村の中央にて
アイさんに手を引かれて歩く僕の鼻腔をくすぐるものがある。
それは、とても香ばしい匂い。
どこかの家で焼肉でもやってるのだろうか。
そんな疑問を抱きながら村の中央にやって来た僕。
その頃には香ばしい匂いの発生源がここだと分かった。
村の中央でいくつも鉄板が用意され、しかれた肉からじゅうじゅうと景気の良い音が鳴っている。白い煙が村の上空にあがっては消えていく。
「みんな、主役がやって来たよ!」
リンネが楽し気に叫び、村の人たちみんなが僕を見た。
シャルミナさん、アマリアさん、エマちゃん、テティス、雑貨屋のお姉さん、村外れの鍛冶屋さん、近所に住む元気なおばさん、今回のワイバーンに家を壊されてしまった家主、年老いた人も、若い人も。
みんながここにいて、みんなが笑顔だった。
そして、アイさんも笑顔でつないだ手に力をこめると、僕をみんなの中へと案内してくれる。
「これが、村のみんなで考えた、ワイバーンの素材の使い方よ。主に肉についてだけど」
アイさんは茶目っ気たっぷりに片目をつぶった。
鉄板で焼かれているのはワイバーンの肉だったのだ。
ワイバーンの肉はとても美味しいと聞いたことがある。
ようやく事態を飲み込めた僕も、驚きからみるみる笑顔になっていく。
「一緒に食べよう! ね、ハルカ?」
リンネが右手に焼いた肉を刺した鉄串と、左手に飲み物入りのカップを持ってやってきた。
「うん……いただきます!」
受け取った鉄串に刺さる、肉汁が垂れ落ちるワイバーンの肉に、おもいっきりかぶりつく。
塩だけで味付けされたと思えるそれは、僕がこれまでに食べてきたどんなものよりも絶品だった。
「良い食べっぷりです、ハルカさん」
そばにやってきたシャルミナさんが笑う。その手にはすでに飲み物の杯が握られている。
「では、皆さん。よろしいですか?」
シャルミナさんの言葉に、村人全員がカップを手にかざした。
僕も受け取ったカップを手に持つ。
「ハルカさんの活躍、エマさんが無事だったこと、ワイバーンを倒せたこと……ああもう言いたいことがいっぱいありすぎて、きりがありません! ……そのあたりをすべてひっくるめて、乾杯!」
「乾杯!」
シャルミナさんの言葉を受けて、すべてのカップを持つ手が天に突きあげられ、乾杯の唱和が響いた。
◇◆◇◆◇
宴会が始まってすぐ、僕のところにはみんなが押し寄せた。
みんな僕を賞賛したり、感謝したり、とても良い笑顔。
そんな中、小さな人影がこちらに駆け寄って来る。
「お兄ちゃん、今日は助けてくれてありがとう! はい!」
エマちゃんが皿に載せたお肉を持ってきてくれたのだ。
「ありがとうエマちゃん! いただくよ」
皿の上の串焼き肉を掴み、頬張る。
部位とかはさっぱり分からないけど、歯ごたえがあってとても美味しい。
「ハルカさん、今日は、本当にありがとうございました」
アマリアさんもエマちゃんに続いてやってきた。
「この前、私を頭痛から救ってくれただけでなく、今度はエマまで……本当に、感謝してもしきれません」
「そ、そこまで言われると恐縮してしまいます……僕は自分が正しいと思ったことをやっただけですから」
「……ああもう、ハルカさんは……何と言えばいいのか……」
アマリアさんの瞳がうるんだように僕を見つめる。
頭痛も治り、どことなく陰のあった雰囲気が消えたアマリアさん。一児の母親だということを忘れるくらいに若々しく、とても綺麗だ。
見つめられるとドキドキしてしまう。
「そうそう。ほんっと、ハルカってばもう少しわがままになりなよ!」
僕たちのやりとりを聞いていたのか、そばにやってきたリンネが僕の背をばしばしと叩く。
酒か雰囲気のせいか、その顔はなんだか赤い。
「うふふ、たしかにリンネさんの言う通りです。私との約束、遠慮せずにちゃんと守ってくださいね? いつでもエマと待っていますから」
