。
「答えてよ!」
涙を流すデア。
その涙を人差し指で拭き取り、言葉を放つ者がいた。
「もう泣くんじゃねぇ。俺についてこい。」
「え?」
一方、フローレとイリビードの方は危険な状態にあった。
二人とも疲れて反撃の気力が無くなっていた。
「ここがお前らの墓場だ。さらばだ。」
アブァリティアはそう言って拳を打ち込もうとした。
その手は止められた。
「よぉ。さっきぶりだな。」
聞き覚えのある声にアブァリティアは後方に飛んだ。
「何故だ。あの時確かに心臓を貫いたはず、なのに。」
「あ、主。」
フローレやアブァリティアが見た人物は、デウスだった。
デアを抱き抱えたデウスの姿だ。
「フローレ。デアを頼む。」
「あ、あぁ。」
デウスはフローレにデアを預ける。
「お前は確かに殺したはず、何故だ。」
「同じことばっか言ってんなよ。」
翼をはためかせ、尾を振る二本角の龍姿。
デウスは龍化をしている状態だ。
「お前にいいことを教えてやろう。龍化したものはな。自然治癒能力が激上するんだよ。」
ヘルトは腰を抜かし、地べたに倒れ込んだ。
アブァリティアは唖然としている。
デウスは一言放った。
「さぁ、続きをしようぜ。二対一でな。」
余裕満々の言葉を。




