村に響く悲鳴
「そういえば、結局昨日は出かけちゃったのね?」
「う、ごめんなさい」
「アマリアさんとエマちゃん、それとテティスちゃんが嬉しそうに話をしてくれたわ。でも謝る必要はないわよ。ハル君がしたことはとても素晴らしいことだもの」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
テティスはともかく、アマリアさんの頭痛が治ったことはとても喜ばしいことだ。彼女と一緒に娘のエマちゃんも笑顔に出来た。
「私もリンネもスクロールの効果に疑問を持たずに市販のものを使ってたから、ハル君と出会ってから驚きの連続よ」
魔法使いが作るスクロールはよく使われても、魔法使いと一緒に行動する者はほとんどいない。
なぜなら、魔法使いはスクロールを介してしか力を発揮できない以上、スクロールがあれば事足りるからである。
ほとんどの街には大量に生産されたスクロールが売られており、それを使えばみんなが魔法使いの力を操ることが出来るのだ。
その理由もあって、魔法使いに出来ることは市販のスクロールくらいのことだと思われている。
でも実際はそんなことない。スクロール制作にかける時間と魔力次第では、さまざまな効果を起こすことが出来るのだ。
僕がやっていることは市販のスクロールに比べると効率が悪いことなのかもしれないけれど、確実に誰かを救っていると感じることができる。
「それで今日なんだけど、どうせなら私と一緒にお出かけしてみる?」
「いいんですか?」
「うん。でも、ただの害獣退治よ? 場合によっては食料用の獣を捕まえることもあるけど。あとは村周辺のパトロールとか……」
「興味あります! ぜひともお供させてください!」
と力強く言ったその時。
何かが崩れるものすごい音と誰かの悲鳴とが、僕とアイさんの耳に届いた。
僕たちはハッとしたようにお互いに顔を見合わせた。今の声には聞き覚えがある!
エマちゃん!?
僕たちはうなずきあうと椅子から立ち上がり、即座に行動を開始する。
僕はスクロールが入ったバッグを取りに行き、アイさんは立てかけてある自分の剣を掴み、玄関の扉を開けてそれぞれ外へと駆けだしたのだった。
◇◆◇◆◇
「……ひ、ひあ……こ、こないで……」
悲鳴が聞こえてきた方向に向かった僕たちが見たのは、瓦礫のそばに転んで怯えるエマちゃんと。
あれは……ワイバーン!?
エマちゃんの前にいるのはワイバーンと呼ばれる一体の翼竜だった。空からこの村に勢いよく降りてきたのか、着地に巻き込まれた建物が半壊している。
ワイバーンは明らかにエマちゃんを狙い、獲物を追い詰めいたぶろうとするかのように、二本の足でじりじりと近づいていた。
「ああ、エマ!!」
騒ぎで駆けつけた村人の中に、アマリアさんの姿が見える。駆けつけようとした彼女を他の村人数人が必死に押しとどめ、抗うアマリアさんと揉み合っている。
「くっ……」
隣でアイさんが剣をかまえるが、距離が遠い。アイさんの剣が届く前にエマちゃんに危害が及ぶ可能性が高い。それをアイさんも分かっているのか、逡巡しているようだった。
リンネもここに駆けつけたが、やはり槍を手に動きが取れないでいる。
遠くからシャルミナさんが走って来るのが見えるが、彼女もこの状況にはどうにもできないだろう。
僕がスクロールでなんとかするしかない。でも、今手持ちの攻撃用スクロールはどれも範囲が広く、エマちゃんを巻き込んでしまう。
何かないかと頭の中で必死に考えをめぐらし……。
そうだ! あれがあった!
「僕がエマちゃんを助けます! あとはお願いします!」
それだけ叫ぶと僕はワイバーンの方へと駆けだしながら、一本のスクロールを取り出した。
アイさんたちが息を飲むのが分かったが、説明している暇はない。きっと、アイさんたちなら対処してくれるはず……。
ついにワイバーンがその力強い脚力でエマちゃんへと飛び掛かろうとしたその時。
「顕現せよ! エクスチェンジ!」
スクロールが効果を発揮し、僕とエマちゃんとの場所が入れ替わった。
「……!?」
僕以外の誰もが、当事者のエマちゃんはもちろん、ワイバーンさえもが驚いただろう。
そしてそのワイバーンは駆ける僕の真正面にいて、こちらへと飛びついてこようとしている……!
