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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第28話 紫電の一閃

「忠告はしたぞ……覚悟のほどは良いか。アカツナ」


 ソウケンの物言いは静かだったが、その言葉の内に秘められる怒りは大気をも振るわせた。

 その怒りを理解したのか、ここまでソウケンの背にしがみついていた白無垢しろむくの骸骨が、ソウケンの背から離れ、地面に座り込んだ。


「リンを……頼みました」


 ソウケンは一言リッカに告げると、アカツナの元へ歩を踏み出した。


「よいぞ、よいぞ、よいぞぉおおお!! ソウケン……いや、赤腕せきわん戦神いくさがみよ。その力、我に示してみせいっ!!!!」


 アカツナは不意打ち気味に不変金打ふへんかなうちを振るった。

 その速度は先ほどのものとは桁違いの速さ。誰もが気づいたときには既に事の終わり。


 風捲かぜまき、大気を切り裂く不可視の刃が所狭しとソウケンへ襲い掛かる。


 ザンっ!!


 一瞬でソウケンの立っていた場所は斬撃により土煙を濛々《もうもう》と上げた。


 アカツナの刃は間違いなくソウケンに届いた。


 スクザが、膝から崩れ落ち、嘆きの声を上げた。


「な、なんという事じゃ……。セ、セキワン……」


「ハハハハハ。なんと呆気ない最後よ。これが戦神いくさがみと呼ばれた男のじつりょ……」


 この場にいた誰もが、ソウケンが切られたと確信した。

 しかし――


「その斬撃……九尾の尾を模しておるのでござろう?」


 ふいにアカツナの背後から声がかかる。その声の主はソウケン。


「この程度では殺せんか……それに、これの正体も見破るとは流石さすが流石さすが


 不変金打に宿った力は、刀を一度ひとたび振るえば、かつての魔王が振るった九尾のように九つの斬撃を飛ばし人を斬る呪いだ。


「せ、先生……今のセキワンの動きを見ることが出来ましたか?」


 スクザは、傷口を押さえながら、隣に立つリッカに声を掛けた。

 リッカは瞬きを忘れたかのようにソウケンを見つめ、頭を横に振る。


 リッカの目線の先に映るソウケンとアカツナ。

 再びアカツナが不変金打ふへんかなうちを振った。それも、今度は息つく間もない連撃を……。


 不可視の九つの斬撃がソウケンを襲う。もはや、それは幾重にも重なる斬撃の牢獄であった。

 アカツナが脇差を振るえば振るうだけ、倍々に出現する不可視の斬撃が雨あられのようにソウケンに牙を向くのだ。


 斬撃がソウケンに届く瞬間、身を低く低く構えたソウケンがその場から消えた。いや、消えたように錯覚する程に素早く動いた。


 その動きは、まさに地を這う稲妻。


 リッカの新緑の瞳が何かを追うように忙しなく動き回る。


「せ、先生……。これは幻か? 魔力の強化を得ない人間があんな動きできるものなんでしょうか?」


 スクザの目にはソウケンの動きはほとんど何も映らない。

 しかし、アカツナの斬撃が起こす土煙を追うことでソウケンの軌跡をかろうじて捕らえることが出来た。

 リッカは必死でソウケンの疾走しっそうを目で追いながら、ポツリと言葉を漏らす。


「あれの動き……どう見ても普通じゃない。……どんな研鑽けんさんを積めば、あんなことが出来るだろう?」


「ど、どういうことですか?」


「スクザや私を含めて通常、人間は肉体の動きに合わせて魂も動く。でも、今ソウケンがやっているのは逆。魂が肉体を動かしてる」


 それは八百年生きたリッカにも初めての光景であった。


「ただの人に……そんな事が出来るのか……?」


「わからない……」


 二人はただただソウケンの戦いぶりに息をのむことしかできなかった。


 紫電一刀流には神去かむさりと呼ばれる走法がある。

 それは、その名の通り、神をも置き去ると言われた紫電一トウ流走法が極意。鍛え抜かれたつま先の力で地面を掴み、強力なバネと化した下肢かしの筋肉が体を前へ前へと押し出す。


