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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第5話 宿の夕食

 その日の晩の旅籠はたごのにて。

 ソウケンや他の旅人達が一同に広い板間の食堂で夕食が運ばれてくるを待っていた。


 本来ならば夕食は宿が提供してくれるのだが、ソウケンが無理を言って今日手に入れたうなぎを調理してもらう事となっていた。


「あーい、お待ちどうさまぁ」


 待ちに待った夕餉ゆうげの時。女将と手伝いの者達が一斉に客の前に膳を置いていく。


 出された料理は、白飯に、白菜の香の物、味噌汁、そして鰻の白焼きであった。


 あまりに大きな鰻は、ソウケン達だけでは食べきることが出来ず、他の客たちもその相伴に預かることとなったのだった。


 鰻のあまりの美味しさにソウケン達だけでなく他の客たちも「美味い、美味い」と舌鼓を打った。

 ソウケンは、その様子をさじで飯を口へ運びながら、満足げに眺めていた。


 リッカも黙々と白米を口に運ぶ。


「どうだ、リッカ殿? 口には合ったか?」


 もぐもぐと夕食を咀嚼しながら、リッカは大きくうなずく。それだけで、彼女が今日の料理を気に入ったのがソウケンには理解できた。


 すると旅籠の女将がつつぅっとソウケンの下へとやってきた。


「お侍様、お侍様。あの鰻はどこで手に入れたんだい? これだけ評判がよくっちゃ、これからも店で出さないわけにはいかないよ」


 ソウケンは食事の手を止め、女将に今日会った漁師の伝助でんすけの事を伝えておいた。


「……そうかい、わかったよ。その伝助って男に、これからはウチに優先して鰻を卸してくれるよう頼んでみるよ。ありがとね」


 こうして、この旅籠の鰻料理が有名になったと言うのは、また別の御話。


 ソウケンは鰻の白焼きを二切れ持って、旅籠の外へ出ると、その足で裏へと回った。


 其処そこは旅籠から漏れる灯りが、ひっそりと照らす小さな裏庭。

 宿の中から楽しそうな笑い声が微かに聞こえる。

 

「こんな所ですまぬな……」


 そこには背の高い雑草を寝台にしてぺたりと伏せるように横たわる美狐みこ、ダッキの姿があった。

 ソウケンが声をかけるなり、顔を上げ、口角を吊り上げた。


「フフフ。構いませんよぉ」


「これは土産だ」


 ソウケンは二切れの鰻の白焼きを地面に置くことなく掌の上に乗せ、ダッキに差し出す。


「では、遠慮なく」


 ダッキはソウケンの手から、うまい具合に柔らかな鰻の肉を一枚ずつ口に運び、裂けた口から零れないよう器用に咀嚼していく。


 たった二切れの鰻はあっという間にダッキの胃の中に収まってしまった。


 そして、最後、ソウケンの掌をペロリと舐めると「美味しゅうございました」と怪しく笑って見せた。


 ソウケンはそのまま地べたに座り込んで夜空を見上げる。そこには燦然さんぜんと輝く星が無数に広がっていた。


「今夜は新月か……。どうりで星が良く見える」


 それに答えるようにダッキも顔を上げ夜空を見上げた。


「まこと綺麗でありますねぇ……」


 二人の間には静寂が訪れた。

 耳に入るのは、旅籠の中から漏れ聞こえる声と、夜風が揺らす草の音だけであった。


 その音に合わせるかのようにソウケンが小さく声を発する。


「……ダッキよ」


「なんでありましょ?」


此度こたびの旅への同行、誠に礼を言う。ありがとう」


「フフフ。構いませんよぅ。気に入った男性が死地に向かおうと言うのです。それに供することが、出来るとは女冥利(みょうり)に尽きるというものじゃぁありませんか。……それよりも、何か私に聞きたいことがあるのではありませんか?」


「……ああ、その通りだ。ダッキには敵わんな」


「それは、伊達だてに年を重ねてはおりませんから。フフフ」


 ソウケンは少し言いにくそうにしながら言葉を探すが、結局は全てダッキに悟られてしまうのだからと素直に胸の内を話すことにした。


「ダッキ殿は、我らを恨んではおらんのか?」


「我ら……とは、侍の事でしょうか? それとも人間の事でしょうか?」


 その問いにソウケンは答えを詰まらせる。


「んー……どちらだろうか? 侍も人の内であるからなぁ……やはり人間であるかな?」


「フフフ。ソウ様なら、そう答えると思いましたよ。まぁ、あのアカツナなる、あの小僧には、それこそ臓腑ぞうふが煮えるほど怒りが湧いておりました。今でもあの顔を思い出すだけで、憎うて憎うて呪ってやりたくてしかたがありません」


 あの時の事を思い出したのか、その顔は怒りに醜く歪み牙を剥き出しに「グルルル……」と唸って見せた。


 しかし、すぐにいつものダッキに戻る。


「でもね、それだけをいだいて生きていくのは、面白くはないでしょう?」


「面白くない?」


「はいな。人の心の中には数多くの感情がありますでしょう? それなのに怒りや恨みだけでその中を一杯に満たすのはつまらないでは、ありませんか? 楽しき事、嬉しき事、悲しき事、全てをい交ぜにしてこそ、生きていて面白いのですよ」


 ソウケンはダッキの言葉に得心が言ったのか、うんうんと頷いて見せた。


「なるほど......な。良いも悪いも綯い交ぜか。その考えはとても良い。拙者もその教えを胸に留めさせてもらっても良いか?」


「ええ。もちろんですとも。ソウ様のその素直な心はとても好感が持てますよお。それに比べ、あの小娘ときたら……」


 あの小娘とは、リッカの事であった。


 ソウケンは、ころころ変わるダッキの表情と感情に苦笑いを浮かべつつ、ここにいないリッカに助け舟を出してやる。


「まぁ、長くも生きていれば小さな感情なぞ、どこかに置いてきてしまうのだろうなぁ」


 ソウケンは、僅かな時の中ではあるが共に暮らし、リッカがどのような人間なのかを知ろうと努めてきていた。


 その中で、リッカにも心動かされる場面があることを知っている。


「ソウ様まで、あの小娘を甘やかして……。私にしてみれば、あれは感情をどこかに置いてるわけでは、ありませんよ。どこか故意に感情を伏せているような気がするでありますよ」


「そ、そうなのか?」


「はいな。私を見てくだされば御分かりでしょう。あの女よりも長く生きておりますが、どうですか? あのように仏頂面をぶら下げてはおりませんでしょう?」


「拙者にはリッカ殿が仏頂面とは思わんが……言われてみれば、そうであるな」


 リッカについて思いを馳せるが、彼女の生きてきた年月を計ることなどソウケンに出来るはずもない。


 そうそうにソウケンはリッカの事を考えるのは諦め、立ち上がると尻に付いた草を払った。


「ま、考えたところで、リッカ殿の心の内は読めまい。それよりももう夜は更けた。寝よう、ダッキ」


「そうでありますな……。では、ソウ様、おやすみなさい。どうか良い夢を」


「ああ、ダッキも」


 いつの間にか旅籠の灯りは消えていた。

 星のつたない光をたよりにソウケンは寝間へと戻っていった。


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