あの時出会えて本当に良かった
お昼に始まった宴会も、さすがに肉がなくなったら終了した。
後片付けにも参加しようと思ったのだけど、それくらいは自分たちにまかせて欲しいと言われたため、感謝してその言葉に甘えることにした。
皆にあいさつし、名残惜しさを感じつつも僕はアイさんと家に戻った。
この日の午後はさすがにもう外出せずに、食べすぎたことに少々苦しみながらものんびりとした時間を過ごし。アイさんと一緒に遅めの軽い夕食をとったあと。
自室に戻った僕は、まだ時間もあるし、スクロールを新たに作って補充することにした。
この村に来てからというもの、ずいぶんとスクロールを使ったことだし。
椅子に座って机に向き合い、紙とペンとインク壺と載せる。
あとは封蝋用のロウと、スタンプに用いる道具も取り出して……。
問題はどのスクロールを作るかだけど……。
ファイアーボール、ライトニングチェインといった攻撃魔法。
あとは汎用性の高いライト。実はこのアイさんの家も、すでに屋内の何箇所かは僕が作ったライトの魔法で照らされている。
遠くへの移動に使えるブルームスターもひとつは持っておきたい。街に行くこともあるかもしれないし。
他にこの村で使ったのは、クリエイトゴーレム、フロストバイト、クリエイトウォール、メディスン、エクスチェンジ、ウィンドカッターといったところか……。
ずいぶんと使ったなあと改めて驚いてしまう。まあクリエイトウォールはその時に新しく作ったものだけど。
どれから作ろうか。攻撃魔法はまだいくつか手持ちがあるし、ブルームスターにしようかな。
うん、そうしよう。
僕はさっそくスクロール用の特殊な紙を机の上に広げ、ペンにインクをつけて作業を開始する。
ブルームスターといえば、この村に来るきっかけになった魔法でもある。
ドイゾアック商会をクビになって、どこか新天地はないかとあてもなく飛び出し。
そしたらゴブリンたちと戦っているアイさんと出会って。
アイさんと共にこの村にかけつけて、ゲートからあふれ出て来ていたモンスターを殲滅し。
ゲートを大きな壁でふさいだり、ライトで闇を照らしたり、アマリアさんの頭痛を治したり、エマちゃんを助けてワイバーンを倒したり……。
この村でしたことが、みんなに感謝してもらえてすごく嬉しい。
これからも、この村でみんなの役に立てたらな……。
そんなことを時々考えながら、ようやくブルームスターのスクロールを完成させた頃。
部屋の入口から控えめなノックの音が聞こえてきた。
「ハル君、入っていいかな?」
「どうぞ」
アイさんが、そっとドアを開けて入ってくる。
「作業中だった? お邪魔したかな」
「いえ、ちょうど休憩しようと思ってたので」
机の前の僕を見て少し不安そうな顔になったアイさんに、そう伝える。
「そう。ちょうどいいタイミングだったみたいね」
一転笑顔になり、ベッドに腰かけたアイさんが、隣に座るようポンポンと叩く。
僕は少し恥ずかしいと思いながらも、そっとアイさんの隣に腰かけた。さすがに体がうっかり触れ合うことがないような、少し間隔を空けた場所にだけども。
「ハル君とあの時出会えて、本当に良かったと思うの」
「僕も、さっきちょうどそのことを考えていました。出会うきっかけになった魔法のスクロールを作っていたので」
「ふふ、ハル君も同じことを考えてくれてたなんて、嬉しい。でも、魔法がきっかけになったってどういうこと? ファイアーボールのことじゃなくて?」
「ブルームスターっていう魔法で空飛ぶほうきを生み出せるんですけど、そのほうきにのってあの場所にやってきたんです、僕」
「そ、そうだったの? たしかに、いきなり現れた気がしてたけど、ほうきにのって飛んできたなんてびっくりだわ」
ブルームスターの魔法は高位のものだし、スクロールも市販されてないから、アイさんも知らなかったらしい。
「実はあの日、仕事をクビになっちゃいまして。それで、ちょっと嫌になってほうきに乗って住んでたところを飛び出しちゃったといいますか……」
「ええ? ハル君、仕事をクビになったの? あんなにすごいのに?」
「……ちょっと、その仕事との相性が悪かったみたいです」
ごまかし笑いと共にそれだけを言葉にする。
仕事をクビになったなんて、恥ずかしくて言えないようなことも、アイさんには自然に話せてしまった。
「本当にすごい偶然だったのね……ほうきでどこに飛ぶかなんて、それこそたくさんの選択肢があるのに」
「……そうですね」
偶然選んだ方角に行った先が、こうしてアイさんと出会い、村で新しい生活を始めることになった。
まさに奇跡としか言いようがない出来事だと思う。
アイさんもきっと同じように感じているのだろう。
ほんの少しだけ僕より背の高いアイさんが優しく僕を見つめている。
……そういえば、ベッドに隣り合って座った時からいつの間にか、アイさんが近くに来ているような……。
「ねえ、ハル君」
「……!?」
アイさんの言葉とともに、その手が僕の手に優しくのせられた。
僕はたちまち真っ赤になる。でも、なぜか視線は逸らせない。いつしか、アイさんの顔も朱に染まっていた。
「あの時出会えて本当に良かったって、ハル君もそう思ってくれてるんだよね?」
「……は、はい……」
「じゃあ……こういうこと、しても良いよね?」
質問というより確認といった響きの声音。
アイさんの手が僕の手に指を絡みつかせる。
こういうこと、という言葉がどういったものを指すのか、もちろん僕は知っていた。
「……はい……して欲しいです……」
アイさんを見上げ、懇願するような僕の言葉に。
妖艶な笑みで答え、アイさんは僕の方にゆっくりと顔を近づけて来た。
……この日。
僕はアイさんに色々な『初めて』を奪われ……。
それと同時に、僕もアイさんの色々な『初めて』を奪ったのでした……。
◇◆◇◆◇
翌朝。
ベッドの上で目を覚ました僕の隣には、すでにアイさんの姿はなかった。
先に起きて、僕のことはそのまま眠らせていてくれたらしい。
でも、僕の横には乱れた寝具のあとがある。
脳裏に浮かんだのは昨夜のこと。
アイさんの美しい体とか、色々な事が……。
い、いけないいけない。
妄想を追い払うため、頬をぴしゃりと叩く。
ベッドから起き上がり、服を身に着けるとドアを開けてリビングへと向かう。
もちろんそこにはアイさんがいて。
朝食の準備中だったアイさんは、僕の姿を見て固まった。それは僕も同じだったけど。
「……お、おはよう、ハル君」
「……お、おはようございます、アイさん」
挨拶のあと、しばし、二人で見つめあう。
僕はもちろん、アイさんも昨夜のことを思い出しているのだろう。
やがてどちらからともなく視線を逸らしたけれど、お互いに顔を真っ赤にしていたはずだ。
「あ、朝ごはん、食べようか」
「は、はい」
今日は朝からしばらく、こんな感じのぎこちない会話が続いたのでした……。




