目覚めた場所は……
僕はゆっくりと目を開けた。
視界の先には見たことのない天井。
身体を包むのは綺麗な布団。
どうやらベッドに寝かされているらしい。
「ここは……」
ようやく覚醒した僕は、なぜこうなっているのかを理解する。
クリエイトウォールのスクロールを制作したことで、全ての気力も魔力も使い果たした僕は倒れてしまったんだった。
となると、ここは村の中の家か……。
差し込む光から考えると、どうやら朝のようだ。
昨日の戦いは夕方あたりに終わったから、半日以上寝てしまったようである。
起きようとしたその時、部屋のドアが開いた。
顔を出したのは剣士のアイさんだ。ベッドで上半身を起こそうとしている僕を見て、アイさんの顔がぱっと輝く。
「あ、おはよう。ハルカ君。あの時はいきなり倒れたからびっくりしたけど……元気そうね。良かった」
言いながら近づいてくるアイさんは、当然だが鎧を着けずに普段着だ。
僕はゆっくりと上半身を起こした。
「はい、おかげさまで。アイさんたちが僕を運んでくれたんですね? ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちよ。ハルカ君のおかげで村が救われたんだから。本当にありがとう!」
そばにやってきたアイさんは少しかがんで、目線を僕と同じ高さにする。
「ど、どういたしまして……うまくいって良かったです」
間近でまっすぐに僕へと向けられる魅力的な笑顔に、すごくドキドキする。
照れ隠しのように僕があたりをキョロキョロとしていると……。
「あ、ここは私の家よ」
「え!?」
慌ててアイさんを見、続けて自分が今のっているベッドを見る。
じゃ、じゃあこのベッドはまさかアイさんの!?
「ああ、安心して。この部屋もベッドも、少し前まで同居人だった女の子が使ってたものだから」
「な、なんだ……それなら」
「……がっかりした?」
「ち、違いますよ!」
「ふふ、冗談よ冗談」
いたずらっぽく微笑んだアイさんが、しばらくすると少し心配そうな表情になり、僕をうかがうように尋ねてきた。
「食欲はある? ご飯の用意をしようと思ってるんだけど……」
そんな言葉を聞いたと同時に、僕のお腹がぐうと鳴った。
たちまち恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じる。アイさんはそんな僕を見てくすくすと笑った。
「ふふ、もうずっと食べてないものね。すぐに準備するわ。パンばかりになるけど良い?」
「お、お願いします……」
「ドアを出てすぐのところにリビングがあるから、そこで待ってるわね」
そう言葉を残して出ていくアイさん。
ベッドから降りようとすると、そこには室内用の履物が用意されていた。どうやら家の中では靴を履かない風習のようだ。
僕の故郷である街やドイゾアック商会の本部がある都市部ではそうだったのだけど、最近は村でも同じなのだろうか。屋内で靴を脱ぐことに慣れている僕としてはありがたい。
僕はその履物に足を通し、部屋のドアから出たのだった。
◇◆◇◆◇
パンが並ぶ食卓で、僕はいただきますの挨拶もそこそこに、目の前のパンへ真っ先に手を伸ばした。
しっかり噛んで飲み込むと、すきっ腹にすごく美味しく染みわたる。
そんな僕を満足そうに見つめるアイさん。
やがてお腹もふくらみ人心地ついた僕は、昨日の出来事があれからどうなったかを尋ねた。壁の効果時間はとっくに切れているはず。
「ところで、ゲートはどうなりましたか?」
「ハルカ君のおかげで無事に解決したわ。念のため交代で見張ってる間に壁も消えちゃったんだけど、ゲートは綺麗さっぱりなくなってたの」
「それは良かったです。ほっとしました」
完全に解決したと聞いて、僕の中に安堵が広がった。
でも、アイさんの顔はまだ晴れない。
「何か、気になることが?」
「あ、うん……。最近、ゲートの発生頻度が以前より多いからそれでちょっとね……。レベル2のゲートが村のそばに出来たのも初めてだし」
やがてアイさんが、僕にまっすぐ視線を合わせてくる。
「ハルカ君、ものは相談なんだけど……」
「なんでしょう?」
「君さえよかったら、この村にしばらく滞在してくれないかな?」
「え?」
「駄目? 君がいてくれたら心強いの」
「だ、駄目じゃないですけど……」
年上の美しい女性に見つめられる気恥ずかしさに、少しだけ目をそらしてしまう。
「じゃあ、お願いできる?」
そんな僕に、再度訴えかけるような声で問いかけてくるアイさん。
仕事はクビになり、どうせ行くあても今はない。
それに、この場所なら昨日みたいに僕の力が役に立ちそうだ。
それなら迷う必要もないだろう。
「分かりました。良いですよ」
僕はふたたび視線を合わせると、返事と一緒にうなずいた。たちまちアイさんの顔が喜びに花開く。
「嬉しい! それで君が住むところなんだけど……」
そこで言葉を切り、なんのことはないとばかりに続いた言葉。
「私の家で良いよね?」
「ええ!?」
僕にとっては明らかに大事な提案だった。
アイさんは言うまでもなく女性で、僕は男。しかも出会ったばかり。
さすがにそれはちょっとまずいのでは……。
「そ、その……さすがにそれは申し訳ないですし、宿屋を紹介してもらえれば……」
「だって、とっくにこの家で一夜を過ごしたじゃない」
「い、一夜って……そ、それに昨日のはあくまでも非常事態と言いますか……」
彼女が冗談で言っているのは分かるが、僕の顔はまんまと赤くなってしまう。
「それに、この村には宿屋はないの。空き家もありません」
続く言葉は、僕にとってはある意味無慈悲なものだった。
「空いてるベッドも今日君が寝ていたベッドだけなの」
だから、ね? と言いたげにアイさんは口元に笑みを浮かべたまま片目をつぶる。
アイさんが問題ないなら……いや、いいのか自分!?
という葛藤ももちろんあったけど、他に選択肢もなく……。
「わ、分かりました……それじゃあ、アイさん、よろしくお願いします……」
嬉しいような恥ずかしいような、そんな複雑な気持ちを抱えて、僕はアイさんと同居することになったのでした……。




