第20話 追憶のかなた
すでにソウケンの姿は見えなくなっていたが、彼が進んだ後は目印のように首が刎ねられたモンスターの死骸が転がっていた。
「ど、どういうことなんですか? あれが……あのセキワンが、どうして散椿を? それに十三代目アサダ・ジンエモンってどういう事なのですか?」
震える声でヤマギシが、事情を知るであろうアカツナへ問うていた。
「なんじゃったんじゃ、さっきのは? あれは魔法なのか?」
さらにはスクザも異様な状況の説明をアカツナに求める。スクザの問いに答えたのはリッカだった。
「あれは……魔法じゃない。たぶん呪い」
そのリッカの答えに付け加えるようにアカツナが話を始める。
「そうです。あれはリッカ殿の言う通り呪いです。あの散椿という刀……作られたのは300年ほど前。初代アサダ・ジンエモンから今世まで打ち首のために用いられ続けておった刀と聞いております。おそらく何百、何千、何万もの怨念がその刃に宿っておるのです。それが、あの刀に込められた呪い」
「でも……それだけじゃない……でしょ?」
それだけであれば、あの白無垢姿の髑髏は説明にならないとリッカが問い詰めると、どこか観念した様子でアカツナが答えた。
「ええ……ええ……私も伝え聞いただけなので、詳しくは分かりませんが……」
ソウケンが作りし屍山血河を走り抜けながら、アカツナは自分の知り得るソウケンの事を話し始めた。
◇◇◇
場面は変わり、アカツナ達よりもずっと先方を行くソウケン。
彼は目にもとまらぬ速さで敵を切り伏せつつ、己の背にしがみつく白無垢の骸骨名を呼んだ。
「……リンさん、しっかり捕まっておくのだよ」
それだけで、あの遠い暑い夏の日が思い出された……
◇◇◇
青い空。山向こうに聳える大きな入道雲。鳴り止まぬ蝉時雨。打ち水で濡れた朝顔は未だ紫の花弁が開いていた。
普段であれば稽古をする男達の声が響く浅田の道場。
今は、ひっそりと静まり返っていた。
なぜならば道場に通うほとんどの者が、のちに『秋津の戦い』と呼ばれる合戦へと出向いていたのだ。
この戦いには、アサダ家長男である重明も参戦していた。
この日、道場には内弟子の中で一番年若いソウケンと、ソウケンの二つ年上のアサダ家長女、燐。そして御年七十を超える当主、十二代目浅田甚右衛門重國だけが残っていた。
一人きりの朝稽古が終わったソウケンは、井戸で体を清めたのち、自室の文机に向かい日課の教本の模写に励んでいた。
「ソウ、ちゃんと勉強してるの?」
ソウケンは紙を走らせていた筆を止め、声を掛けた主の方へ正座を崩すことなく体ごと振り向いた。
そこに立つのは艶のある黒髪を簪で結い、淡い桃色の小袖を着た美しい女性、リンであった。
しゃんと伸ばした背筋と意思の強さがうかがえる瞳が彼女の魅力をさらに引き立てていた。
「は、はい。今ちょうど終わったところです」
リンはいつもソウケンの事を案じ、気さくに声を掛けてくれていたのだが、ソウケンはリンの前に出るといつもその美しさに言葉が上ずってしまうのだった。
「んー……、どれどれ? 私に見せてごらん」
リンはソウケンに体を寄せ、文机に置かれた半紙を眺めた。
不意にふわりと香るリンの香にソウケンは眩暈がするようだった。
「リ、リンさん……? あのぉ……少し、近いんじゃ……?」
ソウケンは自分の吐息がなるべくリンにかからないように息を止め、その近さに注意を促すが、リンの方はそんな事など素知らぬ顔でソウケンに微笑んで見せた。
「うん、ちゃんと書けてる。フフフ、偉い偉い」
リンはその名の通り、鈴を転がすように笑う美しい女性であった。
そして、他の人には礼儀正しい女性なのだがソウケンにだけは、このように屈託なく接する事があったのだ。
その仕草が未だ少年と言ってもいいソウケンの心の内を激しくかき乱すのだった。
そんなソウケンの心情を知ってか知らずか、リンは立ち上がるとソウケンの手を取り立ち上がらせる。
「ど、どうしたんですか、リンさん?」
「フフフ、ソウ。少し私に付き合ってくれないかしら?」
ソウケンの「どこに?」という問いは、はぐらかされ、気づけば玄関で草履を履かされていた。
リンとソウケンは屋敷の中にいるであろう家主シゲクニへ、揃って「行ってまいります」と大きく声を掛け玄関の戸を開く。
玄関口のすぐ横にはリンが丹精込めて育てている数鉢の朝顔が色鮮やかな花びらを閉じて眠りにつき、水をたらふく与えられた、と湿った土の臭いが知らせてくれていた。
さすがに外に出てまで手を繋ぐことは無く、二人は並んで城下の町へと繰り出していった。
その様子を自室の縁側から眺めるのは、当主のシゲクニ。
二人の仲睦まじい様子を温かい眼差しで眺めていた。
◇◇◇
リンが出向いたのは、城下より少し外れにある神社の境内であった。
「縁日……ですか?」
「フフフ、当たり」
町人たちが次々と鳥居を潜り境内へと入って行く。二人もそれにならい境内の中へと入っていった。
「ほわぁ……すごいものですねぇ……」
