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魔法のスクロール

 机の上で広げた紙に、黒いインクをつけたペンで文字を記していく。

 書かれる言葉は魔法使いにしか理解できない魔法文字。

 ペンを動かすごとに、僕の魔力がインクを介して紙の上につづられる。


 やがて僕は手を止めた。

 紙にびっしりと、よどみなく書かれた精緻せいちなそれを見つめ……。


 うん、完璧だ。


 一仕事終えた満足感とともに僕はペンを置く。

 あとは書き終わったスクロールを丸めて封蝋ふうろうするだけ……というところで。


 バアン!


 ドアが勢いよく開かれた。

 周囲がざわつく。僕も開いたドアのほうを見ると、雇われる時に一番偉いかただと紹介された男の人がズカズカと歩いて来る。

 顔を怒りで歪ませて。明らかに僕のいるところに。


「おい新入り! ライトのスクロールひとつを作るのにいつまでかかってんだ!?」


 間近で発せられた怒声に僕はのけぞった。周りで僕と同じような作業をしていた人たちが、その手を止めて注目しているのを嫌でも感じる。


「あ、今ちょうど出来上がるところで……」

「……なんだこれは?」

「ライトのスクロールですけど」

「アホか! たかがライトのスクロールにこんな細々書いてどうすんだ!」


 罵声を浴びても反応が薄い僕の様子に、今度は呆れたように舌打ちする。


「周りを見ろ! お前と違ってどんどんスクロールを完成させてるだろうが!」


 促された僕は周囲をぐるりと見まわした。

 周りにいるのは、僕と同じく机の前に座って紙とペンを手に作業を行う従業員たち。全員が僕と同様に魔法使いでもある。

 机の上には封蝋され、丸められたスクロールがいくつも積み上がっているのが見えた。


 スクロールに魔法の文字を記して魔力を流し込むためには、意識を集中しなければならない。

 だから気づいていなかった。周囲と僕とのやり方の違いを。


「なぜお前にはそれが出来ない!? ライトのスクロールくらいちゃっちゃと作れるだろ!?」


「ですが、ライトのスクロールと言えどもそう簡単に完成するものではありません。決まった光量で長く明かりを灯すには、それなりの文字数と魔力が必要に……」


 ドン!!


 僕の言葉を遮るように、男は強く机を叩いた。机上のものが飛び上がり、インクがこぼれそうになったのを見て慌ててインク壺を抑える。僕は口を閉ざして男を見上げるしかなかった。


 男は苛立たし気に髪をガジガジとかきむしる。


「説明を聞いてなかったのか? 今ここで作ってるのは街の街灯に使うためのライトだ! 街灯の明かりが消えなかったら、それ以上売れなくなるだろ! 半日も持てば十分なんだよ!」


 そう言うと僕が書いたスクロールを取り上げ、ビリビリに破いて床に投げ捨てる。

 ショックで呆然とする僕をにらみつけ、指を突き付けるとさっきまでを上回る大声で言い捨てた。


「お前はクビだ!! 早く出ていけ!! ……ったく、優秀だと紹介されたから住み込みという待遇で雇ったのに、とんだ期待外れだ!」


 突き付けられた指は、罵声と共に動いて今では部屋のドアを指している。


「で、でも……」

「言い訳を聞く気はない! 魔法使いの代わりなんていくらでもいるんだからな! さっさと出ていけ! ここまでの賃金くらいは払ってやる! ほら!」


 駄目押しとばかりに、ふところから取り出した銀貨数枚を僕へと投げつける。


「……分かりました」


 僕はもうそれ以上反論する気にもなれず、立ち上がる。


「お前に与えた部屋はちゃんと空っぽにして出ていけよ! 分かったな!」


 そう言うと、男は大股で入って来たドアから出て行った。


 机の上の私物をまとめ、さらに散らばった銀貨も集め、僕は足早に今男が出て行ったドアへと向かう。

 他の魔法使いたちの沈黙、あるいは嘲笑を背に、僕は作業部屋を出た。


 その足で自分に与えられた住み込み用の部屋にいき、すべての荷物をバッグに詰め、工房をあとにした。


   ◇◆◇◆◇


 工房を運営するドイゾアック商会の敷地から出てきた僕は、ぼんやりと思考を巡らせた。


 僕は、いわゆる前世とやらの記憶がうっすらとある。

 前世での僕は、魔法のない世界で、さっきの工房のような場所で延々と同じような商品を作っていた。

 その商品は、人を幸せにするのとは程遠い、ただお金を儲けるためだけのモノでしかなかった。


 だから、新しい世界でこうして魔法使いになれた今、人の役に立つことがしたいと思ったんだけどな……。


 紹介されて入ったドイゾアック商会はこの大陸で一番大きな商会。魔法使いを大量に雇い、魔法のスクロールを大量生産している。もちろん街灯に明かりを灯すことは大事なことだが、さっきの男の言葉の通り、お金のために意図的に品質の悪いものを作って売っている。

 結局、ドイゾアック商会で僕がやらされそうになった仕事は、前世の時とほとんど同じ。


 一番大きな商会がこれじゃ、他のところも大差ないんだろうな……。


 僕はため息をつくと、バッグから一本のスクロールを取り出した。商会から作らされたものとは違う、僕自身が自分で使うために生み出したスクロール。

 スクロールを手に持って前に突き出し、親指で封蝋をパキッと割ると同時に、魔法を発動させるコマンドワードを口にする。


顕現けんげんせよ。ブルームスター」


 ブルームスターとは、ほうき星のこと。そして発動したブルームスターの魔法によって、目の前に一本のほうきが生まれる。

 ほうき星のように、空を飛ぶ力を持った木のほうきが。

 それと共に、封蝋を割って効果を発現したスクロールは散り散りになり、風に溶けるように消えた。


 僕はほうきにまたがると、そのまま空へと浮き上がる。

 ドイゾアック商会に雇われたのを機にこの都市部へとやって来たけれど、住み込みの部屋から追い出された以上、もう留まる理由もない。僕は一度だけさっきまで働いていた場所を振り返ったあと、やがて正面を見据えた。


 どこかで、僕の魔法の力を活かして、誰かの役に立つことが出来たら。


 新天地を求め、僕はまたがるほうき星の推力をあげて、遠い空の向こうへと飛び立った。

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