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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第1話 中立街道を西へ

 それは野干ヶやかんがもりのダンジョンを閉じた日から、しばらく経った良い春日中の事であった。


 穏やかな春風が蒲公英タンポポの綿毛をさらって青空へと流す中、ソウケンとリッカは、衣笠藩のある中立なかつ地方から西へと続く街道を歩いていた。


 ソウケンはいつもの通り、ほつれの目立つ小袖こそではかま姿だが、頭には菅笠すげがさを被って旅人の風情である。


 リッカは、いつものシャツに黒のズボン、革のブーツに白銀の胸当てを脱ぎ捨て、アカツナの奥方から譲り受けた白地に薄紅の桜が描かれた着物を着ていた。


 これは、いまだ異国の者が珍しいヤマトでリッカが悪目立ちをするのを避けるための処置であった。

 そのため頭には頭巾を被り、白銀に輝く髪を隠していた。


 そんなリッカにソウケンが呑気に声を掛けた。


「いやぁ、春先であれば、ここには見事な桜が咲くのであろうなぁ。惜しい事をした。リッカ殿にも満開の桜を見せてやりたかったな」


 ソウケンの目線の先には、街道沿いに植えられた桜の木から生命力に満ち溢れた若葉が茂っていた。


「……別に良い。衣笠でも桜は見た」


 風情もへったくれもないリッカの物言いだが、ソウケンはその言葉を意にも介することなく笑った。


「ははは。そうであるか。リッカ殿の言う通り、桜は桜。どこで見ても同じではあるな。うむ!」


 うむ! なぞと納得しているが、気を付けるべきはそこではない。


 先ほどからリッカの足取りが怪しいことに葉桜を楽しむソウケンは気づいていない。


 それは、履きなれぬ草鞋わらじのせいか。

 それとも着物を着たことによりいつもの歩幅で歩くことができないためか……。


 当の本人であるリッカも自分の足取りのおかしさを気にする様子もない。

 

 不意に足元からリッカを非難する声が掛かった。


「まったく。花をでる気持ちもないとは、何とも無粋ぶすいな小娘でありましょう。……ねぇ、ソウ様。ソウ様もそう思うでありましょぉ?」


「む?」


 足元を見ればいつの間に現れたのか、綺麗な毛並みの狐が一匹。豊かな尻尾を自慢するかのように尻を振りながらソウケンの足元にじゃれついていた。


 八百年の時を生きるリッカを小娘と罵るこの美狐みここそ、大昔のゴンドワート大陸で魔王の名をほしいままにした魔族の女傑、ダッキである。


「ダッキか。先ほどから姿が見えぬと思っておったのだが、どこに行っておったのか?」


「もう……女性に行き先を尋ねるなんて駄目でありましょ、ソウ様?」


「おお、これは失礼。かわやであったか」


「もう!!」


 じゃれ合う二人、もとい一人と一匹を尻目にリッカの元より白き顔色が更に白く変わり、薄紅の唇の色も失われていた。


 やっとここでソウケンがリッカの異変に気付く。


「だ、大丈夫か。リッカ殿?」


「だ、だいじょう……オロロロロロロロロロロロロォォォ」


 大丈夫だと言わんとした瞬間、リッカの口から先ほど食べた団子が湯水のように吐き出された。


 しかし怖いのは団子を吐き出すリッカの顔だ。

 この状況でも、ツンと澄ました表情が変わらない。


「ロロロロロロ……」


 往来で 尚も止まらぬ リッカの吐瀉かな ススガ・ソウケン。


 一句読めてしまうほどのリッカの嘔吐がやっと止まる。


「ふう……」


 すっきりしたのか、リッカは何事もなく歩き始めた。

 その足取りは先ほどまでと違いしっかりしているが、ダッキが呼び止めるた。


「ちょ、ちょっと!!」


「なに?」


 リッカの吐しゃ物を隠すように足で土を掛けるソウケンを置いて、ダッキとリッカが先を歩き出した。


「あなた、一体何本お団子食べたのでしょう?」


「……んー」


 空を見上げ、リッカは胃に入れた団子の数を考える。


「二十本くらいから先は分からない」


 それを聞いたダッキは呆れた顔で中空を見る。


「……はぁ。ねぇ、お前さん? あんたは、もともとそこまで大食らいではないんでありましょう?」


「うん。ヤマトに来るまでは、食事はほとんどしなくても良かった……。でも、ご飯は美味しい」


「そういう事でしたら、あなたのお腹はまるで赤子と同じ。一度に沢山食べれば消化できずに……って、なぁんでわたくしが、あなたにこんな事を言わなくちゃならないのかしら……」


