第27話 脇差『不変金打』
「な、なぜですか、先生!? なぜヤギュウ家の家宝の『不変金打』がそんな所にあるのですかっ!!?」
その問いにアカツナは一切悪びれることはなく言ってのける。
「なあに、簡単な事よ。我がここへ差し込んでやったのだ。だって、そうであろう? 長い年月を掛けて呪いを成しても私の寿命が尽きておったら、ただの無用の長物ではないか? それに引き換え此奴は良い。リッカ殿達の言う魔素とやらのお陰か呪物になるのが早いこと早いこと。 ハハハ。いやはやご先祖には感謝だな。知っておるか、この不変金打は、かつてここにおる妖狐を裂いた脇差よ。それが再び臓腑をつつけば、恨みもさぞ、深くなろうて……」
岩に刺さる脇差をグリグリと抉れば、それと連動するように狐女の顔が苦痛に叫びをあげた。それを見てアカツナの笑みが嗜虐に醜く歪む。
「あはははは!! どうだ!? 苦しかろう? 憎かろう? お前を切った刀が再びお前を抉っておるぞ?」
「やめんか!! アカツナ!!」
たまらずスクザが怒声をあげた。
「なぜだ? かつてこの国を滅ぼさんとした妖を懲らしめているだけであろう? この化物からも聞いておるぞ。こやつ、かつてはスクザ殿達の国を滅ぼさんとした悪女であろう? それを痛めつけて何が悪いのだ?」
「違う!! お前が……お前がしようとしておるのは自分勝手な欲望を満たす、ただの我儘じゃ!」
アカツナは、そんなスクザの怒りを一笑に付す。
「はっ! これが我儘だと? 武士が武を求めんとすることが我儘と申すか? カカカカ!! まこと片腹痛いとはこの事だわっ」
ソウケンはスクザとアカツナの会話の意味が分からず、リッカに尋ねた。
「一体これは、どういうことなのだ?」
「……すべての元凶はアカツナだったと言うこと。ソウケンの刀と同じものを作りたくて、ここに封じられていたダッキの恨みを利用した」
ソウケンにもやっと理解が追いついた。
「な、なんと……。それは誠か?」
「間違いない。魔族は体の中にダンジョンの魔核に似た器官を持ってる。昔、この国へ逃げてきたダッキはアカツナの祖先によって討たれた時に、体を捨て魔核だけをこの地に残したんだと思う。それがあの大岩。アカツナは永きにわたるダッキの恨みと苦痛を利用して、あの刀をソウケンのと同じようにしようとしている。そのせいでダッキの流れ出た負の感情と魔力が、このダンジョンを作った。だから、ここは普通のダンジョンより成長が早い」
ソウケンと共にリッカの話に聞き耳を立てていたヤマギシは、信じていたアカツナの裏切りともいえる悪行に眩暈を起こした。
「こ、この事態が師匠のせい……だと申されるのか? 師匠の下、切磋琢磨した仲間の死も……師匠のせいだというのですか?」
独り言のようにブツブツと何かを唱えながら、藁にも縋るようにヤマギシは手を広げ、よろよろとアカツナへ向かって歩きだす。
「師匠!! お願いします。もう、おやめください!!! 戦国の世はもう終わったのです。これ以上の力を求めてなんになりましょうかっ?」
「くだらん。実にくだらんな。ヤマギシ、お前という男は……だから、その程度なのだ」
それは弟子に向けて良い類ではない、まさに塵芥でも見るような蔑んだ瞳がヤマギシをとらえた。
そして、徐にアカツナは岩に縫い留めれた刀を抜き取り、未だ間合いの内には入っていないヤマギシに向かってそれを軽く振るってみせた。
すると不自然なまでの突風がソウケン達の間を通り抜ける。
ソウケンは薄目で風をやり過ごし、先を歩いていたヤマギシに視線を戻した。
「し、し……しょ……」
とぎれとぎれの言葉を残し、ヤマギシの体中から鮮血が噴き出す。
そして、その後、ずり……ずずっと体は細切れとなり、膝から下を残して肉塊へと変貌した。
「ほう……これは素晴らしい」
アカツナは感嘆のため息を漏らした。
それは、脇差によるただの一振り。
それが三十尺は離れたヤマギシをバラバラに切り裂いたのだ。
望んでいた以上の成果に、アカツナは恍惚の表情で刀を眺めた。
「ついに……ついに私も手に入れたぞ、ソウケン!! 見よ、この力を!! これで天下無双は我が手中よ!!」
興奮冷めやらぬアカツナにソウケンの怒声が届く。
「そんなもののために、自分を師匠と慕う者を切ったのか!! そんなもの侍でもなんでもないっ!! ただのゴロツキだ!!」
「……はぁ。ソウケンなら分かってもらえると思ったのだが、じつに無念だ。……まあ、良い。再び訪れる乱世の世で私がお前に変わり戦の神となろう!!」
アカツナは巨石、いやダッキの魔石に向かって刀を振り上げた。
「だめぇええ!!」
咄嗟にリッカがファイアボールを放つ。
アカツナはそれを迎撃するため、刀の軌道を変え、己に迫る火球を切り裂いた。
「やめて。今、彼女が死んだら、このダンジョンがどうなるか分からない。もしかしたら、モンスターが外界へ逃げ出すかも知れない」
「ハッハッハ、それは実に良い。私が望むは戦の世。乱世である!! そこで我はこの力を知らしめん!!」
あの高潔であったアカツナの影は今は微塵もない。
そこにあるのは醜く嗤う悪鬼の姿。
その悪行にスクザが怒りの声を上げた。
「アカツナァァァアアアア」
戦斧を肩に担いで、アカツナへ猛進する。
長年の経験からかスクザの動きと連動するようにリッカも超高温の熱線、獄熱線を放った。
リッカの放った熱線はスクザを追い越し、アカツナを捕らえんとした。が、アカツナは余裕の笑みを浮かべたまま脇差を振るった。
その途端、再び突風を伴いリッカの熱線はアカツナの手前で弾けて飛び、スクザの体に斬撃の跡が浮かぶ。
「あっはっはっ!! このような児戯が魔法とはな! 実にこそばゆい!」
咄嗟に防御の姿勢を取ったもののスクザは深手を負い、ソウケン達の元まで吹き飛ばされた。
しかし、それ以上に不味いのはリッカであった。魔法の行使によって魂の、体力の消耗が著しい。
「冒険者とは、なんと脆弱な事か。この程度で大陸が誇る武芸者とは聞いてあきれるな」
悠々と歩みを進めるアカツナとリッカたちの間に割り込むようにソウケンが立ち塞がった。
「アカツナ殿と言えど、これ以上の狼藉は許すことまかりならん。どうか……どうか、その剣を収め身を引いてはもらえまいか?」
怒りを抑えて、ソウケンは語りかけるが、アカツナはそれを一笑に付す。
「まぁだ、そんな眠たい事を言っておるのか、ソウケンよ。お前にその刀は似合わん。お前を殺して、その刀も私が使うてやろう」
その言葉を放った途端、あたりを包む空気がピンと張り詰めた。




