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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第13話 虎吉の行方

「ひいいい!!」


 カンスケはタケゾウが大事な客人を刺してしまったと、悲鳴を上げるが、よくよく見ればタケゾウの持つ匕首ドスは、リッカの腹部に刺さる手前で、か細く白いリッカの手で止められている。


「っ!! この!! なめるな!!」


 タケゾウの気合いの乗った声だけが、部屋の中に響いた。


 リッカは軽く右の親指と人差し指で匕首の刃を摘まんでいるだけなのだが、タケゾウの力では押しても引いてもびくともしない。


 額に青筋を浮かべ、リッカと力比べをするその様子は象と蟻の戦いを連想した。

 それほどの力量の違い。


 目の前で必死に抗うタケゾウをなんの感情もなく見つめるリッカの口が静かに開く。


「なんで嘘をついた?」


「てめえなんぞに話すことは何もねえ!! ぶっ殺してやる!!」


 タケゾウの怒号。


 トラキチに拾われ極道一筋で四十五年生きてきた。命を懸けた戦いだって、それなりにやってきた。

 腹を刀で抉られ死にかけたことだってある。

 死ぬことなぞ、生まれてこの方こわいと思ったことがない。

 

 だからこそ、タケゾウはトラキチ一家の若頭わかがしらを任されてきたのだ。

 そのタケゾウに生まれて初めての恐怖心が、この時芽生えた。


「なんで嘘をついた?」


 先ほどと全く同じ言葉を同じ抑揚でリッカは繰り返し尋ねる。


 その言葉の中には感情と言うモノが何も含まれていないようにタケゾウには聞こえた。

 今までタケゾウが対峙した相手の言葉には、言葉の中に怒りや悲しみ、恐怖が少なからず含まれていたのだが、リッカにはそれが微塵もない。


 そして、その目だ。


 緑に輝く瞳の奥にあるのは、虚無。命芽吹く新緑の奥には凍てつく氷の色を宿していた。

 それを感じ取った瞬間タケゾウの背筋にぞわりと得たの知れない冷たい何かが這うような気がした。


「……ぁ」


 タケゾウは恐怖から言葉が出ない。

 目の前の女は、首を傾げ、自分の言葉を待っているが、陸に打ち上げられた魚のようにぱくぱくと口を動かすのがやっとであった。


 そこに呑気な声がかかる。


「リッカ殿。あまり意地悪をするものではないぞ」


 女の付き添いかと思われた片腕の侍の声にタケゾウは救われた。


 ソウケンの言葉をきっかけに、リッカの匕首を掴む力が弱まり、タケゾウは尻もちをつく形で地面に座り込んだ。


「私、意地悪した?」


 リッカがソウケンに向けて小首を傾げて見せる。

 それについてソウケンは「ハハハ……」と、何かを誤魔化かのように笑って左手を差し出すが、タケゾウは僅かに残った自尊心でそれを払いのける。


「おろ?」


 自らの力で立ち上がると目の前にいるソウケンに向かって精一杯の見栄を切ってみせた。


「てめぇら、覚えてろ!? 関下せきしも中の極道二百人がおめえらの首を取りに行くからな」


 それははったりの言葉ではない。下関中に傘下を置くトラキチ一家にとって極道を二百人集めるなど容易いことなのだ。


「おお、それは恐ろしいな。タケゾウ殿どうか許してくれまいか?」


 そう言って頭を下げるソウケンの言葉の中には、一切の恐怖と言う感情が含まれていない。


「このガキっ!! 俺がはったりを言ってると思ってんだろ!?」


「いやいや。拙者はこれぽちもタケゾウ殿が嘘を言っておるとは、思っておらんよ。うぅむ……。実に困ったことになった。拙者たちは、これからだんじょんを始末しに参らねばならんのに、極道者を相手する余裕は無いのだ。リッカ殿も悪気があったわけでは無いのだし。どうかここは、タケゾウ殿怒りを納めてはくれまいか?」


