第16話 先頭を歩くは……
本来ならば、幽鬼など下級も下級の魔物。
オリーほどの剣士が魔剣をわざわざ使用する相手ではない。
なぜなら聖職者のカンタンが祈りの呪文を唱えるだけで十を数える幽鬼を一瞬で消すことが出来るのだ。
しかし、ヤマトの幽鬼は祈る神が違うからなのかカンタンの祈りが届かない。
「素晴らしい一撃にござる。さすが、異国の冒険者だ」
幽鬼を倒し、剣を鞘に戻すオリーへソウケンが賛辞を送った。
「そいつは、どうも。でも、この程度で喜んでちゃ、このダンジョンの攻略は難しいぜ。ソウケンさんよ」
少しだけ嫌味を孕んだ言葉を残し、オリーは仲間たちと先を歩き出した。
ソウケンは特にオリーの言葉を気にする様子もなく、隊列に加わり歩を進める。
ソウケンは後ろに付くリッカに声を掛けた。
「拙者は、何もせんで良いのだろうか?」
「まだ大丈夫。ソウケンの力が必要な時は言う」
ソウケンの力。
それは散椿の開放を意味する。
問題は散椿が開放される際のあの鈴の音であった。
あの力は正に諸刃の刃。
鈴の音の届く範囲にいる意思弱き者の首を刈り取るのだ。
ゆえにパーティーが、窮地に陥った際の最終手段としてリッカはその力を温存するつもりでいた。
ソウケンはリッカの言葉に頷き、歩き続ける。
先頭のオリーは進路をどう判断しているのか……。
出発してからずっと蛇行しながらダンジョンの中を進んでいた。
この行軍にしびれを切らしたのはダッキであった。
「お待ちなさいな。私達はちゃんとこのダンジョンの中心に向かっているのでありましょうかえ?」
ダッキの質問にサラが曖昧に答える。
「……一応は。ただ魔物となるべく遭遇しないようにしてるから……」
サラの言う通り半刻ほど歩いているが、魔物と戦闘になったのは最初の一度きりであった。
しかし、ダッキはそれについて不満があるのか大きな溜息を吐いた。
「まったく、これだから……一山いくらの冒険者はダメなのでありますよ、ソウ様」
仲間をバカにされたサラが、しゃべる狐に怒りを向ける。
「ちょっと! どういうこと!! 私達は出来るだけ安全に……」
サラの言い訳にも似た言葉をダッキは鼻で笑い飛ばす。
「はっ! 近頃の小娘は耳障りの良い言葉を使う物でありますねぇ……。私からすれば危険を恐れるばかりで、ちっとも確信に近づくことができないのですよ。ピーピーと囀る元気があるのなら私に付いてきなさいな」
そう言ってダッキがオリーの行く進路から大きく逸脱して歩き始めた。
その背にグレイファングが非難を口にしようとするが、それよりも先にリッカがダッキに声を掛けた。
「道が分かる?」
その言葉にダッキは振り返り、口を吊り上げ笑って見せる。
「フフフ。私を誰だと思っておいでかえ? ヤマトの地脈に魔核を根差して幾星霜。地脈の流れを読むくらい容易いものでありましょうよ」
この言葉に、ソウケンはもとよりリッカがダッキの後を続いて歩き始める。
これによりグレイファングは、ダッキの後を付いて行かざるを得なくなってしまった。
不満を顔に出しつつ、先ほどとは真逆、ダッキを先頭に最後尾をオリーが務め墓場を進むこととなった。
ダッキは魔物との会敵を避けると言う面倒事は歯牙にもかけない。
しばらく歩けば無数の幽鬼の群れと出会ってしまう。
「ちっ! これだから、信用のない奴を船頭になんてしたくなかったんだよ、俺ぁ!」
オリーがダッキに文句を付けながら、魔剣に炎を纏わせる。
それを意にも介さずダッキは大きな欠伸をして倒れた墓石にぺたりと寝転んで観戦の構えを見せた。
あまりの幽鬼の数に、たまらずソウケンが身を乗り出し散椿に手を掛ける。
「助太刀いたそう」
しかし、リッカが黙ってそれを制した。
「……私が出る」
リッカが細剣を抜くと、そのタイミングで歩荷のタタンがリュックから和尚からもらい受けた酒を取り出して渡す。
「これで、剣が清められます」
リッカは黙って頷き、細い刀身に酒を掛けた。
「じゃあ、リッカロッカさん。お先に!!」
炎を引っ提げオリーが飛び出す。
それに続いて、リッカも出る。
あとに出たはずのリッカの方がオリーより早く幽鬼に到達する。
そして煌めくは一筋の銀線。
そのひと振りで多くの幽鬼が霧散し、消えていく。
そして次。次。次……。
瞬く間に幽鬼の群れが掻き消えていく。
その中心で舞うかのようにリッカが剣を振っていた。
オリーはリッカが取りこぼした僅かな獲物を炎で薙ぎ払うことしかできないでいた。
「……流石はS級ってか」
その実力は十分に理解していたはずだが、改めてその剣技を目の当たりにすると自分との実力の差を否が応でも理解させられてしまった。
そして、彼女が戦い続けられるよう邪魔にならないようにするのが今の自分の役目であると知らされる。
戦闘とは言えないリッカの演武は僅か数秒の内に終わりを告げた。
息が上がる事もなくリッカは剣を鞘にしまうと、その横をダッキが何食わぬ顔で通り過ぎ道案内の続きを始める。
リッカも何を言う事もなくそれに続いて歩きだした。
額から落ちる一筋の汗をオリーは袖で拭いながら、その背を見つめた。
「オリー殿。ご苦労様でござった。さ、参ろう」
ソウケンの緊張感のない言葉がわずかにオリーの内をざわつかせた。
しかし、ソウケンはそんなオリーの内情を察してやることなくリッカの後ろを歩き始めた。
彼の心情を理解したのは、グレイファングの仲間たちのみ。皆、言葉は掛けず彼の肩を優しく叩き、ソウケン達の列へと加わっていく。
鼻っ柱の強い若手冒険者ならば、ここでソウケン達に食ってかかっただろう。
しかし、オリーは熟練の冒険者と言っても過言ではないほどの経験を積んでいた。
ダンジョン内での仲互いがどれほど危険な事か理解できていた。
「……ふう」
落ち着かせるため深く息を吐き出した。それと共に心の内に潜む感情も外へと追いやる。
これでいつも通り、軽薄な笑みを浮かべる冒険者オリーに戻った。
「さあ、行こうか」
自分に言い聞かせるように呟き、オリーは列の最後尾へと付いて歩くのだった。




