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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第3話 関所を越えて

 森を割るように続く街道に瓦屋根の建物が沿うように並び出す。

 ここは中立なかつ街道に設けられた関所の一つ八坂関所。


 関所に置かれた番所では毎日、役人が不法な武器の流出や犯罪者の移動を厳しく取り締まっていた。


 番所ばんしょの前には関を越えようとする商人や飛脚ひきゃく、旅人たちが列を成している。


 その先頭に立つソウケン達が見える。


 番所につめる役人が業務である人相検にんそうあらためのために、リッカに被る頭巾を取るように促していた。


 それに素直に従いリッカは躊躇ためらうことなく頭巾に手を掛けた。


 春風と共に煌めく白銀が泳ぎ、華麗なる顔が白日の下に晒される。


 一瞬列を成していた人たちがその美しさに息をのんだ。


「ほう……。あなたが異国から訪れたという冒険者なる御仁かぁ……」


 毎日、人の顔なぞ見飽きたであろう役人もリッカの顔を見て、その美しさに目を奪われていた。


「……あのぉ、先を急ぐ身(ゆえ)、そろそろよろしいか?」


 時を忘れリッカに魅入る役人にソウケンが声を掛けると、その役人は恥ずかしさを胡麻化ごまかすため咳ばらいを一つして真面目な顔を取り戻す。


「う、うむ。通って良しっ!」


 文机に置かれた帳面に何やら記入し、ソウケン達は通行を許された。


 ここに至るまでいくつか関所を通ってきたが、どこの関所も呆気ないほどすんなりと通過することが出来た。


 これは全国各地の関所に、異国の冒険者の存在が通達されているからであり、彼らは無条件に関所を通行することが許されていたのだ。


 そしてまた『ダンジョン侍』なる役職を持つソウケンも天下の将軍東條家時(とうじょういえとき)のお墨付きとあって、関所を難なく通ることが出来たのだった。


 二人が並んで関所の門を潜ろうとした時、番所につめる役人から声がかけられた。


「しばし待たれよ」


 何事かとソウケンは身構えた。

 役人がわざわざ番所から出てきてソウケン達の元へとやってくる。


「お二人は、この先の山籠やまごめへと参られるのだろうか?」


「はい。拙者たちはそこの()()()()()を閉じんがために……」


 そこまで言うと、役人が突然ソウケンの手を取る。


「お二人の尽力、誠に感謝します! 私どもがの地で出来ることなど微々たることでしかありませぬ。どうか、どうかこの地に再び太平たいへいをもたらしてもらいたい」


 力強く握るその手から、必死さが伝わってきた。

 おそらくこの役人の親類縁者しんるいえんじゃが山籠宿にいるのだろうことは容易に理解できた。


 ソウケンは、優しくその手を握り返す。


「死力を尽くすことを誓います。どうか、安心して勤めに励まれると良いでしょう」


 ソウケンに深々と頭を下げると、役人は自分の仕事へと戻っていった。

 それを見届け、二人は関を越え、歩き出しす。


「……ハハハ」


「……どうか、した?」


 突如笑い声を上げたソウケンにリッカが尋ねた。


「いや、なに……。少しばかり面映おもはゆいと思ってな」


「どうして?」


「んー……」


 ソウケンは頭の中にある言葉を探るように空を見上げた。街道の脇から生えた木々の葉の間から見える空は高い。


「拙者、人のために戦う事なぞ、ほとんど無かったものでな。誰かを救うためにこの力を使えることが少しだけ嬉しいのだ……」


 鳴らぬ鈴の付いた刀を撫でた。


「……そう。ソウケンならきっと多くの人を救える。それに私も助けられた人の一人。ありがとう」


「いやいや。礼など……」


 ソウケンは照れて頭をガシガシと搔きむしった。


「ふふふ。照れて、お可愛かわゆいこと……」


 いつの間にやらダッキが足元に付いていた。

 ソウケンは驚くこともなく、話題を変えようとダッキに話しかけた。


