読書家テティス
アマリアさんとエマちゃんの家から出てきて再び散策をしていた僕は、やがてまたあのライトをかけた柱の前に戻って来た。
昼で目立たないけど、その柱には確かな明かりがついている。
さすがにもうシャルミナさんもいないし、そろそろ家に戻ろうかと踵を返しかけたところ……。
「あ、あのっ!」
突然横合いから話しかけられ、僕はびっくりしながらそちらへと振り向いた。
そこには、明るい茶色の髪の毛を肩下あたりにまで伸ばした女の子が立っている。その髪の毛は犬のようにところどころ癖っ毛だ。
「あのライトの魔法、ずっと効果が続くというのは本当ですか!?」
さっき僕が見上げていた明かりを指さし、ちょっと怖いくらいの剣幕で迫ってくる。水色の瞳はまるで僕をにらみつけるかのよう。
僕はややのけぞりながらも、彼女の質問に答えた。
「……ずっととまでは言いませんが、十年くらいは」
「それはもうほぼずっとと同じ意味ですよ!!」
興奮したのか、先ほどまでとは比にならないくらいの音量で叫ぶ女の子。
さすがに反省したのか、ちょっと距離をとって咳払いすると今度は声のトーンを落として喋りはじめた。
「すみません、自己紹介がまだでした。わたしはテティスといいます」
「テティスさんですか、よろしくお願いします。僕はハルカです」
すでに知ってるとは思うけど、念のために名を名乗る。
「それであのライトと同じようなずっと消えない光を、わたしの家でも作ってもらうことは出来ないでしょうか?」
「え?」
「わたし、本を読むのが大好きで……夜はロウソクの明かりで読んでいるのですが、もしあのような明かりがそばにあれば、きっと読書もはかどるだろうと思いまして……」
「ああ、なるほど」
得心がいった僕を拝み倒すように、手を合わせてこすりながら頭をさげるテティスさん。
「ぶしつけなお願いなのは分かっているのですが、ぜひともその力を貸していただけないかと!」
「わ、分かりました。良いですよ。じゃあ、室内で使えるような光量の明かりを生み出すスクロールを作りたいと思いますので、少しだけ時間をいただけますか? 今日中にはお渡しできると思います」
「あ、ありがとうございます! わたしの家はそこですので。お待ちしています!」
◇◆◇◆◇
一旦家に戻った僕は、約束通りライトのスクロールを作り、それを持ってテティスさんの家を訪れた。
玄関の扉をノックすると、待ってましたとばかりの足音が近づいてきて、扉が内側から開けられる。
顔を出したテティスさん。その眼差しは期待に満ち溢れんばかりだ。
「お待たせしました、テティスさん。ライトのスクロール、完成しました」
「おお、すばらしい! どうぞこちらへ!」
案内された僕は、本を読むのが好きだという言葉の通り、本棚と本が並ぶ部屋へと入る。
感心しながら本棚を見渡していると、なにやらテティスさんは急にもじもじとしだした。
「あのう……勢い任せで行動してしまいましたが、冷静になってみるとすごく失礼なことをしでかしたような気がしてきまして……」
今さら!?
……と少しは思ったものの、もう作ってきてしまったし、彼女の願いそのものは理解できるので、口元にやんわりとした笑みを浮かべて答える。
「ライトはどちらかというと簡単な魔法で、スクロールを作る作業もそこまで大変ではありませんから、お気になさらずに」
「な、なんと……もはやハルカさんには頭が上がりません……!」
恐縮するテティスさんを前に、バッグからスクロールを取り出した。たちまち注目する彼女に、注意事項を伝える。
「それでこのライトですが、魔法をかけると効果が十年続きます。その間ずっと明かりが消えませんので、さほど貴重でない物にかけるのが良いかと思います。夜寝る時とかには厚い布でもかぶせてください」
「なるほど、よく分かりました。……では、この置物にかけてもらえますか?」
彼女が示したのは、やや古びた丸みを帯びている置物。サイズ的にも形状的にも、明かりを放つ発生源とするのに悪くないデザインだ。
「はい。ではスクロールを使いますね」
テティスさんが見守る中、封蝋を割りつつコマンドワードを口にする。
「顕現せよ。ライト」
たちまち、小さな明かりが置物から発せられるようになった。
テティスさんのまぶたがみるみる開いていく。
「おお、素晴らしい! ありがとうございます! 明るさもばっちりです!」
ひとしきり感動していたテティスさん。
「これは、お礼をしなければなりませんね……」
そう独り言を言った後に腕を組み、うつむいてしばらく悩んでいたが、名案を思い付いたかのように勢いよく僕を見た。
「ハルカさんに、ここにある本をいつでも貸し出します! もちろんわたしの家で読まれていっても構いません!」
そう言いながら、本棚に並んでいる本を伸ばした腕で示す。それにつられ、僕は改めて彼女の本棚を眺めた。
これはかなり嬉しい報酬だ。さすがに村に図書館はないし、本を読みたいと思ったら街に出る必要があっただろう。
「ハルカさんは魔法使いですし、きっと読書量も多いですよね?」
「まあそれなりに」
「この村には読書家があまりいなくて本についての話に花を咲かせることも出来ず……ハルカさんといろいろおしゃべりしてみたいです!」
実際、テティスさんの蔵書はかなりのものだった。
報酬は関係なしに、こうして読書友達が出来たことも嬉しい。
僕はテティスさんに視線を向ける。
「ではそのお礼、喜んで受け取らせてもらいますね」
「それと、わたしのことは名前にさんをつけずに、ため口で構いませんよ」
「じゃあ、テティス……でいいかな?」
「はい、それでお願いしますね。ハルカさん」
「……テティスは敬語なの?」
「はい! そのほうが落ち着きますので」
「そ、そうなんだ……」
にこにこ笑顔のテティスに、そちらもタメ口で良いと言い出すことも出来ず。
まあいいかと、さっそく本を借りてテティスの家をあとにしたのであった。




