第4話 伝助の奇妙な一日
俺の名前は伝助。
ここ千鳥川で代々、魚を捕って生計を立てる家に生まれた。
そのことに何の疑問を抱くことなく、今日この日まで一生懸命に生きてきた。
今日だっていつもと同じ一日を送るはずだった。
朝早くに三つ年下のおっ母と一緒に目が覚めた。
おっ母は最近生まれた息子に乳を飲ませた後、家の用事を休む間もなく始めた。
俺も白湯をいっぱい飲んで、仕事の準備だ。
腰には自分で編んだ藁の魚籠をぶら下げ、頭には手ぬぐい巻いて菅笠を被る。
「今日もちょっくら行って来るぜぇ」
家の中にあいさつをすれば、子供を背負ったおっ母が「あいよ~」といつものように返事を返してくれる。
「さあて、今日は鰻でも捕るかね」
千鳥川で捕れた鰻は将軍様の御膝元である潮戸でも味が良いと評判らしい。
俺は俺のじいさまから教えてもらった鰻が捕れる穴場へと足を延ばす。
そこは川が淀み、泥が積み重なって葦が生い茂る誰も入らない場所だ。
じいさまは何と、そこで一間(約180センチ)にもなる鰻を捕ったことがあるそうな。
まあ、そんな眉唾の話は置いておいても、ここでは良く鰻が取れる。
葦を掻き分け、泥に足を漬ける。
「つめてぇ~な、おい」
みるみる泥が体温を盗んでいきやがるが文句は言えねぇ。
足先で泥ん中を探って歩く。
すると、泥の中にぽっかりと開いた穴がある。これが鰻の寝床だ。
「んん~? こりゃ、大物かぁ?」
いつもより随分と穴の入り口がでけぇんじゃねえか……?
俺は腕をその穴の中にずぶずぶと突っ込んでいく。
「んん? ここか? なかなか深ぇな……」
ほとんど首まで川の中に身を浸して、鰻の寝床の中に腕を突っ込んだ。
ぬるりとぬめる何かが俺の指先に触れた途端、暴れ出した。
「おっ!! でけぇ!!!」
俺くらいになれば、見なくても触った感じで獲物がどれくらいの大きさか、だいたい分かる。
こりゃ、じい様に聞いた化け物鰻に引けも取らない大きさと見た。
俺は鰻の頭にあたりに狙いをつけ、その根元にある鰓に指をひっかける。が、あまりの太さに指がなかなか回らない。
「逃げるんじゃ……ねえ!!」
暴れ、くねる鰻をなんとか、寝床から引っ張り出してやる。ついに化物鰻とご対面だ。
「うおお!!」
それは俺の身の丈と変わらないほど、大きな鰻だった。そいつが捕まってなるものかと、のた打ち回る。
ここからは、鰻と俺の命を懸けた大戦。
手からぬるりと逃げ出す鰻が服の中に入るは、褌に絡み付くは、くんずほぐれつ大暴れ。
俺の着ていた着物や菅笠は川に流され、どっかに行っちまった。
それでも半刻ほどの長い戦いに勝利したのは俺だ。
体中泥まみれ。俺に残ったのは褌一丁と大きな鰻だけ。
俺は、仕留めた鰻を川べりに置いておいた魚籠に投げ込むと、力尽きてつい寝ちまった。
「ふぁあ~……、腹減ったなぁ。家に帰るか」
起きた時には、もうすっかり昼を過ぎてた。
寝ぼけた頭で、魚籠を担いで葦を掻き分け、道に出た。
そこで俺は……
◇◇◇
ソウケン達はしばらく黙って川沿いを歩いていると、突如、葦原ががさりと揺れた。
「むっ?」
ソウケンが揺れた葦に目をやると、それを割るように泥にまみれた男が現れる。
「おっ!!」
男は、ソウケン達に驚いたのか大きく目を見開き、その場で固まった。
ただ、それだけの事なのだが……。
ここで大きく勘違いをしてしまった男がいた。
……ソウケンだ。
ソウケンは泥にまみれた男を見るや、リッカ達を庇うように前に出た。
「こ奴は、ゴブリン《ごぶいん》か!?」
違う。泥にまみれた伝助である。
しかし、思い込んだら一直線のソウケンの勘違いは続く。
以前、ゴブリンを童と見間違った時とは違うとばかりに、ソウケンはゆっくりと目の前に立つ者を観察した。
それは足先から頭の上までじっくりと。
そこでふと目線が頭の上で止まった。
「何と河童か!!」
違う、伝助だ。