 ソウケンは、それを天より与えられし才と、血の滲む……いや、死をもいとわぬ努力により磨き上げ、正に己を紫電と化すまでに至っていた。


 目もとまらぬ速さと、変幻自在の動きでアカツナが繰り出す斬撃のことごとくを紙一重で躱していく。


「しかし、先生。このまま逃げ回るだけでは……」


 一向に攻勢に出ることができないソウケンに対し、スクザに焦燥が募る。


「違う。スクザ、しっかり見て」


 リンに促され、スクザは目を凝らした。


 そこにはアカツナを中心に不変金打ふへんかなうちから放たれの不可視の刃が飛び交っているのだが、その刃の雨がわずかではあるが徐々にアカツナに近づいているのだ。


「ちょこまかとねずみのように動き回りおって!!」


 苛立ちを見せるアカツナ。


 しかし、彼も腐っても剣の達人。その目もまた一流のそれであった。

 徐々にソウケンの速度に慣れはじめ、その刃がわずかにソウケンの甲冑を掠め始めたのだ。


「そらっ、そらっ、そらっ、そらっ!!」


 掛け声とともに速度を増すアカツナの刃が、ソウケンの額を僅かに裂いた。


「くっ!」


 そこを勝機と見たアカツナが不変金打ふへんかなうちの切っ先を天に突き上げる形で上段に構えた。


 それは、九本の刃を一つに束ね、放つ万物すべてを断ち切る技。

 野牛神影流金剛両断(こんごうりょうだん)太刀(たち)也。

 それが今まさにソウケンに降り掛からんとした。

 

 しかし、ソウケンは面の下で嗤う。


「アカツナ、それは下策げさくであろう」


 アカツナの刃がソウケンを捕らえたと思った、その瞬間――


 ソウケンは更に加速し、金剛両断こんごうりょうだんをすり抜けアカツナに迫った。


「なっ!!」


 アカツナがソウケンを確認した時には時すでに遅し。

 ソウケンの赤腕の筋肉が隆起する。


「その目でとくと御覧ごろうじろ、紫電の一閃を……」


 ソウケンは降り注ぐいかずちの如く刀を振るった。


 雷霆らいてい也。

 

 その剣は達人アカツナにしても、見切ること叶わぬ神速の斬撃であった。

 気づいたときには腕は肘から切り落とされ、体中に致命の傷を負っていた。


「がはっ!!」


 アカツナは地面に膝をついた。

 その衝撃で開いた腹から臓腑ぞうふがボトボトと地面に零れ落ちる。


 それを仁王立ちで見下ろすソウケンは鬼の面と相まって、まさに怒れる戦神のようであった。


 滾々《こんこん》と地面を濡らす血の海の中、アカツナが息も絶え絶えにソウケンに問うた。


「ぜぇ……ぜぇ……。ど、どうして……どうして、私は死ねん……」


 誰がどう見ても絶命していてもおかしくない傷である。

 当の本人であるアカツナもなぜ今も意識があるのか、なぜ死なぬのか激しい痛みの中、疑問に思っていた。


 ソウケンがその問いに静かに答えてやる。


「アカツナ殿は勘違いをしておるのだ。この散椿ちりつばきが発する呪いは、その刀のように相手を切る物にはござらん。これに籠められしは斬首の呪い。切られた者は首を刎ねぬ限り死なぬ呪い」


「なっ、なんだと……ゴフっ」


 血反吐を吐きながらアカツナは背筋が凍りつく思いがした。

 首を刎ねられなければ永遠にこの苦しみを味わわなければならないのかと……


 恐怖と失われた体力によって体を支えることができず、アカツナは地面に両肘を付いた。

 それは奇しくも贖罪しょくざいをする罪人が自ら首を差し出しているかのようであった。


「この散椿は……ずっと囁いておるのだ。我らのように首を落とせ……と」


 アカツナは観念して、瞼を静かに閉じ、ソウケンは散椿をゆっくりと上段に構えた。


「十三代目アサダジンエモン、その首頂戴仕(ちょうだいつかまつ)る」


「…………」


 振り下ろされる刀は、まっすぐにアカツナの首筋を捕らえた。


 ザンっ!


 見事一刀のもと断たれた首は、地面を数度跳ね、顔面を上にして止まった。


 その時である。こと切れたはずのアカツナの目がカッと見開かれ口を開く。 


「……その御業みわざ、見事成り」


 それだけ告げると再び瞳は閉じられた。


 こうして、衣笠藩、野干ヶやかんがもりのダンジョン騒ぎは幕を閉じる事と相成ったのである。


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