 ダッキの不満を聞いてリッカが僅かに頭を下げた。


「ごめんなさい?」


「謝るくらいなら、しっかりするのよ」


 四足の狐がツンと鼻を天に向けて先頭を歩き出した。

 ダッキの説教が終わるのを見計らい、ソウケンがリッカに竹筒で出来た水筒を渡してやる。


「これで口をすすぐと良い」


「ありがとう」


 足を止め、リッカは木陰に隠れ口に含んだ水を捨てた。


 リッカが戻ってくると二人は歩を進める。


 向かう先は、赤羽あかばね藩にある宿場町、山籠宿やまごめじゅくだ。

 そこのはずれにダンジョンが出現していると、報せが来たのだ。


「それにしても、リッカ殿でもダッキには頭が上がらんとは、なぁ……」


 わずかばかり先を歩くダッキを見てソウケンが呟いた。


「ん? 私が駆け出し冒険者のころに魔王をしていたのが彼女。たぶん私より年上」


「そ、それは真であるか!!?」


「ええ。千年は生きてるかも?」


 それを聞いて先を歩くダッキが振り返る。


「フフン。ソウ様も私を少しばかり崇めても良いのですよ?」


 狐の顔であるが、そこから得意満面なのが読み取れる。

 ソウケンは、素直にダッキに向かい片腕のみで合唱をした。


「そうであるよな。狐は古来より豊穣を司る神の使いとも言われておるしな。拝んでおこう」


 そう言って真剣な表情で祈るソウケンに、満更ではないダッキ。

 しかし、リッカが辛辣な一言を放つ。


「……ソウケン。彼女は神の使いなんて良いモノじゃない。彼女は魔王。神じゃなくて魔の者。魔の王」


「ちょっと!!」


 ダッキがリッカに向かって非難の声を上げようとした時、彼女を制止する様にその頭をソウケンが優しく撫でた。


「リッカ殿、良いではないか。何をよしとするのかは人それぞれ。拙者には、ダッキがそこまで悪い者とは思えんのだ」


「ソウ……さまぁ」


 うっとりとした表情の狐がソウケンの手の甲に頬を寄せる。


「そう? 彼女、ゴンドワートの国中を巻き込む戦争を仕掛けた張本人」


 それだけ言うとリッカは、特に変わった様子もなく、すたすたと歩みを進めた。


 ソウケンは、狐姿のダッキに向かい「まことであるか?」と問えば、ダッキから返ってきたのは「フフフ……」と意味深に怪しく笑う声だけであった。


 彼らは旅路を行く。西へ西へと……。

 しかし、彼らの周りにはリッカを師と仰ぐスクザや、ソウケンの世話役を買って出るタマの姿が見えない。


◇◇◇


 ――数日前。


「いやじゃ! ワシは先生と共におる!! どこにも行かんぞお!!」


 自慢の髭を振り乱しながら、癇癪かんしゃくを起こした子供のように駄々をこねるスクザの姿が衣笠城門前にあった。


 それを困った表情で眺めるソウケン達。


「仕方がないでしょう。貴方はギルドマスターなのですから、本国に戻って報告の義務があるのです」


 彼をなだめんとするのは、真っ直ぐ腰まで延びた水色の髪を持ち、白のローブを着た優男風の男性である。

 彼もまたスクザと同じくギルドを任された男、名をシーファと言う。


「いやじゃ! ワシはどこにも行かんっ!!」


 ついには、地面にドカリと座り込み不動の構えを見せるスクザに、シーファがこれはお手上げと、ソウケン達を見た。


 これに助け船を出すのは、やはりリッカしかいない。


「……スクザ」


 ただ、その一言だけ。それだけで、スクザの癇癪かんしゃくは収まり、今度は童のようにいじけて見せた。


「先生。……ワシ、どうしても戻らなきゃならんですか?」


「……」


 リッカは黙って頷いた。


 その状態でしばらくリッカとスクザは黙って見つめ合っていたのだが、突如何かを諦めたかのようにスクザは大きなため息を吐くと、いじけて丸まっていた背筋をピンと伸ばす。


「はぁ……。仕方ない。先生、ご健勝をお祈りしております」


 やっと、いつものギルドマスター・スクザの顔に戻り、リッカへと頭を下げた。

 そして、今度はソウケンの前へと歩み出る。


「セキワン。……いや、ソウケン。先生を、先生を頼んだぞ!」


 スクザは一度右手を差し出そうとするが、直ぐにその手を引き、片腕を失っているソウケンに合わせ左手を前に出した。


「承知致した。スクザ殿も道中のお気をつけて」


 ソウケンもスクザに答え、その手を取った。


「では、行きましょう……か?」


 そのやり取りを黙って見ていたシーファが、これ以上長居をしてスクザの気が変わる事を懸念し、声を掛けた。


 二人の固い握手はほどかれ、スクザは一足先に衣笠の地を離れることになったのだった。

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