しかし、伝助の頭頂は悲しいかな……まん丸く皿のように禿げていたのだ。
「あう……あうあうあ……」
突如、侍からの言いがかりに怖気図いて伝助は言葉が出ない。
何とか、違うと伝えようと、腕を前に出すが、これがいけなかった。
「突っ張りか? お主、拙者と相撲を捕りたいと申すか?」
そう河童は相撲が好きなのだが、これは伝助。相撲をしたいわけではない。
リッカがソウケンの考えを正そうと名を呼ぶ。
「ソウケン、違う」
「リッカ殿、分かるのか!? その通り。これは河童と言う相撲好きの妖怪にござる! もんすたあとは違うのだ」
ソウケンは腰を低くし、河童と相撲を取らんと四股を踏み出した。
「よいしょー!! よいしょー!!」
「ソウ様!」
「ソウケン!」
ダッキとリッカの声が重なる。
「おろ?」
そこでやっとソウケンは動きを止めて、リッカ達と向き合った。
「それは、ただの人」
「そうでありますよ。良く良くご覧くださいませ」
二人に促される形でソウケンは目の前にいる伝助を見た。
伝助は恐怖から腰が抜け、その場に座り込んでしまっている。
可哀そうにその目には涙まで浮かんでいるではないか。
つぅっと頬を伝う涙が、泥を流し、伝助本来の肌の色が現れた。
「なっ!!」
それを見るや、ソウケンは地面にひれ伏した。
「すまぬっ!!」
斬られるかと思った矢先、突如、土下座をされた伝助。
這いずるようにソウケンの元へとやってくる。
「お、お侍様が俺なんかに頭を下げないでください」
「いや、これは全面的に拙者が悪いのだ。許してもらえるまで頭を上げるわけにはいかん!」
これに困った伝助は、侍の連れであるリッカに助けを求めんと視線を送る。
しかし、リッカは何も言わない。
なぜなら、ソウケンが悪いからだ。
「わかりました。許します。許しますから、頭を上げてください」
そう言われ、やっとソウケンは地面に擦り付けた額を上げる。
しかし、正座は崩さぬまま。
「なんと度量の大きな御仁か。その情け、かたじけのうござる」
「い、いえ。そんな大したものじゃありません。では、俺はこれで……」
そそくさと逃げるようにその場から離れようとする伝助にソウケンが待ったを掛ける。
「少し待たれよ。なぜ貴方はそのような身なりなのか拙者に教えては、もらえんだろうか?」
聞かれた伝助は、先ほどまでの大鰻との戦いを身振り手振りを加えて、ソウケン達に教えた。
「……なるほど。それほどの激闘であったか」
「ええ。しっかし、こいつのお陰で、えらい目にあいました」
そう言って、魚籠を指さした。
ソウケンは魚籠の中を見ると、その鰻の大きさに感嘆の声を上げる。
「まっことに大きな鰻だ。リッカ殿、ダッキも見てみるが良い。こんなに大きな鰻なかなか目にすることできんぞ」
そう言われ、少し誇らしい気分になる伝助にさらに吉報が訪れる。
「いや、これは何かの縁。それに詫びも兼ねてなのだが、この鰻、拙者に買い取らせてはもらえんだろうか?」
ソウケンからの提案に伝助は思案した。
おそらく問屋に卸しても買いたたかれるのが関の山。
たしか、じい様が捕ったと言った鰻は五百文ほどだったか……。
黙って考えている伝助にソウケンが懐から財布を取り出し、一両小判を差し出した。
「これでは足りんか?」
それは伝助の月収を上回るほどの報酬であった。
「い、良いんですかい?」
遠慮がちに、震える声で聞いた。
「当たり前だ。このような立派な鰻を捕った漁師への報酬だ。決して高くは無かろうて。それに先ほども言ったが拙者の詫びの気持ちも入っておる故、どうか受け取ってほしい」
ほほ笑むソウケンの手から、おそるおそる小判を取る。
「ありがとうごぜぇやす、ありがとうごぜぇやす」
嬉しさのあまり何度も何度もソウケンに向かって頭を下げた。
「いやいや、礼はこちらが言いたい。これからも漁に励むと良い」
「へいっ!!」
元気に返事をして、家路に去っていく伝助をソウケン達は見送ったのだった。




