第2話 赤羽藩からの依頼
スクザと別れたソウケン達は、その足で野干ヶ森の裾にあるソウケンの自宅へと戻ると、自宅の玄関前に見知らぬ男の後姿があった。
「おろ? 珍しく客人かな?」
男は、主の居ない屋敷の前で困り果てているようである。
ソウケンは自宅へと続く道から、男に声を掛けた。
「どちら様かな?」
男はソウケンに声を掛けられるや、直ぐに振り返り、ソウケンの元へと駆け寄った。
「突然の訪問すまぬが、御二方は『ダンジョン侍』のスズガ・ソウケン殿とゴンドワートよりお越しの冒険者リッカロッカ殿とお見受けするが相違ないか?」
男は髷をしっかりと結い、裃を羽織った所から、身分の高い者だと見受けられた。
「ええ、間違いありませぬが……」
ソウケンが言い淀むと、男は気づいたように自己紹介を始めた。
「ああ、すまぬ。私は、赤羽藩が大名、不知火元就様にお仕えする、コノエ・シンゾウと申す者」
「?」
リッカにはピンとこない様子だが、ソウケンは違った。男の名乗りが終わる前に頭を下げる。
「これはこれはとんだ御無礼を。シラヌイ様に使える方とは知らず……失礼しました」
「いやいや、頭を上げられよ。ソウケン殿はトウジョウ様直々に仕えられる御仁。私に頭を下げる身分ではないではないか」
「そ、そのようなわけには……」
謙遜をするソウケンと、それを止めたいコノエ。いつぞやのアカツナとの問答を思い出す場面であった。
そんな二人にリッカが助け舟を出すように隣で頭を下げるソウケンに問うた。
「……誰?」
一瞬、場が凍り付くのだが異国より訪れたリッカが藩の事情を知らないのは自明の理であり、この場で彼女を咎める者は居なかった。
ソウケンは、頭を下げることをやめ、目の前に立つ男が仕える赤羽藩もとい大名シラヌイについて簡単に説明をする。
「この方が仕えるシラヌイ・モトナリ様の赤羽藩は関下地方有数の石高を誇っておられる大大名様なのだ」
「そう。こんにちは」
長く生きるリッカにとっては王侯貴族も平民もただの人なのだろう。
コノエも久方ぶりに聞く、飾り気のない只のあいさつに毒気を抜かれ、笑みをこぼす。
「あ、ああ。こんにちは。リッカロッカ殿」
そのやり取りを見て、頭を下げた自分が少しばかり恥ずかしくなるソウケンであった。
そんなソウケンを構うことなくリッカは話を続ける。
「それでコノエは何の用で来た?」
小さく小首を傾げて見せた。
「おお、忘れる所であった。トウジョウ様よりソウケン殿の事を聞いたシラヌイからの言伝である」
そう言うと懐からつづら折りにされた書状を取り出し、ソウケンに向けて読み上げ始めた。
「東條様より『ダンジョン侍』なる任、預かりし煤瓦壮健。此れより我が藩に出向きダンジョンを閉じる事、己が役目とせん。この事、火急の用なれば急ぎ山籠宿まで来られたし」
書状を読み終わると、再びそれを懐にしまう。
「……と、いう事なのだ。ここ中立地方と我が藩のある関下地方を結ぶ中立街道の宿場町の外れにダンジョンがあるのだが……。それが最近になって妖どもを無数に排出するようになってしまってな。火急の用なのだ」
「なるほど……。しかし、そのだんじょんにはリッカ殿のような冒険者の方達が出向かれているはずでは?」
ソウケンの問いにコノエは渋い表情を作った。
「ああ、いるにはいるのだが……。彼らも必死に戦ってくれてはいるのだが、如何せん量が多い。こちらは怪我人、死人ばかりが増える一方で、一向に埒が明かんのだ。そんなおり、ヤマトで初めてダンジョンが閉じたというではないか! しかも聞けばその偉業を成したのが冒険者ではなく、我らが武士であると聞いて我が殿がソウケン殿に依頼を出したというわけなのだ」
そう言ってコノエがソウケンを真剣な瞳で捉え「どうだろう。やってはくれんか?」と問う。
「うー……む」
ソウケンは腕を組んで思案した。
戦いの螺旋から離れたいと、半ば田舎に引きこもった身で何の因果かダンジョンを閉じてしまったがために、なかば強制的に就かされた「ダンジョン侍方役」なるモノ。
喜び勇んで、いざダンジョンへ向かおうと言う気にはとてもなれないでいた。
しかし、ここにいるのはソウケン一人だけではない。
ダンジョンを閉じるために異国よりヤマトへ訪れた冒険者リッカが居た。
悩み押し黙るソウケンに変わってリッカが答える。
「わかった。行こう、ソウケン」
なんの躊躇いもなくソウケンを誘った。
本来ならば捨て置いても問題の無いはずの異国の地を救いに訪れたリッカ。
真っ直ぐソウケンを見るその瞳に、力を持つ者としての気高さを見た気がした。
「……そうであるな。共に参ろうか」
ソウケンは笑顔でリッカに答えた。
その返事を聞き、コノエは安堵の溜め息をついたが、その顔には幾ばくかの不安が残っている。
「力添えかたじけないのだが……ソウケン殿は……その、本当にその身で戦うことが出来るのだろうか?」