 タケゾウは気づいた。目の前にいる男は二百の極道を前にしても負ける気が無いことを……。

 ただただ自分の仕事をすることを第一として、極道の相手をする暇がないと言っているのだ。


 それに気づいたとき、百戦錬磨のタケゾウは目の前にいる片腕の侍から発せられる強者しか持ち得ぬ雰囲気を読み取った。


――この喧嘩、勝ち目はない。


 そう理解し、タケゾウはソウケンの謝罪を受け入れることにした。


「わ、わかった。しかし、ウチの頭がいない事は誰にも言うんじゃねぇぞ?」


 最後の悪あがきとばかりに一応二人を睨みつけた。


「あい分かり申した。他言せぬことをここに誓おう。タケゾウ殿、温情かたじけのうござる」


 ソウケンは、タケゾウに向かい深々と頭を下げた。

 しかし、問題はリッカだ。


「何で嘘をついた?」


 三度目の同じ質問。

 おそらく満足のゆく答えを得るまでこの問答は続くだろう。


 タケゾウは観念して、親分であるトラキチの居所の話を始めた。


「なぁ、あんたらの言うだんじょんってのが早雲寺に出来てるってのは知ってんのか?」


 タケゾウの問いにリッカが答える。


「知ってる。その裏にある墓場にダンジョンがある」


「おお、その通りだ。じゃあ、それが何時出来たってのは?」


 その問いには、ソウケンもリッカも首を横に振った。


「俺が知る限りじゃ、年が明けてすぐの事だ。あの墓地には、戦で散った者たちの慰霊碑が置かれていてな。その中にゃ赤羽の大将も含まれてんだ」


 赤羽の大将と言えば、今は亡き赤羽藩藩主の事。


「あの日、オヤジは慰霊碑に参るために早雲寺に上がって行ったんだ。そしたらよ、でけぇ地震が起きたんで、俺は若衆を引き連れてオヤジの様子を見に行ったんだ。そしたら、あそこはもう化物共の巣になっちまってやがった……」


 今まで黙っていたカンスケがタケゾウの言葉を聞いて話に割り込む。


「おいおいおいおい!! 待ってくださいよ。じゃあ親分さんは死ん……」


「馬鹿言うんじゃねぇ!! オヤジがあんな化物にほいほいやられるかよ!! ただ……」


 タケゾウは、一瞬口をつぐむが、ソウケンが「……ただ?」と先を促す。


「オヤジは、つねづね赤羽の大将の無念を晴らしてやりてぇって口癖のように言っててよ……。だからよ……もしかしたら……オヤジが、あのダンジョンとやらを作っちまったんじゃねぇかと思って、よお」


 全てを話し終わったタケゾウは力なく項垂れ地面に膝をついた。


「なるほど。リッカ殿はどう思う?」


「どうもこうも……。まじないや魔術に相当明るい者ではないとダンジョンを作るなんて無理」


「では、ダンジョンを作ったのはトラキチ殿では無いということか……」


 そこで、タケゾウが口をはさんだ。


「待ってくれ。一つ気がかりなことがあるんだ。……オヤジが行方をくらます少し前、陰陽師を名乗る怪しい奴がオヤジを尋ねて来た事がある。俺はオヤジ達がどんな話をしたかのは知らねえけど……」


 自分の慕う人を疑いたくないという気持ちが顔に現れるが、そのような心情をリッカは汲み取ることはしない。


「ソウケン、陰陽師って?」


「そうだなぁ……。昔のヤマトの朝廷で占い事や祭事、そして呪術なる秘術を操る者と言われておるが、武士が台頭し始めたころから、その力は急速に衰えておると聞くが……」


「呪術?」


「ああ。もしやすると、リッカ殿達の使う魔法なるものに近いのかもしれん」


 ソウケンの言葉を聞いてリッカは少し考え込む。


「……その話が本当ならタケゾウの考えはあながち間違いじゃない……かも? 人が持つ一番強い感情は負の感情。トラキチの恨みに呼応してダンジョンが出来たのかも。それに慰霊碑も気になる」


「もしかしてダッキ殿の魔核のように慰霊碑も?」


 ソウケンは野干ヶ森の奥にあった岩山のようなダッキの魔核コアを思い出した。


「可能性はある。カンスケ、少し聞きたいことがある」


 リッカはこの宿場に詳しいカンスケに助言を求めた。


「な、なんでしょう?」


「慰霊碑はどんな大きさで、どんな石が使われていた?」


 一瞬その質問の意図が分からず、呆けてしまうがカンスケは素直に聞かれたことだけを答える。


「大きさは……そうですね。高さは、五間(9m)ほどでしょうか。石材の種類は分かりませんが、早雲寺の裏にずっとあったものを利用して和尚が作ったものです。昔は、その石をご神体として崇めていた事もあるそうなのですが……」


 カンスケの答えは、リッカ達の考えを僅かに助長するものであった。

 リッカは急ぎ足で部屋から出て行くと、カンスケがその後を追う。


 再び一人残されたソウケンは、肩を落とすタケゾウに声を掛けてやった。


「そう気を落とされるな。何かを憎もうとする気持ちは誰にでもある。それをうとんではならんよ。それに間違いなくトラキチ殿が、のだんじょんを作ったと言う証拠もない故に、信じて待つのが良かろう」


 普段であれば一回りも年齢が下の者に慰めの言葉を掛けられれば、「なめんじゃねえ!」と強がりの言葉が考えるよりも先に出た。


 しかし、ソウケンの言葉には、それをさせぬ重みがあった。


「ああ。すまねえな。俺が落ち込んでちゃオヤジが戻ってきた時にぶん殴られちまわぁな」


 タケゾウは、力なくソウケンに笑って見せた。


「その意気ござる。では、拙者もこの辺で御暇おいとまさせていただこう」


 タケゾウに綺麗にお辞儀をしてソウケンも部屋を後にした。

 これより宿に戻った後、グレイファングの者たちと合流しダンジョンに挑むため足早に帰り道を行く。


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