第20話 運命
ーーー私の必死さとはうらはらに、目の前のドラゴンは憎たらしいほどすましている。
剣を持つ手の感覚が薄れてきた。
いつからか肩で息をしており、口の中にほのかな血の味を感じる。
勇者だといわれ、とんとん拍子に連れてこられたこの場所で、いきなり試練と言われても、自分にはどうしようもない。
心づもりすらできていない私に、力なんてあるわけない。
雑念にまみれた頭では、剣筋も鈍る一方だった。
それでもとりあえず剣を振った。
やるしかないと思ってがむしゃらだった。
(でも一体なんのために?)
切っても切っても刃の当たった感覚すらない鱗を前に、憎たらしさが増していく。
(こんなに頑張って何になるの?)
ついには足を滑らせ、盛大に転んでしまった。
(勇者なんて別になりたいわけじゃないし・・・)
顔に張り付く土の感覚で、自分が涙を流したことを悟った。
手の感覚がなく、剣が見当たらない。
もういっそこのまま寝てしまおうか、そんな風にぼうっと周りを眺めたとき、きらりと光る紫の光が見えた。
キラキラ視界に入るそれに目を凝らすと、そこには私がよく知る顔が見えた。
心配でいっぱいの悲しそうな顔で見つめるその視線、両手を胸元でギュッと握りしめていた。
(お互い大変ですね。私は勇者、ライラさんは魔王に狙われるなんて・・・)
そう思ったとき、一つのピースがはまった気がした。
「・・・私が、私しか、守れないんだ!」
(魔王を倒さないと、ライラさんと一緒にいられない!)
気づいたとき、私は立ち上がっていた。
私は剣を手放していなかった。
ーーーリサが立ち上がったかと思うと、ゆっくりとオルディンに向けて歩き出す。
声をかけようにも、その背中から感じる雰囲気に誰もが息をのんだ。
「おぬし・・・」
オルディンが何かを言いかけたその時、リサが両手で剣を振り上げる。
「はあー!!」
「・・・これは!?」
リサが剣を振り下ろす瞬間、オルディンが体を横にひねる。
急なドラゴンの動きに、砂埃が舞い、地面が揺れる。
「な!?あなた避けるなんて・・・」
リサが文句を言いかけてやめた。
砂埃が落ち着いた先に見えたのは、オルディンの体に刻まれた一筋の傷跡だった。
「見事!神の運命にあらがう力。それでこそ勇者よ!」
「良くやったぞリサよ。」
そう言いながらマスターとバルドさんが駆け寄る。
リサは私の方を向いて笑顔で親指を立てた。
私はどこかぎこちなく笑い返す。
(本当に、リサはすごいな・・・)
友人の頑張りが誇らしくも、どこか自分の周りが暗くなる感じがした。
「さあ勇者よ。これでお前は試練を越えた。今なら聖剣を得られるはずだ。」
その言葉に皆が一斉にオルディンを見る。
「なんだ?」
「あの・・・どうすれば?」
リサの質問にさっとボルタラさんに視線を向けた。
「貴様!それも説明しておらんのか!」
「いやいやしたよ。それから聖剣を取り出せるってね。」
そう言ってボルタラさんはブギーバックを指さした。
「勇者は運命をつかみ取る力を持ってる。さあ聖剣を願ってごらん。」
そう言われ、リサがブギーバックに手を突っ込む。
「聖剣、こい!」
そう言って掴みだすと同時にそれを掲げた。
掲げられたそれは剣だった。
別に豪華な装飾があるわけでもなく、割とシンプルなつくりの剣だ。
ただその場にいた誰もが息をのんだ。
「美しい。」
思わずバルドさんが漏らす。
言葉に表せない神々しさを放つ刃、剣そのものが光を放っているかのように、周りに光がさした気がした。
心さえも見透かされそうな光に、私たちは吸い込まれそうだった。
「これが、聖剣。」
感慨深くつぶやきながら、リサが剣を振る。
風を切る音すらしない、流れるような美しい剣先に見とれた。
「すごく手に馴染みます。」
「はっはっはっは!当たり前ではないか。それは勇者だけが持つことを許された剣なのだからな。」
オルディンの声は出会った時より一段大きくなっていた。
「これで魔王と戦えます!」
リサの顔はすっきりとして、決意に満ちていた。
「うむ、これは勇者誕生の祝いだ。入口まで連れて行ってやろう。乗るがいい!」
そうして差し出されたオルディンの背中に乗って、私たちはヴァルハイムのダンジョンを後にした。
ダンジョンを出て、私たちはイゴンコウへの帰路に就いた。
へとへとだったリサのこともあり、最寄りの街から馬車を使うことにした。
早々に眠ってしまったリサをはじめ、マスターに気を遣われ私も横になっていた。
それでも眠れずに、今日あったことを振り返っていた。
始めから終わりまで、1人みんなに注がれる光の外にいた気がする。
マスターとバルドさんが整理した道をただ歩くだけ。
リサが力を振り絞ってる時もただ見ていることしかできなかった。
特別な才能なんてない。
あるのは魔族に狙われる、この天恵だけ。
結局またこれに苦しめられている。
馴染みあるその苦しみに、家を飛び出した、あのころの気持ちを思い出していた。
光り輝く弟妹をただみていた、あの頃の自分を。
揺れる馬車の振動で、ネックレスが跳ねる。
その先の転移石の輝きに、リサの顔が目に浮かぶ。
あの最後の瞬間、リサが倒れたとき、思わず体に力が入った。
声にはならなかったけど、無意識に、気持ちは彼女を支えに飛んでいた。
そんなときに目が合った。
私を見て、目に炎を宿したリサ、立ち上がる瞬間叫んだ言葉、それが何度も頭の中で繰り返される。
「どうして、私なんかのために・・・」
その言葉はあまりにも小さく、だれの耳にも届かなかった。