「迷われなかったか?」


「ええ。ソウ様の匂いなら、どんなに離れても分かりましょう」


 ダッキは関所を囲む森をぐるりと迂回してソウケンのもとへと来たのだ。


「そうか? 拙者は、そんなに臭いのか?」


 ソウケンは自分の服の匂いをクンクンと嗅いでみる。


「そうじゃありませんよう。女なら惚れた男の香りをたがうことなどありましょうか?」


 ダッキの言葉を他所にソウケンは「自分では分からんな」と、悩ましげに首を捻っていた。

 本当に聞こえないのか、それとも聞こえぬふりをしているのか、それはソウケンしか分からない。


「フフフ。ういこと、ういこと」


 その態度にも、満更ではない様子で口を三日月のように歪めて笑みを浮かべる狐。

 

 そうやって賑やかではあるが穏やかな道中を進めば、いつしか森を抜け、あしが所々に生える川が現れた。


「おお、これが千鳥川ちどりがわか」


 急流とまではいかない川の流れが、いくつかの白波を作り、陽光を反射してキラキラと煌めいて見せていた。


 この川こそ関下せきしも地方を流れる有数の清流、彼の俳聖松長蘇鉄(まつながそてつ)が『雨後うごの虹 束ね流るは 千鳥川』と、詠みし川である。


「いやぁ……まこと風流であるな。なぁ、そうであろ、リッカ殿?」


 ソウケンがその風景に思いを馳せているが、リッカは歩みを止めることなく目を僅かに流すだけ。


「そう? どの川も一緒」


 そう言って、すたすたと先を歩いてしまう。


「ソウ様。あの小娘には、季節の移り変わりを思う機微きびなぞありますまいて。それに変わって、このわたくしは、この川とても綺麗に思いますよぉ」


 ダッキがソウケンの足元にならんで同じ景色を見る。


「まぁ、リッカ殿にはリッカ殿が美しいと感じるものがあるのだろう。何も拙者と同じものに関心持つ事もあるまいよ。ハハハ。それよりもダッキは、やはり心根が優しいな」


 ソウケンはダッキの言葉に、自分を気遣う音を読み取り感謝を伝えた。

 まさか、そこに礼を言われるとは思わなかったダッキは一瞬だけたじろいでしまうが、すぐにいつもの調子を取り戻す。


「まったく……。ソウ様のそういう所が良いのですよぉ」


 リッカの足取りを追うソウケンの足元を少しだけ跳ねるような足取りでダッキはついて行った。


 リッカはソウケン達が追いやすいよう僅かに歩く速度を緩め歩いていた。

 その心の内に思うは、己の物事の関心の薄さについてであった。


 かつては自分も同じように世界の美しさに息をのんでいた記憶はある。

 あれは初めて勇者のパーティーに加入したときか……


 魔王を倒さんと仲間共にゴンドワート大陸を駆け巡ったものだった。

 その時に見た永遠に続くかと思われた砂の海や、空を切り裂くほどの山脈、巨大な氷柱ひょうちゅうが乱立する雪原、どれもが自分の人生を変えるかと思うほどの景色であった。


 しかし、いつしか全てが同じように感じるようになってしまった。

 そよぐ風も、流れる雲も、雄大な大地も、生命萌ゆる新緑も、荒々しく波うねる海も、全てが同じ。


 いちいち景色を見ては喜ぶソウケンに対し、リッカは少しだけ羨望せんぼうの気持ちを持っていた。


 そんなリッカにソウケンが飽きもせず話しかける。


「リッカ殿、よき風だ……」


 川から運ばれる少し湿気と冷たさを帯びた風が、リッカの長い白銀の髪を泳がせた。

 それは、世界を旅したリッカにとっては、ほんの毛ほども感じられぬ些細な事象であった。

 しかし、確かにほんの少しだけリッカの心が動かされたのだった。


「……気持ちの良い風」


 リッカがぽつりと呟いた。

 一瞬だけ、そのリッカの答えにソウケンは目を丸くするが、すぐに調子を戻す。


「フフ、まこと、そうであるなぁ」


 ソウケンはそれだけ答えると、リッカと共に晩春ばんしゅんの風を感じるよう黙って歩いた。


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