「は、はい……」
アマリアさんの言う約束とは、もちろん時々ご飯を食べにきて欲しいというもののことだ。
「え? なに? 何か秘密の約束?」
「う、うん。そう」
「ちょ、ちょっと。あたしにも教えなさいよ!」
「うふふ、リンネさんにも教えられません」
そういたずらっぽく微笑むと、この場で僕を独占するのは悪いと思ったのか、アマリアさんはエマちゃんを連れて離れて行った。手を振るエマちゃんに僕も同じく手を振る。
空いたスペースに、今度はシャルミナさんがやってくる。
「ふふ、楽しんでますか? ハルカさん」
「ありがとうございます! とても楽しいです! お肉もすごく美味しいし!」
「それは良かったです。お肉もジュースもお酒もまだまだありますから、たくさん食べていっぱい飲んでくださいね」
酒は十五歳を越えたら飲んでいいというのが街や都会での風潮だったが、この村もあまり差はなさそうだ。僕は酒の美味しさがまだ分からなくて、もっぱらジュースだけど。
「シャルミナさんもジュースなんですか?」
「ええ、そうです。本当はお酒を飲むのが好きなのですが、酔っぱらっている時にゲートが突然出現したら困るでしょう? ですから我慢しているのです……」
「酩酊状態や二日酔いを治す魔法のスクロールなら、僕が作れますけど」
「……」
僕が何気なくそう言った時、シャルミナさんが無言になって僕をただ見つめた。さっきまでの穏やかな雰囲気がすべて消し飛び、そこに真理を見つけたかのような表情。
……あの、すみません。ちょっと怖いんですが……。
ややあって、ふたたび先ほどまでの穏やかな笑顔に戻る。
「そういうことでしたら、ハルカさんのお手を煩わせる時が来てしまうかもしれません。その時はよろしくお願いしますね? 約束しましたよ? ……まあ今日は我慢します」
それだけを言うと、シャルミナさんは笑顔のまま僕のそばを離れて行った。
「あーあ……あたし、知らない」
リンネも同情したように僕を見たあと、新しい肉を求めて去って行く。
……もしかすると、虎の尾を踏んでしまったのかもしれない……。
シャルミナさんの意外な一面に、僕はしばらく恐れおののくのだった。
◇◆◇◆◇
その後もテティスや雑貨屋のお姉さんや村人たちが、入れかわり立ちかわり僕のところにやってきて。
宴もたけなわになった頃。
やがてアイさんが僕の目の前に現れた。
「ハル君、どう? ……って聞くまでもないわね」
「はい。すごく楽しいです! 僕のためにこんな素敵なパーティーを開いてくれるなんて、感激です!」
「ふふ、良かった。喜んでくれて嬉しいわ」
少しだけ喧噪を離れ、僕とアイさんは低い塀の上に並んで腰かけた。
「ワイバーンのお肉、すごく美味しいのね。私も初めて食べたわ」
「僕もです。噂には聞いてましたけど、美味しくてびっくりしました」
もちろん、肉の味だけでなく、この雰囲気がその美味しさをいっそう引き立てているのだろう。
僕は目の前の光景を見た。
皆が楽しく食べ、飲み、笑いあっている姿を。
大きなゲートが生まれたことに続いて、今日のワイバーンの騒動。
少しでも結果が違えば、こんな景色は存在しなかっただろう。
僕はまだ新参だし魔法使いということもあってか、やはり一部の人からはどことなく敬遠されているように感じる時もあったのだけど。
この宴会では、誰もが笑顔でなんの遠慮もなく、話しかけてきたり肩を叩かれたりした。
そのことがとても嬉しくて……。
今日、僕はこの村の一員になれたのだと、初めて実感できた気がした。
「この村を守れて本当に良かったと思います」
「うん……私もそう思うわ……」
正面を見据えてつぶやいた僕の横顔を、隣からアイさんが見つめていることが、なんとなくわかった。




