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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第25話 野干ヶ森ダンジョン最奥

「それで、どうなったの?」


 一通りの話を聞いたリッカは、その後をアカツナに尋ねた。


おいを殺された家老コマツの怒りは凄まじいものだったと聞いております。あのままであれば良くて切腹……。普通なら拷問の末にさらし首が関の山だったでしょう。しかし、あの当時のトウジョウ方の戦力はアカギの裏切りにも見て取れる通り、あまりかんばしいものではありませんでしたし、それにアサダの者たちによりトウジョウ軍が窮地きゅうちを脱することが出来たのも、また事実。そのあたりをかんがみて、上様からある条件を飲むことでアサダ一族とソウケンに恩赦が与えられることになったのです」


「条件って、もしかして?」


 前進を止めることなくリッカはアカツナと会話を続ける。


「ええ、お察しの通り。散椿あのの力を持って東軍を……トウジョウ家を勝利させること。ソウケンはアサダの名誉のため戦場で十三代目アサダジンエモンと名乗り次々に戦果を上げてゆきました」


 アカツナは一旦話を区切り、若侍ヤマギシを見る。


「お前達や狐居村の者はソウケンの事をセキワン、セキワンと容易たやすく呼んでおるが、どうせお前達は底浅くソウケン殿が片腕であることを揶揄やゆして……隻腕とあざけり呼んでいるのだろ?」


「……っう、あ、あのですね……」


 ヤマギシは何処かバツが悪そうに口をつぐむが、そんな事は、お構いなしにアカツナは話を続けた。


「まあ、ソウケンがそう呼ばれることを良しとしておるから私の方からは何も言わなんだがな……。セキワン(あの名)は、そのような可愛いものではないのだ。彼とあの戦場に立った者だけが知る、あの凄まじき戦いぶり……。刀持つ血濡れの腕を見て、誰彼なしに畏怖いふの念を込めて呼んだのだ……。あれ成るは『赤腕セキワン戦神いくさがみ』だ、と……」


 当時を思い出しているのか興奮した様子のアカツナの話しぶりにヤマギシはごくりと生唾を飲んだ。

 普段であれば「師匠、ご冗談を……」と笑い飛ばす場面であったが、それが嘘ではないと周囲に散乱するモンスターの死骸が物語っているのだ。


「……かなしい話……」


 その中で一人だけリッカが小さくぽつりと呟くが、その声は誰の耳にも入ることはなかった。

 