「くぅっ……!」
なんとか斜めに向かって飛び込みスライディング。ぎりぎりのところをワイバーンがかすめていった。狙いを外したワイバーンは無様に着地する。
いち早く驚きから立ち直ったらしいアイさんとリンネが、即座にとまどうワイバーンへの前に出た。
「はっ!」
アイさんの剣とリンネの槍がそれぞれワイバーンに繰り出され、鱗が数枚はじけ飛んだ。翼竜は不快そうな声をはりあげてターゲットを二人に移す。
「エマ……エマ!!」
アマリアさんの泣き叫ぶ悲鳴が聞こえる。もちろん、今度は喜びの悲鳴だ。何が起きたかまだ分かってないエマちゃんを抱きかかえて泣いている。
しかし、まだ完全に安全が確保されたわけではない。立ちあがった僕は次に使うべきスクロールを確かめた。
このままアイさんたちが倒してくれるといいのだけど、さすがに二人にとってもワイバーンは強敵のよう。
それに二人は今、鎧をつけていないのだ。ワイバーンの振り回す翼や尻尾を得物で受けたり回避したりしているが、その表情はいつもより険しく多量の汗が滴っている。ワイバーンは火も吹かないし毒も持っていないが、強靭な肉体から繰り出される一撃は竜の名に恥じない威力がある。
一方、アイさんたちの攻撃はワイバーンの堅い鱗に阻まれ、浅い傷は増えていくものの致命傷には遠いようだ。
エマちゃんとアマリアさんを含めて村人たちは安全な場所に退避した。
あとはアイさんとリンネに離れてもらえば、僕の攻撃魔法で……。
そんなことを考えていると、ワイバーンが足をたわめ、高く飛び上がった。くやしそうに二人を、いや、この村すべてを高いところから睨みつけている。
「まずい、手負いのまま逃がしたら……!」
リンネの焦る声が響いた。
でも大丈夫、逃がしはしない!
自ら死地へと飛び込んだ翼竜に向かって、僕は攻撃魔法のスクロールを解き放った。
「顕現せよ! ウィンドカッター!」
巨大な風の刃が三本、僕の前から高速で放たれた。
ワイバーンの巨躯すら凌駕する刃はその体をあっさりと切断する。
頭部、胴体、尻尾と三枚におろされたワイバーンは衝撃と共に地に落ちた。血をまき散らし、もはやぴくりとも動かない。
しばらく、静寂があたりを包む。みんなが僕を見ている。
何を言えば良いか分からなかったので、僕はみんなを見回して、自信たっぷりにこくりと頷いた。
やがて、村を揺るがすような歓声があがった。
ようやく、エマちゃんも助かり、ワイバーンが討たれたことを確信したのだ。
僕に向かってアイさんが駆け寄って来る。一歩遅れてリンネも。
「馬鹿っ!! 無茶しないで!」
悲鳴のような叫びと共にアイさんに抱きしめられる。
抱きすくめられた頭が豊満な胸に押し付けられ、僕はたちまち真っ赤になった。
ああもう、心臓が止まるかと思ったよ! とリンネの泣き笑う声。
しばらくして解放された僕の前にアマリアさんとエマちゃんがやってきた。
「ハルカさん……ありがとうございます……! 本当になんとお礼を言えばいいのか……」
「お兄ちゃんが助けてくれたんだよね? ありがとうお兄ちゃん!」
涙で顔を濡らしたアマリアさんに、今では泣き止んで笑顔いっぱいのエマちゃん。
シャルミナさんも僕の前にやってきて、瞳をうるませながら見つめてくる。
「ハルカさんはまたこの村を救ってくださったのですね……まさにこの村の英雄です……!」
村の人たちみんなが僕を囲んで、さらに後から騒ぎを聞いた人たちもやってきて、しばらくお祭りのような喧噪が続いたのだった。




