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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第24話 ついぞ、呪いは成った

 ソウケンが合戦から戻ったのは、リンの祝言から三日後の事であった。


 ソウケンは勝利の報告が出来ると意気揚々アサダの道場へと帰ってきたのだが、どういうわけか道場へ続く道が封鎖され、道の真ん中には座布団を引いて坊主が念仏を唱えているのだった。


「すみませんが、道を通してはもらえないでしょうか?」


 警備にあたる同心が道を渡ろうとするソウケンの肩を押した。


「駄目だ、駄目だ! この先は危険だ」


「はて……何があったのでしょうか?」


 同心は、辺りを見回し他に聞き耳が無いことを確かめると小声で現状を教えた。


「この先にあるアサダの道場に化物が出たんだ。なんでも、花嫁姿の化物だそうな。そいつが、手当たり次第に人の首を刎ねているんだと……。昨日も坊主が一人……」


 そう言って、同心は自分の首を指で横一文字になぞるように切ってみせる。

 一通りの話を聞くや、ソウケンは止めに入る同心を振り切り道場へと走り出した。


 あれほど帰るのを望んで止まなかったアサダの道場。


 そこは、もうソウケンの知る場所ではなかった。


 固く閉ざされた門戸にはおびただしい魔除け札が貼り付けられ、屋敷自体からも禍々しい気配が流れ出ていた。


 それでもソウケンは意を決して中へと進む。


 門戸から玄関まで続く飛び石の上には僧侶や武士の首無しの死体が転がり、その首は玄関のひさしの下に丁寧に並べられていた。皆一様に無念の表情を浮かべている。


 その数は五つ。


 普段ならば、それを跨ぐような無作法は取らないのだが今のソウケンにはそのような心を配る余裕はなかった。

 首を跨ぎ、玄関の戸を開ける。


 しんと静まり返った屋敷の中、床は血溜まりにより赤く照らされ、まるで異界を訪れたかと思うほどであった。


 ネチリ……ネチリ……


 粘りけを含んだ血を歩く。

 どこに向かえば良いのかは、自然と理解できた。


 軋む床の音と草履の裏に血が引く音が響く中、屋敷の一番奥、シゲクニの部屋へと向かった。


「ぐっ……」


 合戦場で嗅いだものと同じ血の匂いに、たまらずソウケンは袖で鼻を隠す。

 香る場所が戦場か家かの違いだけなのだが、ソウケンは激しい吐き気を覚えた。

 それを必死に耐えながら、ついに最奥の間の襖に手を掛ける。


 音もなく、開けられた襖。


 そこにはせ返るような死臭とおびただしい蝿の群れの飛び交う音が充満していた。

 そして眼前には、この世の者とは思えない光景が広がっていた。


 シゲクニの部屋と隣の部屋を遮る襖が取り除かれ広くなった部屋に、ずらりと首のない死体が二列に向かい合う形で座布団の上に座らされているのだ。


 そして、その前には脚付き膳が置かれているのだが、その上にあるのは本来あるべき馳走ではなく首。

 苦悶の表情を浮かべた首が自分の体を見るように置かれているのだ。


「……祝いの席……なのか、これは?」


 座る死体の格好を見て、ソウケンはここが祝言の場だと理解した。

 飛び交う蠅をいとわず、ソウケンは部屋の中へと足を踏み入れる。


「ようこそお待ちしておりました」


「なっ!!」


 突如声を掛けられ、たまらず刀に手を伸ばす。


「リ、リンさん……なのですか?」


 しかし、声の正体を見て安堵から刀の柄から手を離した。

 リンは白無垢姿のまま上座に二つ並べられた座布団の一方に三つ指を立て顔を伏せる形で座っていた。

 

