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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第10話 露天の風呂

 宿の風呂は露天であるらしく、建物の裏から外へと出る必要があった。


 裏口から外へ出ると短い距離ではあるが飛び石が風呂への道案内として敷き詰められているのが見て取れる。


 ソウケンは軽い足取りでそれを踏み進む。

 宿から四丈ほど離れた場所に背の高い竹の柵に目隠しされた風呂があった。


 ソウケンは備え付けられた籠に脱いだ服を投げ入れ、さっそく風呂場へと足を踏み入れると、視界を遮るように濛々(もうもう)と上がる湯気を、少し冷たい風が吹き飛ばす。


「うむ。良い風呂だ」


 石造りの浴槽は大人が十人入ってもまだ余裕のある大きさ。

 風呂の隅に置かれた桶で身を清めた後、ソウケンは左の足から湯へと入った。


「う゛う゛ぅ……」


 獣のような唸り声を上げながら、肩までとっぷりと温泉につかる。


 今までソウケンは失われた腕を見て気分を害する人がいるのではないかと懸念し、これまで温泉に入る事を諦めてきていた。

 それが、今は広々とした風呂に一人足を延ばしてはいることが出来る。

 その幸せを、ダンジョンで居場所を失った人には申し訳ないと理解しつつ、ソウケンは噛みしめていた。


 その時である。


「お背中でもお流しましょうかぁ?」


 艶めかしい声が湯気の向こうから聞こえてきた。

 ここにいる女性はもちろん彼女しかいない。


 ソウケンは心当たりのある名を呼んだ。


「……ダッキか?」


「フフフ。はいな、ここに」


 湯気で湿った石畳の上を四足の獣がゆっくりとした足取りでソウケンの元へとやってくると、岩で出来た浴槽の縁にちょこんと座る。


「フフフ。わたくしも人の身なれば共には入れましょうに。ああ口惜しいこと……」


 芝居がかった物言いでダッキはヨヨヨ……と泣いて見せた。


「ははは。それはまことに残念だ。しかし、ダッキの毛が湯に入ってしまうと宿の主人も怒ってしまうからな。一人湯に入る愉悦ゆえつを許しておくれ」


「フフフ、かまいませんとも……。湯につかれぬなら、せめて私は目の保養をさせてもらうことにしましょう」


 そう言ってダッキは、揺らめく湯の中に沈むソウケンの肉体を凝視し、ずるりと舌なめずりをした。


「まぁ、減るものでもなし。構わんよ。しかし、このような不細工な体見てもつまらんであろう?」


「何をおっしゃいますか。ソウ様の鍛え抜かれた体は、まさに三千世界に燦然さんぜんと輝く彫刻の様。ああ~……まっこと美しい」


 ダッキのまっすぐな賛辞にソウケンは照れて鼻の頭をぽりぽりと搔いた。


「ダッキよ、そう褒めてくれるな」


 ソウケンは一度、濡れた手を振るって飛沫しぶきを飛ばすと、ダッキの頭、耳の付け根のあたりを撫でてやった。

 それを受けるダッキは何とも心地良さそうに目を細め、もっとしてほしいと言わんばかりに撫でるソウケンの手に頭を押し付ける。


 その時である。


 ……チャプ。


 水滴が水面に跳ねるような音にソウケンが視線を動かし、ダッキはさもつまらなさそうに顔を背けた。


「……お邪魔虫が来てしまったようでありますねぇ」


 ダッキの鼻先とは逆方向、ソウケンの目線の先には先ほどまでなかった人影が湯気の向こうにぼんやりと映っている。


「……リッカ殿か?」


「……うん」


 湯気の向こうから湯を割り、ソウケンに近づくリッカの体は降り積もる新雪を思わせるような白。

 体のどこを見渡してもシミ一つなく、まさに神の作りたもうた芸術品を思わせた。

 リッカの白銀の長い髪は頭の上でまとめられ、濡れぬように工夫されている。


 リッカはソウケンから三尺ほど離れた場所に座り、「ふぅ……」と息を吐いた。


 湯気が立っているとはいえ、その裸体はしっかりとソウケンの目に映る距離であるもののソウケンのお顔に焦りも恥じらいも見えない。


 なぜならヤマトの浴場は男女混浴が常であり、湯を共にする女性の体を凝視するのは無作法とされた。

 故にソウケンは、目を空にやる。そこには夜空に僅かに浮かぶ雲の影と、煌めく星々が瞬いていた。


「……ここが、物の怪(もののけ)共に襲われているとは信じがたい」


 それにつられるようにリッカも目を夜空へと向ける。


「今日だけ……。明日からは、ダンジョンに挑む。なるべく早く、ここを元に戻してあげたい」


 そのリッカの言葉に、先ほど温泉に浸かる事が出来る幸せ感じたことを後ろめたく思いながらソウケンは頷く。


「そうであるな。明日からは拙者も粉骨砕身ふんこつさいしん、働かせてもらう事を誓おう」


「うん。これは今だけ……。今だけ……」


 なんの事はない。湯につかる幸せを感じているのはリッカも同じであった。

 旅の疲れが体から溶け出していくような快感に、リッカは口元まで湯船に浸かった。


 しばし、二人と一匹の間に静寂が訪れる。


 ソウケンは見上げていた視線を、ふと北の山へと移す。

 そこには竹の柵に邪魔されているものの山の中腹辺りに一つの灯りが見える。

 あそこがカンスケの言っていた早雲寺であると、ソウケンはぼんやりと理解した。


「本当にあそこに()()()()()があるのだろうか……?」


 夜空を背景に黒くたたずむ、さして標高の高くない其の山は、どこにでも見られる只の山のようにソウケンには見えた。


「見た目じゃ分からない。ダンジョンはこの世界とは別の空間にある野干ヶ森(やかんがもり)も本来なら、あそこまで広い森じゃないはず」


「ほう……左様かぁ」


 どこか間の抜けたソウケンの返事は、別の空間というものにピンとこない為だろう。

 それを理解したダッキが補足を付け加えた。


「フフフ。一応野干ヶ森のダンジョンのボスをしていた私から言わせてもらえば、ダンジョンは幽世かくりよに似た場所にあるのですよ」


「はぁ、幽世に……の。では、拙者は一度、生きたまま、あの世へと足を踏み入れたと言う事か。いや、貴重な体験をしたものだ。アハハハ」


 何が愉快なのか、この場にいた誰も理解できないが、ソウケンは笑った。その理解できない冗談をリッカがピシャリと叱る。


「本当の死人にならないようにしないとダメ」


「…………」


 リッカの注意喚起に、ソウケンは何を思うか返事を返すことはなかった。


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