第9話 ソウケン、冒険者と出会う
「リッカロッカさん。相変わらずですね」
リッカは足を止め、声の出所を探るように首を動かす。
その視線が止まった先にあったは、板間から二階に伸びる傾斜が急な木造の階段であった。
その階段をギシリ、ギシリと軋ませながら冒険者のオリーが現れた。
そして、彼に続くようにエルフのサラ、ホビット族のタタン、僧侶のカンタンも下りてきた。
「灰色狼……の皆?」
リッカはグレイファングと、何度かクエストをしたことがあり、ヤマトに来る船も同じであったのだ。
「お久しぶりです、リッカ様。活躍耳に入っております」
サラが恭しくリッカに向かってお辞儀をする。
彼女もまたリッカと故郷を同じくするエルフ族の一人であった。
「リッカ殿。そちらの方々は?」
ソウケンが少し声を潜めリッカに問う。
「皆、ゴンドワートで冒険者をしている人。灰色狼っていうパーティーを……」
「ちょちょちょ、一寸待ってくれ、リッカ殿。その……ぐ、ぐれいふあんぐ? ぱーてー? とは、一体何なのだ?」
困惑するソウケンに何とか伝わる言葉に変換できるようにリッカは思案した。
「うー……ん。えっと……グレイファングっていうのは彼らの集団の名前。それで彼がリーダー……じゃなくて、仲間を指揮する役目の戦士のオリー、彼女は魔法使いのサラ。あと僧侶のカンタンと歩荷のタタン」
リッカがそれぞれの名を告げる度に、名を呼ばれた者がソウケンに頭を下げた。
「そうか。皆、このヤマトを救わんと訪れてくれた者達か……。拙者ごとき若輩に礼を言われた所で大した労いにもならんだろうが、どうか言わせてもらいたい。ありがとう」
ソウケンはグレイファングの面々に頭を下げた。
突然見知らぬ侍に頭を下げられ、面食らうオリー達。
そんな中、片腕の侍について説明を求めようと、オリーが口を開いた。
「あっ、あぁ……。えっと……リッカロッカさん、この人は?」
オリーの視線を受けたリッカは、それを受け流すようにソウケンを見る。
ソウケンはオリー達に向き合い姿勢を正すと、自らの口で自分が何者であるかを語った。
「拙者、名をスズガ・ソウケンと申す。縁あってリッカ殿とだんじょんなるモノを閉ざさんと旅をして来たのだ。しかし、何分、だんじょんについては素人の故、足を引っ張るやも知れないが宜しく御頼み申す」
ソウケンは丁寧に頭を下げて見せた。
オリー達は、ソウケンを……。
いや、ソウケンの失われた右腕を見て困惑した表情を浮かべると、ソウケンの隣に佇むリッカに「彼は大丈夫なのか?」と言う視線を送った。
リッカはその視線に何食わぬ顔で大きく頷いてみせた。
ただそれだけ。
それだけで、オリー達の猜疑心に満ちた表情が一気に安堵の色に変わった。
S級冒険者とは、それほどに他の冒険者から信頼される存在なのだ。
そんなやり取りが自分の知らぬところで繰り広げられているとは、露とも悟ることの出来ぬソウケン。
オリー達が何も言わないことを不審に思い、リッカに助けを求めた。
「……拙者、何か変なことを申したか?」
ソウケンの問いにリッカは首を横に振った。
「大丈夫。誤解は解けた」
「はて、誤解とな?」
首をかしげ自分に不備があったのではないかと悩むソウケンを見て、オリーが大きな口を開けて笑う。
「なははは。流石、リッカロッカさんと一緒にいるだけあって中々、根性の太い男と見える。俺は気に入ったぞ!!」
オリーがバシバシとソウケンの肩を力強くたたくと、それについてサラが「失礼でしょ!」と止めに入るのだが、当の本人であるソウケンは満更でもない様子。
「いや、何も気にすることはござらんよ。異国の兵に評価をされるなど感慨も一入にござる。ハハハ」
ソウケンの朗らかな笑いに、オリーが調子づく。
「ほれ見ろ。ソウケンも気にすんなってよ」
「もう!!」
オリーの無作法を窘めるようにサラがオリーの肩を軽く叩いた。
