第15話 早雲寺ダンジョン突入
早雲寺ダンジョン。
それは、外から眺めるだけでは何ら変哲のない小さな墓地であった。
おそらく宿場で生活する者達の先祖代々の墓が置かれているのだろう。三十基ほどからなる墓石の群れ。
しかし、いざ足を踏み入れた瞬間、視界が揺れ、景色がガラリと変わる。
先ほどまで空に浮かんでいた太陽は月へと変わり辺りを照らすのは青白く光る人魂。
そこは、水平線まで続く墓石と卒塔婆の海原。
潮の香に変わって線香の匂いが鼻をつき、打ち寄せる波の音は、どこか遠くより流れる経文の合唱である。
地面はじっとりと湿り気を帯び、草履に泥がへばりついた。
ソウケンの立つ横には巨大な枝垂れ柳が不気味に佇んでいた。
「こ、これが、だんじょんにござるか……。ぅう……不気味にござる」
あまりの風景の変容にソウケンは驚愕した。
「あれ? あんたダンジョンを閉じたって話じゃ?」
オリーが目ざとくソウケンの変化に気づいた。それをフォローするかのようにリッカがソウケンに話しかける。
「ソウケン。ダンジョンは千差万別。何階層にもなる塔のようなダンジョンもあれば、空間を歪めて広大な領域を広げるダンジョンもある。野干ヶ森のダンジョンもここも後者。でも、ここは野干ヶ森よりも深度が進んでる。ここまで風景と広さを変えるなんて……」
リッカの言葉をソウケンがどれほど理解できたかは不明であるが、ソウケンは一つ大きくうなずいた。
「そうでござるか……。まあ、拙者に出来ることは、ただ一つ」
そう言って腰に下げた刀を震える左手で握った。
その打刀に付いた銀の鈴は未だ鳴らず。
すると、足元からダッキが声を掛けた。
「お前さん方。どれほどマッピングは済んでおるかえ?」
突然の事にグレイファングの面々は驚くが、説明するのは面倒だとリッカは判断し、ダッキの質問に便乗することにした。
「どう?」
リッカに促されたことにより、喋るキツネへの質問はかき消されてしまう。
「あ、え? えっと……ほとんど分からないって言うのが正直な所……です。はい」
ダンジョン内のマッピング作業を一手に担う歩荷のタタンが申し訳なさそうに答える。
「この木がダンジョンの出入り口の目印なんですが、他は毎回入る度に墓石の位置が微妙に変わりますし、いかんせん……この景色です」
そう言って指さすのは、果てのない墓所。
それも規則正しく墓石が並ぶわけでもなく、子供が砂場に棒を刺すかの如く乱雑に起立しているのだ。
「一応は、脱出のためこれを撒いておきます」
タタンがポケットから取り出したそれは、一見ただの砂のようなモノだった。
ソウケンが不思議そうに顔を近づけ尋ねる。
「これは?」
「これですか? これは、とあるダンジョン内に生えるヒカリゴケを乾燥させたもので……こうやって地面に撒いてやると……」
タタンは、砂時計から落ちる砂のように粉末のヒカリゴケを少し地面に落としてやる。
すると、地面に接したヒカリゴケは瞬く間に増殖し一尺(30cm)ほどに広がり、ぼんやりと光始めた。
それを見たソウケンは、驚き目を丸くする。
「ほほぉ……。異国には便利なモノがあるのだなぁ」
ゴンドワートで冒険者をする者なら、なんら珍しくもない基本の装備。それを褒められタタンは嬉しそうに少しはにかんで笑って見せた。
「ソウケンさんも、もし迷ったら、この光を目印にして下さいね」
「たたん殿。御心遣い忝のうござる」
ソウケンが深々とタタンに頭を下げていると――
「何やってんだ、行くぞ」
オリー達はすでに墓地の先を歩き始めていた。
出遅れたソウケン達は、先を歩く集団に追い付こうと急ぎ足で追った。
ソウケンが合流すると、誰が言うでもなく先頭をオリー、最後尾にリッカが付き、辺りを警戒しながら歩いた。
ふいに合図もなく皆の足がピタリと止まる。
「厄介だな……」
オリーの目線の先に、青白く光りを放つ者が……。
幽鬼と呼ばれる死者の魂が魔物化した者が、ゆらりゆらりと空中を彷徨い浮かんでいた。
ソウケンはその姿を見て恐怖の色が含まれた声を上げる。
「ゆ、幽霊ではないかっ!?」
「しっ! 気付かれる」
身震いするソウケンに注意をしたオリーがリッカに話しかける。
「リッカロッカさん。あれがここいらに出る幽鬼です」
そう説明したのは、あまりにゴンドワートにいる幽鬼と容姿が掛け離れているからだった。
ヤマトの幽鬼は、肉の削げ落ちた骸骨の額に天冠と呼ばれる三角の布を付け、襟を左前で合わせたヤマト特有の死装束を着ていた。
「ここは、俺がやります」
オリーはフレイム・タンを抜くと、取り付けられた魔石を呼び起こす。
「炎よ、宿れ!!」
オリーの号令で瞬く間に刀身に炎が渦巻く。その熱気は、少し離れたソウケンの顔を焼くかと思う程熱い。
「こ、これは……いかなる妖術か? 剣が炎を纏っておる」
初めて目にする魔剣の業にソウケンは幽霊への恐怖を忘れ驚いた。
それを落ち着かせるためリッカがカンタンに魔剣の事を説明する。
「妖術じゃない。あれは、魔剣。魔石が炎を産み出してる」
「ほ……ほぉ?」
リッカの言葉は理解できないが、ソウケンは分かったふりを装った。
それを見てダッキが小さく笑った。
呑気なやり取りをする三人を置いてオリーが大きく息を吸い込む。
「……っふ!!」
オリーが一足飛びに幽鬼に斬りかかった。
強烈な一撃。
炎の剣が幽鬼を両断し、断末魔だけを残して消え去った。