コノエの目がソウケンの失われた右腕を見ている。
ソウケンは、所在無げに今は無き右腕を擦りながら、どこか困った様子でコノエの質問に答えようとした。
「あの……」
しかし、その言葉はソウケンの口から発せられる前に消え失せた。
なぜならリッカがソウケンの前に立ったのだ。
「大丈夫。ソウケンは強い」
リッカから発せられる強い自信の乗った言葉は不思議と説得力に満ちていた。
コノエは自身の発言を訂正するため、頭を下げた。
「これは、いらぬ心配を……。すまんな」
「いえ、このような身故、コノエ殿の心配は当然の事。どうか頭を上げてください」
柔らかな笑みを浮かべ、ソウケンがコマツの肩に手をやる。
「……ソウケン殿。心遣いかたじけない。では、大きな荷物などの運搬はこちらが飛脚を用立てる故、ソウケン殿達は軽装で山籠宿までまいられよ」
コノエは一礼の後、主君であるシラヌイへ報告の為、足早にソウケンの屋敷を後にした。
ソウケンとリッカは去っていくコノエの背を並んで見送った。
「やぁっと行ってくれた」
見送る二人に混じり、いつの間にか一人の女性が立っていた。
しかし、女性にしては声がやけに野太く低い。
彼女、いや彼の正体は雄狸の玉三郎である。
ソウケンはタマを見ることなく話しかけた。
「タマか。いつから、見ておったのだ?」
「へへへ。最初からですよ。あの侍、ずっと家の戸を叩くもんでオイラどうしようかと悩んでたとこですぜ。いやぁ、しかし参ったな……」
姿は町娘なれど、中身は雄。大股で腕を胸の前で組んで何やら思案している。
「どうしたのだ?」
「いえね……。オイラもソウさんにお供したいんですけどね、ちょいと用がありまして……」
それを聞いたソウケンには、何やら思い立つ節があるようだった。
「もう、そんな季節か?」
「……へえ」
タマは申し訳なさそうに頷く。
それを見ていたリッカが口を挟んだ。
「なに?」
「そうか、姉御は知らねえんですね。オイラ達狸は冬眠が明けた、この時期に集会を開くんですよぉ……」
「集会?」
「まぁ、集会なんて名ばかりの飲めや歌えやドンチャン騒ぎなんですがね。『一陽来復の会』って言ってね。皆で冬を無事に乗り越えたぞぉ! って三日三晩の大騒ぎ。オイラ達ゃ、お祭り事にゃ目がないんで。エヘヘヘ」
それは一年で一度だけのタマの、いやヤマト中の狸たちのお楽しみ。それにタマは、全国の八百万狸を従える戌神刑部の甥でもある。出席しないわけには、いかないのだ。
ソウケンは悩むタマの背を押してやることにした。
「それならば仕方あるまいよ。行っておいで」
「でも……。それじゃ、ソウさんのお世話は誰がするんで?」
タマが、遠慮がちにリッカを見た。
リッカはタマから送られた視線を受けて、不思議そうに首をかしげる。
タマには、ここ数日リッカと共に暮らしてみて分かった事があった。
それは彼女には、あまり生活力がないがないということだ。
八百年生きれば、生活のしきたりなどは些事なのか……。
服は着られれば良いし、脱いだ服は、そのままポイ……なのだ。
ソウケンに至っては片腕で生活力は皆無と言っても良い。
そんな二人だけの旅路をタマは案じていたのだが、思いもよらぬところから救いの手が差し伸べられた。
「ソウ様のお世話なら、そんな下賤な狸の手を借りずとも私がいたしましょう」
屋敷の中から狐姿のダッキが現れ、ソウケンの脛へスリスリと頬を擦り付ける。
「ケッ!! 狐のお前に一体、どうやってソウさんの世話ができるってんだ! 言ってみろい!!」
犬猿の仲……もとい狐狸の仲とでも言うのか、兎に角この二匹は仲が悪い。
「何も手を動かすだけが、世話ではありませぬ。手が使えないのなら口を使えば良いのです。これだから土臭い狸は……」
「何をぉ!! 牙だらけの口でどうやって世話をするってんだ!! そんな口じゃ、たちまちソウさんの着物が傷んじまわいっ!」
「ふふふ……。思おた通り、頭の悪い狸だことぉ。私は指示を出すと言っているのですよ。手を動かすのは、其処な女の仕事でありましょ」
不意にダッキに指名されたリッカが、自分で自分を指さす。
「私?」
「そうでありましょお? あなたは、ソウ様の小間使いたる小娘なのですから……」
ダッキの随分な物言いにソウケンから叱責が飛ぶ。
「これ、ダッキ! リッカ殿は拙者の小間使いなどではござらん。共に戦う仲間、同士でござる」
「あらぁ、それはそれはごめんなさぁい」
一切悪びれることなくダッキは謝って見せた。
リッカもそれに対して特に気にする様子もない。
「……はぁ。本当に大丈夫なんですかね?」
タマのため息と共に吐いた疑問は誰に届くこともなく春風の中へと溶けていった。
こうして、ひと悶着はあったものの、ソウケン、リッカ、ダッキの二人と一匹が宿場町、山籠宿まで旅をすることとなったのであった。




