第6話 山籠宿の一夜
――ソウケンが寝間に付いたと同刻。山籠宿。
カーンッ! カーンッ! カーンッ!
火の見櫓から半鐘の甲高い音が鳴り響いていた。
半鐘が鳴り響くということは、常ならば火事を知らせると言う事なのだが、ここ山籠宿では違った。
本来なら火の手から逃げ惑う人たちで往来は一杯になるのだが、今は逆。
人々は急いで家に戻り、戸に心張棒を立て掛け、家の中に引きこもり息を潜めた。
道を歩くはヤマトの町に似つかわしくない異国情緒溢れる装備を身に着けた者たち。
――異国より訪れた冒険者だ。
「オリー、どう?」
「分からない……いや、いたぞ!!」
エルフの女性からオリーと呼ばれた中年の男は、道の先にぼんやりと薄青く光る人影を確認した。
それはゴンドワートで幽鬼と呼ばれる死せる者の魂が魔物化したモノであった。
それが道の真ん中をふわりふわりと彷徨っている。
「どうする、オリー?」
「どうするったって……」
オリーは困惑の表情を浮かべ、どう目の前のゴーストと対峙するのか思案していた。
――ぎゃぁああああ……
しかし、其の間に遠くの方で上がった叫び声が耳に入った。
相手が眼前の一匹だけではないと知って、オリーの覚悟が決まる。
「ちっ! 仕方ねえ……」
オリーは腰に下げた剣に手をやる。其れは、魔剣の一振。
かつてゴンドワート大陸のダンジョンボスを倒した際に手に入れた、炎の魔剣『フレイム・タン』だ。
実体を持たないゴーストの対処には、現状それが最適解だと誰もが理解していた。
しかし、それをエルフの女性が止めに入る。
「ダメっ! それは禁止されてるでしょ?」
「でもよぉ!」
彼の魔剣は町中で振るうことは御法度とされていた。
なぜならヤマトの建物のほとんどが木造であり、一度火事が起これば、町が全焼することもあり得るのだ。
魔素不足のため魔法も使えず、物理攻撃も通らない幽鬼相手に連日オリー達は苦戦を強いられていたのだ。
「みんなごめんね、僕が役立たずなばかりに……」
仲間に頭を下げるのは聖職者のカンタン。
宗教の違いか国の違いか分からぬが、彼の作った聖水や浄化の祈りもまた、ここでは効力を発揮することがなかったのだ。
「カンタンのせいじゃないよ……。この国の魔物が異常なだけ」
オリーを諫め、カンタンを励ますのは、このパーティーの紅一点エルフのサラだ。
しかし、彼女の内心は焦る気持ちで満たされていた。
ここに派遣されてから、数多くの仲間がモンスターの餌食になり敗れ去っているのだ。次は自分たちの番ではないかと、心配する気持ちが彼女の不安を駆り立てるのだった。
「あの……これ、どうかな?」
そう言って大きなリュックから御経がびっしりと書かれた通い徳利を持ち出したのは、小柄なホビット族のタタンだ。
「なんなんだ、こりゃ?」
徳利を手に取り、怪訝な顔でオリーはタタンを見返した。
「お酒……。お寺のオショーがくれた。これなら、剣を清められるかも?」
「かも? だとぉ……」
酒の入った徳利と、幽鬼を交互に見比べる。
「ちっ! 仕方ねぇ。こうなりゃ、やけくそだ!!」
徳利の蓋を指で弾き飛ばすとツンとしたアルコールの匂いが鼻に付いた。
それを気にすることなく、オリーは勢い良く酒を剣にかけていく。
「オショー、これでダメなら俺が化けて出てやるからな!!」
酒でびしょびしょに濡れた剣を構え、オリーは幽鬼へと突進していった。
もともと動きの遅い幽鬼へ、オリーが一足飛びで間合いを詰める。
それに対応しようと、幽鬼が生命吸収をしようと手を伸ばすが、時既に遅く、オリーの剣が振り下ろされた。
――お゛お゛お゛……お゛ぉぉぉ!!
苦しみの断末魔を上げ、幽鬼は霧が晴れるかのように消え去っていく。
「こいつは、すげぇ……」
幽鬼を切り裂いた酒に濡れた剣を眺める。
「「オリー!」」
物陰に隠れていた仲間達が、オリーの元へ駆けつけた。
「でかしたぞ、タタン」
「へへへ」
背筋をピンと伸ばしてもオリーの腰に届かない低い位置にあるタタンの肩を叩いて、酒を持ってきたという今日一番の功績を称えた。
ヤマトに来て以来の目に見えた勝利に、皆が歓喜の声を上げる。
しかし、まだ敵は多い。
そして、その敵を無尽蔵に産み出すダンジョンは今だ健在である。
A級冒険者パーティー『灰色狼』。彼らに油断はない。
すぐに来るであろう会敵に備え、再び陣形を整える。
その際、オリーの目線が、ふと宿場町の北側にある山に移った。
そこには山肌を割るように一本の参道と、その先に立つ寺が一つ。
「早くダンジョンを閉じねぇと……な」
その言葉を残し、オリー達は魔物を狩るため闇夜の中へと走り出した。




