アイさんと過ごす午後
緊張しつつも無事にあいさつを終えて戻って来た僕。もちろんアイさんの家にだ。
ややぐったりとリビングの椅子に座ってると、アイさんが対面に座り、少し申し訳なさそうに眉を下げて話しかけてきた。
「疲れちゃった? ごめんね?」
「いえ、大丈夫です。緊張したのは事実ですが」
アイさんの謝罪に、これではいけないとシャンとした姿勢をとる。
「村の人たちも本当に感謝してるの。冗談抜きで、村がなくなるかどうかの危機だったから……」
アイさんは、真面目な顔になって僕を見つめる。
「改めてお礼を言わせて。ハルカ君のおかげよ。感謝してもしきれないわ。本当にありがとう」
「僕のほうこそ、お役に立てて嬉しいです」
謙遜でもなんでもなく、本当に嬉しかった。
このために魔法を身に着けてきたんだなって、そう思えるくらいに。
しばらく僕を見つめていたアイさん。
「ねえ、ひとつお願いがあるんだけど……」
「なんでしょう?」
「ハルカ君のこと、ハル君って呼んでいいかな?」
「えっ?」
突然の言葉に、驚きの声が漏れて目が大きく開く。
「……駄目?」
そんな僕に、アイさんはまるでねだるように小さな声でささやいた。
その瞳は不安と期待半々で。
そんなアイさんに、駄目なんて言えるわけがない。
「い、いえ……ハル君でももちろん構いません」
「良かった……じゃあ改めてよろしくね、ハル君!」
不安の表情が一瞬で吹き飛び、アイさんはこれ以上ないくらい魅力的に微笑んだ。
◇◆◇◆◇
夕食後。
しばらく自室でのんびりしていると。
部屋がノックされて、返事をした僕の前にアイさんが姿を見せた。
「ハル君、今お風呂を沸かしてるんだけど」
「え? お風呂があるんですか?」
僕の故郷の街でも個人宅にお風呂があることはまちまちだったので、これには少し驚いてしまった。
「うん……それで、一緒に入る?」
「な、何言ってるんですか!?」
顔を真っ赤にした僕に、たちまちアイさんが相好を崩す。
「ふふ、さすがに冗談よ。ハル君、疲れてるだろうし先に入ってもらおうと思うんだけど……」
「え? そ、それは駄目です! アイさんが家主なんですから、アイさんがお先に!」
僕は慌ててそう答えた。さすがにアイさんをさしおいて居候の僕が入るわけにはいかないだろう。
「あらそう? じゃあ悪いけど先に入るわ」
「はい、それでお願いします」
「うん。……覗いちゃ駄目よ?」
「の、覗きませんよ!」
ふたたび顔を真っ赤にした僕をいたずらっぽく見つめながら、アイさんは僕の部屋を出て行った。
アイさんの冗談は心臓に悪い。
ドキドキが治まるまで、僕はしばらく悶々とした時間を過ごすのだった……。
やがて上がったアイさんに、お風呂をどうぞと伝えられ。
僕は脱衣所で服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿で風呂のドアを開ける。
お風呂場もとても綺麗に使われているようだ。
蛇口も湯舟もあって水がふんだんに使える。村の中の道やら建物を見て感じたことだが、やはり小さな村にしては設備が発達している。
なにか、特殊な村なのかもしれない……全部推測に過ぎないけど。
体を一流ししてから湯舟に浸かろうと考えた時、ふと気が付く。
冷静に考えると、アイさんが入った湯舟に入るということである。
周囲の湯桶やらなんやらは、アイさんが使ったばかりのものということである。
……やはり一番風呂にしたほうが良かったのかもしれない……。
邪な考えが浮かばないよう必死に意識を他のことに飛ばしながら、僕はお風呂で温まり、疲れと汚れとを落としたのだった。
風呂から上がった僕は、湯加減が良かったことを伝えようとリビングにやってきた。
立って僕を出迎えてくれるアイさん。
言うまでもないが、今のアイさんはもちろん室内着だ。ちなみに僕は、自分のバッグの中にある予備の汚れていない服に着替えていた。
「さっぱりした?」
「はい。ありがとうございます。とても良い湯加減でした」
「毎日お風呂を焚いてるわけじゃないけど、入りたい時は言ってね? 沸かしてあげる」
「……」
にこにこ微笑むアイさんに、僕は言葉を発しようして言いよどむ。
こうして立ったまま向かい合って会話していることで、ふと気づいてしまった。
普段着のアイさん。
戦ってた時は鎧姿ではっきりと分からなかったし、その後もまだバタバタしていて気づくのが遅れたけど、アイさんの胸はかなり大きい。
豊かなふくらみが、衣服をはっきりと押し上げている。
そしてアイさんは女性にしては長身で、僕は男にしては背が低いほう。アイさんのほうがわずかに僕の背丈を上回っている。
それはつまり、アイさんの豊満な胸が視界に入ってきやすいということだ。
――うう、意識を強く持たなければ!
顔をやや上向きに固定してアイさんの顔を見据え、止まってしまった会話の続きをひねり出す。
「ぼ、僕もお風呂に入るのはアイさんと同じ日で構いませんよ?」
「あらそう? じゃあそういうことで。それで今日はもう休む?」
「そうですね。僕も自室に戻ろうかと思います」
「ん。分かったわ。じゃあお休み。また明日ね、ハル君」
「はい。お休みなさい、アイさん」
与えられた自室に戻り、ベッドにもぐりこむ。
昨日は意識を失っている間に入っていたから気づかなかったけど、布団も毛布もふかふかしていて心地良い。枕も僕にぴったりだ。
まだ疲れが残っていた身体にお風呂が効いたのだろう。
僕はすぐに心地よい眠りへと落ちていった。