「ええ……そうです。やっと迎えに来てくれましたね……」


 一切抑揚のない声でつらつらと話す様は、どこかこの世のものではないような気配をまとっていた。


「先生は? リンさん、先生は何処なのですか?」

「ああ……あれですか? あれなら、そこに……」


 リンはソウケンの問いに顔を伏せたまま縁側を指さした。


 シゲクニの死体は、コマツの家紋入りの羽織袴を着た死体と共にゴミでも捨てるかの如く庭先に放り出されていた。


 ソウケンは慌てて庭へ出ようとするが、その背に向かってリンが声を掛ける。


「……ソウ。いえ、ソウケン様」


 その声はいつものリンの声のような気がして、ソウケンは慌てて振り返るが、そこには依然として頭を下げたままのリンがいた。


「私、リンは、ソウケン様の事をずっとずっとお慕い申しておりました。出来る事ならば、あなたのおそばにずっといたかった……あなたと共に生きていきたかった……」


「ならば……ならば……そうすれば良いでしょう。そうだ!! 私と共にここから逃げ出しましょう。大丈夫です。私はリンさんのためならどんなことだってして見せます。百姓にだって、水夫になったって良い。リンさんが……リンさんさえ傍にいてくれるなら……」


 ソウケンの瞳にはリンの姿しか映っていないのか、首のない死体にぶつかりながらリンの下へと歩みを進めた。


「フフフ。本当に優しい人……でも、それ以上……私には近づいてはなりません」


 伏せていた顔をリンはあげた。そこにあったのはかつてないほどに美しく化粧を施されたリンであった。


「こんなことになって……本当にごめんなさい。本当に……本当にごめんなさい」


 謝りながら涙を流すリンの白無垢がどんどんと紅く紅く血で染め上げられていく。

 ソウケンは打ちひしがれるリンにかけてやる言葉が思いつかず、ただ口をもごもごと動かすことしかできなかった。


「ああ……なんで……なんで……」


 正気に戻ったのかリンは己の姿を見て大きく狼狽え始めた。


「あ……ああ……見ないで、見ないでぇええええ」


 悲鳴にも嗚咽にも似た懇願。

 リンはいったい何を見てくれるなと頼んでいるのか……


 それは血で染まった己の姿か……

 それとも他人へ嫁いだ白無垢の姿か……。


 リンに止められたことなど忘れ、ソウケンは涙を流すリンに近づいていく。

 しかし、リンはそれよりも速く動いた。


 ゴトリ……


 重い音を立て何かが畳へ落ちた。


「……………………ぇ?」


 それはリンの首。


 ソウケンに何かさせる暇も与えず、リンは自分の持つ散椿で自らの首を断ったのだった。


 生首になってもなお、愛しい人の傍にいたいという想いか、リンの首は畳を滑るように転がりソウケンの足元へとたどり着いた。


 ソウケンはリンの首を抱き上げると愛おしそうに胸に抱いた。


「いつまでも、共におりましょう」


 いまだリンの体温を保ったままの首に、ソウケンはそっと口づけをするのだった。

 それは、あの夕立の中でした口づけと何ら変わることのないリンの香りがした。


 ソウケンは、このまま自分も命を此処で断とうと思い、リンの体が大事そうに抱える散椿を手にする。


 その時だ。

 

……ここに怨み成就せり。ここに呪い完成せり。


 散椿から、声が発せられた。


 其は男のようであり、女のようでもあった。

 其は子供のようでもあり、老人のようでもあった。

 その不思議な声色が含む感情はただ一つ。憎悪であった。


 この声の主の正体は長年アサダの家に首を刎ねられた者たちの怨念の集合だと、ソウケンは瞬時に理解した。


 そして、このままこの刀を放置すれば、いずれどこかでこれ以上の災厄をまき散らすだろう。そうなれば、世話になったアサダの名がさらに貶められてしまう。


 それだけならまだよい。ソウケンが我慢ならないのはリンが呪いを成した悪女だと世間に広められることだった。


 ソウケンは自害を一旦取りやめると、何を考えたか肩口をたすきで強く縛り散椿を右腕に押し当てた。


 刀の当たった皮膚はプツリと裂け、鍛えられた上腕の筋肉も容易く刃が入る。

 難儀なんぎしたのは骨だ。


「ぐっ……があっ……」


 刀をのこぎりのように引いては押し、引いては押しを繰り返し、固い上腕骨を断った。


 残ったのは皮一枚でぶら下がる腕だけ。ソウケンはそれを左手で引きちぎる。

 むき出しの傷から心臓の脈動と同期して、血が飛び出す。


 その切り取った己の腕を、散椿を抱えていたリンの胸の内に置いてやった。


「リンさん、今はこれで許しておくれな?」


 腕から漏れ出す血を厭うことなく、ソウケンは散椿を持ってその場を離れた。


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