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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第19話 十三代目浅田甚右衛門が通る

 ソウケンの声に一番に反応したのは、アカツナであった。

 其の声を聞き取るや、興奮した様子で声を上げた。


「皆の者、耳を塞げ!!」


 普段の教えから、彼の門下生であるヤマギシは瞬時に自分の掌で耳を覆った。

 リッカとスクザは何のことかと一瞬、行動が遅れる。


 ……りぃー……ん


 遠くから微かではあるが、確かに鈴の音が一つ聞こえた。


 その瞬間、リッカとスクザの体に異変が走る。


 脳髄が揺れ、頭ががくんと落ちる感覚がおとずれたのだ。


「な、なに……これ?」


 八百年の内でも感じたことのない衝撃にリッカの顔にわずかな驚きと戸惑いの表情が浮かんだ。

 スクザの異変はさらに顕著けんちょであり、立つこともままならず地面に膝を付いて項垂うなだれていた。


「ア、アカツナ。これはどういうことじゃ?」


 狼狽えながらも、スクザは事情を知るであろうアカツナに疑問を投げかけてみた。

 しかし、アカツナから返答はない。


 どういうことかと、アカツナを仰ぎ見れば、その顔は性的に興奮しているかのように紅潮し、息を荒げていた。


「アカツナッ!!」


 二度目のスクザの声にアカツナは正気に戻る。


「あ、あぁ……遂に、遂に来たのだ。ススガ・ソウケ。……いや、十三代目アサダ・ジンエモン。そして、セキワンの戦神いくさがみ……」


 どこか熱にうなされているかの様に、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

 リッカは、アカツナの言うアサダ・ジンエモンなる人物をどこかで聞いた気がした。


(確か……村の子供たちが言ってたような……)


 チャンバラごっこをする子供。そして、タマのあの時の得意げな顔が未だ眩暈の残るリッカの脳裏に蘇った。


「……紫電一トウ流?」


「はぁああっ!!」


 ふとリッカが出した言葉にアカツナが身震いを起こし異常な反応を見せた。


「来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ、来るぞ…………」


 ブツブツと同じ言葉を唱えるアカツナ。

 だんだんとリッカの眩暈も収まり、思考が現状の理解に追いつきだした。


(なぜ……魔法が来ない?)


