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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第21話 淡きおもひで

 それは、ソウケンが一人道場で木刀を振っていた早朝の事だ。


 リンは女中と朝の片づけをしていたところ、手伝いの小僧から「旦那様がお呼びです」と声を掛けられた。


 女中に後始末は任せて屋敷の一番奥にあるシゲクニの部屋へと向かった。

 リンは「失礼します」と部屋の中にいるであろうシゲクニへと声を掛けてから部屋の襖を開ける。


 シゲクニの部屋は、屋敷の中で一番日当たりが良く、隣の部屋とのふすまを取り払えば四十畳はある。

 そんな大きな部屋にシゲクニは散椿が掛けられた床の間を背に目を瞑って座っていた。


 特に声を掛けられる様子もないので、リンはそのままシゲクニの真正面に座す事にする。


「おはようございます。お父様」


 朝の挨拶をするが、何か思案しているのかシゲクニから返事は返ってこない。


「お父様……?」


 再びリンに声を掛けられたシゲクニは、まっすぐに伸びた白髪の髭をゆっくり撫で付けながら話し始めた。


「……今年の梅雨は長かったな」


 在り来たりな会話の出だしに、リンは「はぁ……」と何とも気の抜けた返事をしてしまう。

 しかし、シゲクニの本題は別にあるようでリンの返事は気にも止めず会話を続けた。


「もうお前も、良い年齢としになった。そろそろ婚儀の事……考えんとな」


 いつかは、この話が訪れるであろう事は分かっていた。

 リンは、自分の心の内を悟られぬよう姿勢を正し、心に蓋をした。


「んん……これはまだ内々の話なのだがな。ソウケンをお前の婿にしようかと思おておる……」


「ええ!!」


 その驚きの声には多分に喜びの色が満ちていた。そんなリンの顔を見てシゲクニが破顔する。


「はっはっはっ。お前がソウケンの事を気にかけておるのは、ワシだけでなくお前の兄も門弟も皆が知っておる。それこそ、それに気づいておらんのはソウケン本人だけよ……」


 うまく隠すことが出来ていると思っていた己の恋心を皆が知っていると知らされ、リンは顔は火が出るような思いであった。

 しかし、その顔はすぐに真面目な表情に戻る。


「で、でも……よいのでしょうか?」


 リンの心配は家の事。跡継ぎの事であった。


 長男であるシゲアキが家を継ぐ以上、通例であればリンは外へ嫁へ出されるはずなのだ。

 そう思い、リンはソウケンへの気持ちは一生表へ出すまいと心に決めていたのだった。


「皆まで言うな。もうシゲアキにも話は通しておる。これはアサダの総意なのだ。まぁ、家督はシゲアキに継がせるのは、間違いない。しかし、ソウケンのあの剣の才を外に出すのは惜しい……。悔しいが、あれの剣はすでに全盛のワシをも遥かに凌いでおる。あれがいつかここから出て行くとなれば紫電一トウ流の沽券こけんにかかわる事態よ」


 稽古場へ足を踏み入れることのないリンは、父シゲクニが抱くソウケンへの評価の高さに驚いていた。


「……ゆえに、お前の婿として囲おうというのが、本音の所よ」


 そうは言うが、その顔には親としての温かさが表れていた。


 実際のところ、ソウケンが他所へ行くとは考えにくい。ソウケンを囲うとは建前であり、本当は我が娘が好いた者の所へ行けるようにという親心であった。


 リンにもそのことが理解できていた。

 嬉しくて父に抱きつきたい衝動を堪え、畳に額を付ける。


「誠に嬉しいお話……ありがとう……ございます」


 歓喜の涙がぽつりぽつりと畳に落ちて紙魚しみとなる。 

 その様子を見てシゲクニは満足そうに微笑んでいた。


◇◇◇


 そのような思いにふけっていると、いつ戻ってきたのかソウケンが目の前に立っていた。

 