このやり取りグレイファングの間では、いつもの事なのだろう。
他のパーティーメンバーは「やれやれ、またはじまったぞ」とでも言いたげな表情を作った。
その様子を窺っていたカンスケが注目を引くため一度咳ばらいをする。
「ゴホンッ! ……オリー殿たちは、町の巡回に行く時間では?」
すでに日は暮れ、いつ魔物たちが現れてもおかしくはない時間になっていた。
「おお!! そうだった、そうだった。リッカロッカさん、今日の所は俺達に任せて休んでいてくださいよ。俺達も明日の昼にはダンジョンへ向かおうと思ってたんで、その時に、ご一緒しましょうや。それに、この町で動くってんなら虎吉一家のトコにも挨拶に行くんでしょ?」
「トラキチ一家?」
リッカが知らない名前に聞き返すとオリー達に代わり、カンスケが答える。
「え、ええ。この町の……いや、この関下一帯の賭場をしきってる侠客です。お恥ずかしい話、表向きは私が宿場の代表なんて言ってますが、本当にここを収めてるのはトラキチの親分さんでして……」
「なるほど、そうか。で、あるなら拙者も挨拶に……」
ソウケンが腰を上げようとするのを、カンスケが止める。
「いや、トラキチ一家の衆も今しがたは町の見回りに出てますから。それに最近はトラキチの親分は体のどこか悪いようで姿も見せませんし。挨拶は明日の朝の方が……」
「ん? そうであるか。では、今日は皆の厚意に甘えさせてもらうことにしようか?」
ダンジョン関係に関しては一応の主導権はリッカにある。ソウケンは、リッカに意見を仰だ。
「わかった」
リッカが一言頷くと、オリー達もやっと動き出す目途が立ったようで揃って玄関口へと歩みを進めた。
「じゃあ、また明日会いましょうや!」
これから命を掛けた戦いをするとは思えない明るい声でオリー達は外へと向かった。
それを見送り終わるとカンスケがソウケン達の方へ振り返り「さて、と!」と、一拍手拍子を打ちソウケン達の泊まる部屋へと案内するのだった。
「ささ。どうぞ、どうぞ。お先に届いた荷物も部屋に置かせてもらっておりますので」
ソウケンたちが通されたのは宿の一番奥の座敷。
襖を抜けた先に用意された部屋は八畳の一室のみ。
外に面した窓は襖で閉ざされ、床の間には刀掛が置かれた簡素な作りの部屋だった。
カンスケに言われた通り部屋の隅には、行燈と共にソウケン達の荷が置かれている。
しかし、それよりも目立つのは部屋に敷かれた二組の布団。その間を仕切るのは簡素な和紙張りの衝立のみである。
この状況かつてのソウケンならば、慌てふためくところであるが、旅の果てにたどり着いたこの状況に慣れたものである。
「かたじけない」
礼を言って、部屋の中へと進む。リッカに至っては、すでに入り口の向こうの布団の上に座っていた。
ソウケンは下げていた刀を取り、袴を脱ぐ。それを当たり前のようにカンスケが手助けをしながら、言葉を発した。
「そうでございました。あの、食事はなのですが……このような時ですので簡素ではありますが、一応ご用意させていただきます。ですが少しばかり時間がかかりますので、よろしければ、それまでの間温泉にでも浸かって旅の疲れを癒して下さい。……では、ごゆるりと」
カンスケが静かに襖を締めると、ギシギシ……と廊下のきしむ音が部屋から離れていった。
ソウケンは荷物の中から手ぬぐいを取り出し、それを左肩にかける。
その様子を黙って見ていたリッカの口が開いた。
「どこに行く?」
「ん? 主人が言っておったろ? 拙者、これから温泉へ湯浴みに行くのだ。そうだ、リッカ殿も?」
浮かれ顔のソウケンはリッカに問うてみたが、リッカは特に表情も変えず、ぺたりと布団の上に座ったまま一言。
「……ん、考えておく」
「そうか。では、拙者は遠慮なく……」
鼻歌でも歌い出しそうなほど、嬉しそうにソウケンは部屋を出て行くと、その後をリッカはいつも通りの無表情でそれを見送った。