 そう、先ほどまで賢者の死骸(ワイズマン・デッド)達は魔法を放たんとしていたはず。しかし、一向にその気配は無い。

 リッカは森の中に立つ不死者アンデッドを確認するため、視線を泳がせたその時――


 りぃぃ……ん


 先ほどよりも近くで再び鈴の音が鳴った。

 リッカ達を取り囲むモンスターがその瞬間びくりと体を震わすと、その場で時が止まったかのように静止した。


 そして、次に訪れた変化に、この場にいたアカツナを除く全員が驚愕した。


 なんとモンスターの首がボトリと音を立てて地面に落ちたのだ。それは、目の前にいる一匹だけでなく、リッカ達を取り囲むすべてのモンスターが同じ。


 静けさの中、ボトリ……ボトリ……ボトリ……首が落ちる音だけが空気を揺らしていた。


 暫くの後、一つの足音がこちらに向かってやってくる。

 辺りはモンスターが流した血で河が作られ、歩くたびに粘度を伴うネチリ、ネチリ……という水の音が、首の落ちる音に変わりこの場を支配した。


 暗き森から姿を見せたのは漆黒の甲冑に鬼の半面を被った武者……ソウケンであった。


 いつもとは纏う空気の違いに、リッカは一瞬別人なのかと錯覚してしまう。


 しかし、その片腕と鈴の取り付けられた太刀は見紛う事なきソウケンだと確信すると同時に、あの鈴の音の正体が刀に取り付けられているそれだと理解した。


 どんなにソウケンが激しく動こうとも鳴らずの鈴がどうして? 疑問は浮かぶが、それを口に出すことは出来なかった。

 それほどまでにソウケンは異様な雰囲気をその身に宿しているのだ。


 じっとソウケンの姿を見るリッカに一瞬、ソウケンの視線が交錯する。

 リッカの目に映るそれは、いつものお人好しのソウケンの瞳であった。

 その瞳にリッカは、心の内のどこかが安心することが出来た。


「リッカ殿……無事で何より」


 ねぎらいの言葉も早々にソウケンはリッカに問うた。


「この森の中で鳥居……いや、朱色の門の様なものは見なんだか?」


 ソウケンの問いにリッカはわずかに思案し、ふと昨夜、モンスターと戦いつつ見た朱色の建造物の事を思い出した。


「昨日の夜、不思議な形の赤色の門のようなモノを見た。たぶん、あっち」


 リッカが指し示す方角へ、ソウケンも体を向ける。おそらくは其処がこのダンジョンの最奥。


 しかし、敵は待ってはくれない。

 血の匂いに誘われ、再びモンスターの群れが襲い来るのだった。

 静まり返っていた森に大量のモンスター達のけたたましい吠え声が鳴り響く。


 すぐにリッカは臨戦態勢を取ろうとするのだが、それをアカツナが制止した。


「リッカ殿……。ここからが見物ですぞ」


 アカツナの逆上のぼせ上がった瞳が、ジッとソウケンを見つめるのでリッカもそれに習った。

 それを知ってか知らずか、小さくれど愛おしそうに刀に向かい囁いた。


「起きておくれ、リン」


 まさしくその響きは愛の囁き以外の何物でもない。

 ソウケンの声に呼応するかのように鈴がリンと鳴る。


 ただそれだけなのだが、百戦錬磨たるリッカの白い肌が粟立あわだった。


 ソウケンの足元に作られた赤々とした血河から何かが迫り上がる。

 その場にいたすべての者が固唾を飲んで見守る中、血溜まりから現れたのは、一切の汚れを知らぬ白無垢姿の女性……。


 伏せられた顔は花嫁衣裳の角隠しによりうかがうこと叶わず。しかし、ソウケンの右側に祝言でも上げるのかと言わんばかりに大人しく座していた。


 戦場にして、その異様な出で立ちが、見るものすべての恐怖心を煽る。

 さらにその不気味さを加速させる要因が、その白無垢姿が手に愛おしそうに抱えるものだ。


 それは真っ赤な血に染まった成人男性のかいなであった。

 それを白無垢姿の女性は頬ずりせんばかりに両手で大事に抱えているのだ。


「リンや……今しばらく、我が腕を返しておくれ」


 白無垢姿の女性へソウケンが語り掛けると、彼女は伏せた顔を上げる。


「っ!!」


 その姿に皆が声を失ってしまった。


 白無垢の角隠しの下、そこから現れたのは人の髑髏であり、良く見れば白無垢の袖から覗く手も白き骨で出来ている。


 その異質さは、同じ髑髏で出来ている賢者の死骸(ワイズマンデッド)を遥かに凌駕し、ヤマギシはガチガチと歯の根が合わない程、打ち震えていた。


 白無垢にはそんな者たちは視界に入らないのか、伽藍洞がらんどうとなった双眸そうぼうはしっかりとソウケンを見つめ、そっとソウケンの肩口へ持っていた腕を押し付ける。

 返されたソウケンの右腕は、一瞬だけのたうつ蛇のように暴れるが直ぐにソウケンへと帰属した。

 その赤き腕でソウケンは封じられし自らの刀を抜く。


「見よ、あれが散椿ちりつばきだ」


 なぜかアカツナが誇らしげに、ソウケンの持つ刀の銘を告げた。


 それはヤマトに生きる侍なら誰もが知る名刀の一振り。稀代の刀工深山国光(ミヤマ・クニミツ)が晩年に打ちし最高傑作、散椿国光ちりつばきくにみつに他ならない。

 

 ソウケンは血河を反射し紅く輝く散椿を肩に担ぐように構えると、その背に枝垂しなだれかかるように白無垢姿の骸骨がしがみついた。


 骸骨の重さを感じないのかソウケンはそれを気にする素振りもなく、目的地をまっすぐ見据えると、足に力を籠め、名乗りを上げた。


「十三代目アサダジンエモン……推して参るっ!!」


 その言葉と同時にソウケンは白無垢を背負ったまま、目的地へとまっすぐに飛び出す。が、その姿を捉えることが出来た者はこの場ではリッカとアカツナだけであった。

 それほどまでの速力。それはまさに紫電しでんの如し。振る刀のその威力もまた紫電の如し。


 迫りくるモンスターを、ソウケンはものの見事に首を刎ねていく。

 それはアカツナの振るう刀の比ではない。一振りで十も二十も首なしのモンスターを作り上げていった。


 帰り知らぬ黄泉の道、リッカたちもソウケンを追うように森の中を進んだ。


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