「遅くなりました。……もしかして、怒っておられる?」


 恐る恐るリンの顔を覗くソウケンに、貴方の事を懸想けそうしておりました、とは言えず、リンは頭を振るのだった。


「さあ、あと少しよ。行きましょう」


「はい」


 二人は並んで本殿を目指し歩き出した。

 町人たちのお目当ては縁日の出店らしく、本殿の周りはガラリと空いて祭りの喧騒が遠くに感じる。


「せっかくだし、お参りして行きましょう?」


「そうですね」


 二人は並んで拝殿に手を合わせ神へと願いを捧げた。


 リンは、ソウケンとの将来これからの事を……。


 ソウケンは、リンが健やかで幸せであらんことを祈った。


 祈り終わったのは二人が同時……。

 二人とも相手が、どんな顔で祈っているのか盗み見ようとしたところ目が合ってしまった。


「フフフ……」

「ははは……」


 照れ笑いを浮かべながら、互いの願いを胸の内に秘め拝殿を後にした。

 

 境内を離れ、道場に向けて歩く二人の間には穏やかな空気が流れていた。

 互いに何を話すというわけではないが、それが気まずくなることもない時間。


 二人の胸の内は同じ。


 今しばらくこのままで……という思いが、二人の足をゆっくりゆっくりと進めるのだった。


 そんな二人の間に冷たい風が吹き抜け、ポツリとリンの鼻の頭を雨粒が濡らす。


 リンが天より落ちた水滴の在処ありかを確かめるように、空を見上げれば、空はいつの間にか分厚い灰色の雲が一面を覆っていた。


「リンさん、急ぎましょう」


「そうね、そうしましょう」


 二人は速足に切り替えたものの、雨はすぐに強く降りだしてしまった。

 仕方なく近くにあった民家の軒を一刻借りることにする。


「せっかく楽しい縁日だったのに残念ね」


 濡れた髪を拭きながら、リンがポツリと呟く。


「夕立ですから、そのうち雨も上がりましょう。それよりも……」


 そう言ってソウケンはたもとから、リンが眺めていた鈴の付いた付け根を取り出して見せる。


「え? どうしたの、これ?」


「えっと……これは、ですね。これで、リンさんの気分が……えぇっと……晴れればと良いなと思いまして……」


 ソウケンはかわやへ行くと嘘を付いて付け根を買いに戻っていたのだ。

 しかし、リンに嘘を付いてしまった手前、そして、初めて女性へ贈り物をするという行為にどもってしまう。


「もしかして、あの時買いに戻ってくれていたの?」


「……はい。もし……あの……迷惑でなければ、もらってくれないで……しょう……か?」


 ソウケンは恥ずかしさで消え入りそうな小さな声でリンへ尋ねた。

 リンはその不器用なソウケンの優しさが嬉しく、思わず涙が出そうになる。


 今朝の婚姻の話、もし、ソウケンが嫌だったら……などと、胸の内には一抹の不安を抱えていた。

 しかし、何も思わぬ女性へ贈り物などするような人では無いことをリンは理解している。


 嬉しさの涙を堪えようと、手を口に添え黙りこくってしまうリンにソウケンはどう勘違いしたのか怒っていると思ってしまっていた。


「す、すみません、すみません。女性の方に気安く贈り物など失礼でした……どうか、どうか忘れてください」


 そう言って手に持っていた根付を再びたもとへと仕舞いこもうとした、その時、リンの腕がそれよりも早くに動き根付を奪う。


 嬉しくて幸せでリンはその場に留まることが出来なかった。


 リンは土砂降りの雨も厭わず軒下から飛び出した。

 その拍子に付け根の鈴が、りん……と音を残した。


 自分が濡れていることなど構わず、リンはソウケンへ振り向く。


「大切にする……ずっと大切にします」


 何かを誓うかのように、リンは鈴の付いた根付けを胸にいだきながら、ソウケンにそう宣言するのだった。


 リンに誘われたかのように分厚い雲は晴れ、未だ雨は残るものの日差しが戻る。

 日の下に咲いたリンの美しい笑顔にソウケンは見惚れてしまった。


 リンは笑顔のまま、ソウケンへ飛びついた。

 あまりの事に驚きを隠せないが、日ごろの鍛錬で鍛えたソウケンの足腰はリンの体を容易く受け止める。


「リ、リンさん……ちょ、ちょっと」


 わずかながら残る理性でリンを突き放そうと押し返すのだが、その力は弱く、リンの首に巻いた手が離れることは無い。


「良いの、良いから……このまま……」


 そういってリンは目を閉じた。同じようにソウケンも目を閉じる。


 暑さ残る夕立の後、土の湿る匂いと共に、ソウケンたちは誰の目にも止まらぬように密かに口づけを交わした。


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