シャルミナさんの日課
陽ももうすぐ落ちるというような時間帯。アイさんが夕食の準備を始めた。
少し時間もあるし、夕暮れに染まっていく村の景色を見たいと思い、僕は一人で散歩に出ることにした。念のためにいつものバッグは持って行こう。いつスクロールが必要になるか分からないし。
陽が落ちていく村の中の情景は、なかなか趣があって良い。
そんなことを考えながら歩いていると、村の中央で一人のよく見知った顔と出くわした。
この村のリーダー的な立ち位置のシャルミナさんだ。聖杭会に所属していることを示す、白と黒を基調とした色合いのローブとベールを身に着けている。昨日もそうだったし、普段着としても使っているのかもしれない。さすがにハンマーは背負っていないが。
「あら、ハルカさん。お散歩ですか?」
「はい、夕食前に時間が空いたものですから」
「今日もお元気そうでなによりです。何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね」
シャルミナさんは優しい瞳を向けてくる。今気づいたけど、彼女は手に一本のスクロールを握っていた。
「スクロールを持ってどうしたんです?」
「ああ、ライトの魔法でここの柱に明かりをつけようと思って。わたくしの日課なんです」
柱の一点を指しながらそう説明するシャルミナさん。
「夜は本当に真っ暗になりますから、街灯代わりに唯一の光源としていつもここに明かりを灯しているんですよ」
「なるほど」
街や都市部で暮らしていた僕からすると信じがたいことだが、小さな村だし夜出歩く人もたくさんはいないだろうし、光源がひとつあれば十分なのだろう。
そんなことを考えていると、シャルミナさんはおっとりという言葉が似あう風情で頬に手をあて、かすかなため息をついた。
「とはいえ、毎日かけなおさないといけませんから、村で捻出しているスクロールの費用も馬鹿になりませんが……」
「じゃあ、僕がライトをかけましょうか?」
困った姿を見て自然と口に出た僕の言葉に彼女は一瞬驚き、ややあって申し訳なさそうな顔になる。
「あら、それはありがたいですけど……毎日スクロールを作ってくださるということでしょうか? さすがにそれはお手間がかかりすぎでしょうから……」
「いえ、僕が今持っている自作したライトのスクロールは市販のものとは違い、一度かけたら十年くらい持ちますので」
「……は? ……十年?」
目を点にするシャルミナさんに、僕は普段通りの表情で頷いた。
「ええ。その代わり昼間も明かりがつきっぱなしになりますが、それでもよろしければ……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! それはとても貴重なものなのでは? というかそれは本当にライトなのですか? 別の上位魔法とかでは……」
「正真正銘のライトですから安心してください。ライトの魔法なら同じ品質のスクロールをもう一度作るのもそこまで大変ではありませんし」
「そ、そうなのですか……そういえば、あの時のゴーレムも魔法の壁も、わたくしがこれまでに見たことのない特殊なものを生み出していましたね……」
しばし考えこみ、やがてシャルミナさんは真面目な顔つきで口を開く。
「わかりました。それではお願いします。そのうち、何かしらお礼はいたしますので」
「お礼は別にいいんですが……それじゃあ、かけますね」
バッグからライトのスクロールを取り出し、さっき彼女が指定した一点をめがけてスクロールの力を解き放つ。
「顕現せよ。ライト」
込められた魔力がたちまち現れ、柱に明かりが灯る。
それと引き換えに、封蝋が割れて効果を発揮したスクロールは、細かくちぎれてこの世から消滅した。
僕はシャルミナさんに向き直る。彼女は、まだ完全には信じられないような表情でその明かりを見ていた。見た目はこれまでのライトと大差ないはずだけど、明日になっても効果が切れないのを見ればわかってくれるだろう。
「光量的に大丈夫だと思いますが、もし昼間明るすぎる場合は厚い布とかをかぶせてください。それでほとんど気にならなくなるはずです」
シャルミナさんも僕に向き直った。
「本当にありがとうございます! この光がずっと続くのならば、毎日かかっていたスクロール代を村の他のことにまわすことができます!」
「いえいえ、お役に立てて嬉しいです」
ライトひとつでこんなに喜んでもらえるなんて、スクロールを使った価値があった。もちろん多少の手間をかけて作ったのは事実だが、まったく惜しくはない。
ライトと言えば、ドイゾアック商会の工房で大声で怒鳴られたことを思い出したが、それとは大違いだ。やっぱり、こういう使い方のほうが嬉しい。粗悪な品物を大量生産して大量消費されるよりも、とても満たされた気持ちになる。
シャルミナさんと別れた僕は、生み出した明かりのようにぽかぽかした気持ちのまま、居候しているアイさんの家に戻った。