 しばらく進むうちに、森の奥に寂れた鳥居が立つのが見えた。

 その鳥居をぐるりと囲むようにおびただしい数のモンスターの死骸。その死骸のことごとくが首を刎ねられ死に絶えていた。


 その中心に立つのは、真っ赤な鳥居と、鬼神の如し様相のソウケンであった。

 やはり、未だ彼の傍らには白無垢の骸骨が控えていた。


 事情を知ったリッカが、その骸骨に向ける視線にはどこか憐れみを感じさせるものがある。

 それに気づいたソウケンは、近づくリッカに尋ねた。


「リッカ殿、どうかしたか?」


「さっきアカツナから二人の話を聞いた……」


 わざとでは無いがリッカは人の機微きびを読むことが少ない。普通の者であれば、言葉を濁す場面でも素直に答えてしまうのだ。


 しかし、これにたまったものではないのが、ソウケンの過去を話してしまったアカツナだ。恥ずかしそうに前に出て頭を下げた。


「面目ない……つい……ソウケン殿の過去を話してしまった」


「ははは……かまいませね。この姿を見れば誰だって疑問に思うでしょう……」


 寂しげにソウケンは肩にすがりつく白骨と化したリンの腕を撫でた。


「それ……意識は、あるの?」


 リッカの質問にソウケンは頭を振ってこたえる。


「いや……私の声にはわずかに答えてはくれるが、会話などは出来んよ。普段は幽世かくりよにて眠りについておるのだ。起こしてすまんな」


 ソウケンの言葉に反応するように、リンの首がわずかにカタカタと震えた。


「それよりも、リッカ殿。この先に、この迷宮の中心があると拙者は思うのだが、どうだろう?」


 ソウケンは話題を変えるためにわざと明るい声を出した。


「……ちょっと待って。確かめてみる」


 そう言うと小ぶりな鼻をひくつかせ、流れる魔素を鼻腔びくうで捕らえる。その姿はどこか兎を思わせた。


「……うん。たぶん、あってる。魔素?……に似た何かがこの奥から流れ出てる」


「ガハハハ! 流石、先生じゃ。ダンジョンのボスを始末して、さっさとこの気味の悪い森からおさらばするぞ!!」


 俄然がぜんやる気を取り戻したスクザが先陣を切って鳥居を潜っていく。その後に続くのはリッカとアカツナ。少し遅れて、ソウケンが足を踏み出した。


「……あの、ソ、ソウケン殿!?」


 後ろに続く若侍ヤマギシケンゴが呼び止めた。


「おろ……どうかしたのか?」


 その鬼の面とは似つかわしくない間の抜けた返事に一瞬、彼が本当に侍たちの語り草となった伝説の侍、十三代目アサダ・ジンエモンなのかと疑わしくなった。


 それでも、ここでかつての過ちを正さねば一生を後悔して過ごすことになるだろうと、ヤマギシはソウケンに向かって頭を下げた。


「先日の非礼、誠に申し訳ございませんでした。あのような不遜ふそんなふるまい、俺の……いえ、私の不徳の致すところ。この森から無事出ることが出来ましたら、どのような罰でも甘んじて受ける所存しょぞん故、どうか、どうか平にご容赦ようしゃ願います」


 ソウケンは突然の謝罪にキョトンとした顔をするが、すぐに破顔した。


「ははは。武士がそのように頭を下げてはならんよ。拙者はちっとも気にしてはおらぬ故、そう改まることはござらん。そうだな……それでも気になると言うのなら今日を無事に生き延びた暁に、帰ってから一献いっこんお相手を願おうかな」


 そう言い、気にするなとヤマギシの肩を軽く叩くソウケンの瞳は、牙を剝き出しにした憤怒の半面とは正反対に穏やかに笑みを湛えていた。


 ヤマギシケンゴは前を歩く達人たちを見る。

 それは剣の師匠であるアカツナだけでなく、リッカやスクザ、そしてソウケン。

 彼らの背中が大きく感じられた。


(俺も……俺もいつか彼らのように……)


 ヤマギシは、己に誓いを立てた。将来、どれほどの時間を費やしてでも彼らのような人間になってみせると……

 そう決心して、ヤマギシは鳥居をくぐった。


 この先に待ち受けるモノが、最悪の相手だとも知らず……


◇◇◇


 森の奥へと続く鳥居には果てが無いかと思われた。

 曲がりくねり、苔むした石段を上り、何十、何百の鳥居の下を過ぎていった。


 奥に進むにつれ、道の脇に生える木々がどんどんと巨大になってゆく。

 それは大の男が十人手を取り合っても囲むことが出来ないような杉や、化け物が腕を伸ばしたように曲がりくねった太い枝を持つくすであったり、大きく張り出した根が石畳を割るけやきがそこら中に生えていた。


「すごい森……」


 リッカは自分の生まれ故郷の森を思い出した。

 植生しょくせいは違えど、リッカの生まれた森も古い古い森であった。


 古い森には精霊が宿り、いつも自分たちを見守っていてくれると教えてくれたのは母だっただろうか、それとも父であったのだろうか……

 八百年のという時間のかなたに仕舞われた遠い記憶に思いを馳せた。


「先生……。どうやら着いたみたいですのぉ」


 最後に残った鳥居は、他のものと比べて大きく、一段と太く厳めしい注連縄しめなわが巻かれていた。


 その先は広大に開かれた土地の中央に巨石が鎮座していた。これにも幾重いくえにも大蛇が巻き付くように注連縄しめなわが巻かれ、何かを封印しているようにも見える。


 ここに辿り着いたリッカ、スクザ、アカツナ、ソウケン、ヤマギシの五人は横一列に並び大鳥居を一歩、中へと入った。

 その瞬間、全員の視界がぐらりと揺れる。


「っうぐ。……っく、ぐぅ……げ、っげぇええ」


 三半規管をやられたヤマギシはたまらず、その場で吐瀉としゃを巻き散らす。


「こ、これは瘴気か……?」


 スクザが咄嗟に己の腕で鼻と口を覆い呟いた。


 村の言い伝えの通り、この場所には巨石から発せられた毒にも似た瘴気が充満し、体の弱い者、意思の弱い者へ襲いかかる。


「皆、気をつけて」


 既に戦闘態勢を取るリッカの目線の先、巨石が鎮座する根元に一人の女性が立っていた。

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