鳥居から神社まで続く長い参道に所狭しと出店が立ち並び、賑やかな様相を呈していた。
「ソウは、縁日に来るのは初めて?」
「はい。シゲクニ様の内弟子となる前は、田舎の貧乏侍の三男でしたから。こんな大きな神社ありませんでした」
二人は人の流れに乗って境内の奥へ奥へとゆっくりと歩いて行く。
「私も母様が生きていたころに来たきりだから、随分と久しぶりなの」
出店は汁粉屋、団子屋、天婦羅屋などの食べ物屋が多く見られた。その合間合間に面を売る店や飴細工、猿の曲芸師までいた。
あまりの賑わいにソウケンはキョロキョロと視線をあちこちに送り、目を丸くした。
「に、賑やかですね」
「フフフ。そうでしょ? 一度、ソウと来てみたいと思っていたの」
リンの「ソウと来たいと思っていた」という言葉に、ソウケンの心臓が大きく飛び跳ねる。
「ハ、ハハハ。リ、リンさん……私をからかわないで下さいよ」
一気に吹き出した汗を懐から取り出した手ぬぐいで慌てて拭いた。
「ん? 何が?」
少し前を歩くリンが振り返り、小首を傾げる。
ソウケンよりも二つほど年上のリンであったが、その仕草がたまらなく愛らしく思えた。
赤く染まるソウケンの顔を見ると、リンは満足そうに笑い、再び前を向いて歩き出す。
暫くの間、二人の間には会話という会話は無かった。喧しく無く蝉の声と人々の喧騒、遠くから聞こえる笛や太鼓の音。
ソウケンは少し先を歩くスズの後姿、特に項のあたりをじっと見つめながら、どうかこの時間が長く続いてくれるよう参道の長さを気にして歩いていた。
そんな時、リンが歩みを速め、一つの出店へ吸い込まれるように向かっていく。
わずかばかりの口惜しさを残しつつ、ソウケンもリンの後を追った。
そこは、どうやら女性用の提物を多く扱う出店らしく、可愛らしい柄の巾着や煙草入れ、組紐などが台の上に飾られていた。
リンはその数ある品の中から、小ぶりの鈴が取り付けられた根付を真剣な眼差しで見つめている。
「それ、ほしいんですか?」
ソウケンの問いにリンは頭を振る。
「ううん。ただ見ていただけ」
そう言う割には、その鈴から視線を一切外さない様子からソウケンにもリンがこれを欲しているのが理解できた。
「失礼します」
店主に断りを入れ、ソウケンはその鈴の付いた根付を手に取って確かめてみた。
小ぶりな銀で出来た鈴の外面には、細かな花の細工が施され職人の技が見て取れた。
「それを手に取るとは、お目が高いですな」
初老の店主がソウケンへ話しかけてきた。
「その鈴の根付はね、西の職人が丹精込めて作った一品でして……」
滔々と根付について説明を話し出すが、リンはそれを聞くことなくソウケンの手を引き、店から離れる。
「ちょ、ちょっと、リンさん。良いんですか?」
ソウケンは後ろ髪惹かれるように店を指さし、リンに根付を買わなくてよいのか訴えかける。
「良いの、良いの。見ていただけなんだから。それより、出店はまだまだあるんだから立ち止まっている暇はないわ」
そう話すリンは、どこか強がっているようにソウケンには見て取れた。
なぜリンがあの場を立ち去ったのか彼女の心の内が分からず、ソウケンは首をひねる。
しかし、リンの内情はこうであった。
あの店主の話を聞いていたらソウケンは、きっとあの根付を自分に買い与えてくれるであろう。
その事が分かってしまい、自分がソウケンへ贈り物を催促しているように思えて、それが辛抱ならなくなったのだ。
リンは少しばかり店主に悪いことをしたかな、と考えながら参道を歩いていた。
「リンさん……ちょっとリンさんってば……」
もう、本殿に着きそうだという頃、考え込んでいたリンにやっとソウケンの言葉が届いた。
「どうしたの?」
リンがソウケンを見るとその顔は真っ赤になり、辺りをうかがえば通行人達がこちらを見てニヤニヤと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
そこでリンは自分が未だにソウケンと手をつないだままだと言うことに気が付き、慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい」
「い、いえ……ぜんぜん構いません」
お互いが顔を赤くして、恥ずかしさのあまりその場にうつむいてしまう。
言いようのない歯がゆい時間が二人の間を通り過ぎていくが、その間に耐えきれなくなったのはソウケンだった。
「あの……リンさん……?」
「な、なに?」
「申し訳ないのですが、私、少しばかり厠へ……」
何とも雰囲気を壊すソウケンの発言に思わずリンの顔に笑みがこぼれる。
「もう……。ここで待ってるから行ってきて良いよ」
それは注連縄がされた境内で一番大きな銀杏の木の下の事だった。
ソウケンは慌てて今来たばかりの参道を慌てて戻って行く。
その背をスズは微笑んで見送り、喧騒の中にソウケンが消えると銀杏の木に背中を預けて天を仰ぐ。
夏の日差しを遮る青々とした銀杏の葉から、小さく夏の木漏れ日がリンを照らし、目を細める。
ふとリンは今朝方の事を思い出した。




