女の子の頼み事
翌日。
今日は害獣駆除に行くとのことで、アイさんは一人で出かけた。
一緒についていこうかと思ったのだけど、たまにはゆっくり休みなさいと諭すように言われて大人しく留守番をすることに。
……していたのだけど、やっぱり外に出たくなったので散歩をすることにした僕。
昨日ライトをかけた柱の前でシャルミナさんと出会い、ライトが切れてないことに喜ぶシャルミナさんに改めてお礼を言われたり、謙遜したり。
そして今は村の中を一人で歩いているのだけど……。
なぜか、僕にずっとついてくる女の子がいる。散歩中によく視界に入って来たので偶然かなと思ってたのだけど、さすがにここまで回数が重なるとおかしい。少し離れた場所から、明らかに女の子は僕をじっと見ている……。
この前、村人たちの前で僕を紹介してもらった時に見かけた女の子だ。たしか、エマと呼ばれていたっけ。まだ十歳にもなってないんじゃないかなと思える小さな子だ。
さすがに根負けして、こちらから声をかけてみることにした。
「ええっと、エマちゃんだっけ。僕に何か用かい?」
女の子は顔を向けられて名指しで尋ねられたことに一瞬びくっとしたものの、話したいことがあるのかおずおずとこちらに近づいてきた。
「お兄ちゃんは、すごい魔法を使えるって聞いたけど、ほんと? なんでもできる?」
僕を見上げて何やらすがるように、思いつめた顔で尋ねられてしまう。
う、うーん……これはなんと答えたものか。魔法もさすがに万能ってわけじゃない。
「……なんでも出来るわけじゃないけど、願い事しだいかな。言ってごらん?」
「じゃあ、エマのお母さんを治せる?」
……病気か怪我か。それはさすがに治せるとは限らない。
ぬか喜びさせたら気の毒だし、もう少しくわしいことを聞かないと。
僕はかがみこみ、女の子と目線の高さを合わせた。
「そのう、お母さんの病気? ……はどんな感じなのかな?」
僕の質問に、女の子は悲しそうな顔をしてうつむいてしまう。
「お母さん、ずっと頭痛で悩んでるの……スクロールを使ったらしばらく治るんだけど、時間が経ったらまた頭が痛くなるの……だから、お兄ちゃんが魔法で助けてくれたらなって……」
……なるほど、それなら僕にも治せるはずだ。バッグの中をチェックし、適した魔法のスクロールがあることを確認する。
「うん、分かった。お母さんのところに案内してもらえる?」
「ほんと? ありがとう、お兄ちゃん!」
◇◆◇◆◇
「ただいま! お母さん!」
「おじゃまします」
エマちゃんに導かれ、僕は屋内に声をかけながら家の扉をくぐった。
帰って来た娘を出迎えるために姿を現した女性が、玄関にいる僕を見てさすがに目を丸くする。
「あら、あなたはこの前の……」
長い髪を先端の方でひとまとめにしている。エマちゃんとお揃いの、淡い色をした金髪の持ち主だ。瞳の色も母娘でそっくりの藍色。
どことなく言葉にも表情にも覇気がない。エマちゃんの言う頭痛のせいだろうか。
「改めて自己紹介を。僕はハルカといいます。今日はエマちゃんに頼まれて、こちらをお訪ねしました」
「私はアマリアといいます……あの、エマが何か?」
「お兄ちゃんが、魔法を使ってお母さんの頭痛を治せるって!」
「ええ? エマ、駄目じゃない。ご迷惑でしょう?」
「そんなことない! お兄ちゃん治せるって言った!」
何も言わなかったら口論が始まりかねない。僕は慌てて二人をとりなすと、アマリアさんの方へと向き直る。
「エマちゃんの言う通り、必ずアマリアさんの力になります。いつも使っているスクロールを見せてもらえないでしょうか?」
「……分かりました。ここで立ち話もなんですから、どうぞこちらへ」
アマリアさんに僕はリビングへと案内された。
アマリアさんは一旦別の部屋に行くと、スクロールを手に戻って来る。
「これが、私がいつも使用しているスクロールです。ちょうど今から使おうと思っていたところでした」
彼女が差し出したそれを受け取り、調べてみる。
予想通り、ドイゾアック商会のスクロールだ。封蝋にメディスンの魔法であることを示すサインがある。
メディスンは頭痛や腹痛といった痛みを伴う病を治す魔法だ。その効果はスクロールに書かれている内容と込められた魔力次第だけど……。
一旦痛みは治まるけど、またぶりかえすということは、根本的な治療になっていないということ。
きっとライトのスクロールのように、完全な効果を発揮しないようになっているんだろう。頭痛が治ったら、もうスクロールは不要になるから。
渡されたスクロールを無言のまま脇に置き、僕はバッグの中から自作のスクロールを取り出した。もちろん書かれているのはメディスンの魔法。でもその効果はドイゾアック商会のスクロールなんかとは比べものにならない。
パキッと封蝋を割り、魔法を発動させるためのコマンドワードを口ずさむ。アマリアさんに届けとばかりに。
「顕現せよ。メディスン」
効果を発揮したスクロールが消失してからしばし。
「……あら?」
アマリアさんが、呆然としたようにつぶやいた。
「え……あれ……うそ……なんだか頭痛そのものが消え去ったような……いつもはスクロールを使っても頭に痛みが残るのに……!」
「治った? 本当に治ったの……? 良かったね、お母さん!」
「ああ、エマ! これであなたともっと一緒に時間を過ごせるわ!」
涙を浮かべて抱き合う二人。
ややあって、アマリアさんが改めて僕を見た。長くて暗い洞窟を抜けた時のような、清々しい笑顔だ。
「ありがとうハルカさん。あなたのおかげです! 何年ぶりかしら、こんな爽快な気分になったのは! もしよければ、お礼をさせてください」
「あまりお気になさらずに……エマちゃんからアマリアさんが苦しんでいると聞いて、力になりたかっただけですから……」
「でも、さすがに何もしないと言うわけには……」
しばらく思案していたアマリアさんが、名案を思い付いたとばかりに顔を輝かせた。
「そうだ。ハルカさんさえよければ、時々夕食を食べに来てくれませんか? エマもきっと喜びます。主人をなくしてからというもの、やっぱり二人だけの食卓というのは寂しくて……」
「お兄ちゃんと一緒にごはんが食べられるなら、エマも嬉しい!」
母娘からまぶしいほどの笑顔を向けられる。さすがにこの誘いを断るのは心苦しい。
……アマリアさんは未亡人だったのか。だったら食事の時間にお邪魔しても大丈夫……かな?
そう結論を出した僕は二人に頷いた。
「わかりました。それでは、時々は御相伴にあずかろうと思います」
「はい、お待ちしています!」
「またね、ハルカお兄ちゃん!」
二人の笑顔と声に見送られ、僕はアマリアさんの家を辞したのであった。




