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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第17話 野干ヶ森ダンジョンが牙をむく

 居間の中央で言われるがまま直立不動で立つソウケンの周りをタマが忙しそうにせっせと動き回っていた。


「まさかのような物、取っておったとは……」


 今、ソウケンはかつて戦で着用していた甲冑かっちゅうを着せられているのだ。

 それは飾り甲冑とは違い、使い込まれあちこちに傷跡の残る漆黒の甲冑。


「もしもの時に必要かと思いましてね。…………これで、よしっと」


 タマは最後の仕上げにと、胴の上帯を力いっぱい締め上げて、甲冑が外れることがないか揺すって確かめた。


 そしてタマは此処ここへ越して来た時より疑問に思っていたことをソウケンに尋ねてみることにした。


「兜はなかったんですけど、よかったんで?」


 それについて、当の本人であるソウケンはあっけらかんとした様子で答えた。


「ああ。あれはもう、要んと思って戦場に捨ててきたのだ」


「はぁ……何とも剛毅ごうきなことで」


「そのような良いモノではないさ……。さてと、行くとしようか」


 ソウケンは刀掛けに預けていた刀を再び腰に差すと玄関へと向かう。

 その背に向けてタマが声を掛けた。


「ソウさん、これはどうしましょう?」


 そう言ってタマが持ち出したのは箱の奥底に仕舞われていた面頬めんぽう……。

 それも目から下を覆い隠す目の下頬めのしたぼうと呼ばれる怒れる鬼の口を模した黒塗りの面であった。


 それを受け取るとソウケンはどこか懐かしむように、面を眺め「うー……む。せっかくだ、着けておくか」そう言って面を顔に付けた。


「これで万事良しっ!」


 ソウケンは玄関の戸を出てゆく。


「どうか……どうか、ご武運を……」


 その背に向かってタマが火打石をカチッカチッ……と二度、三度と打ち付けソウケンの無事を祈った。


「うむ。では、行って参る」


 振り返ることなくソウケンは別れの言葉を告げ、足早に森の中へと入っていった。

 その背を見つめるタマの表情はどこか誇らしげで充足感に満ちていた。



◇◇◇


 場所は変わり野干ヶ森(やかんがもり)の奥深く。

 ダンジョン化して魔窟まくつと成った緑の迷宮内部。数十人の侍の叫び声とスクザの怒声が響き渡っていた。


「お互いの背を守らんかっ!!」


「ひぃぃぃいっ! そう言われ申しても……」


 彼らの前にはゴブリン、オーク、トロル等々、モンスターの混成軍が襲い掛かっていた。


 それらモンスター達にかろうじて対応できているのが、スクザとアカツナのみ。

 他の若侍たちは、すでに烏合うごうの衆と化し戦意を失いかけていた。

 その中には、ソウケンへ絡んでいたヤマギシケンゴの姿も見受けられる。


 彼ら若侍が狼狽うろたえているのには訳があった。


 彼らが緑の迷宮に入った瞬間、トロルの巨大な棍棒が叩きつけられ、数人の若き侍が地面にべたりと張り付く紅きコケのようになってしまっていたのだ。


 その凄惨な死にざまは彼らの予想のはるか上を行っていたのだ。戦場で刀や槍、矢で死ぬのとは違う。惨たらしく汚らしく、そして侍の教示もあった物ではない、その死にざまに彼らは臆してしまっていた。


「アカツナ!! このガキどもは役に立たん! どうにか我らで活路を開くぞ!!」


「相、分かった!!」


 すでに彼らの辺りはモンスターの群れに囲まれていた。それも退路を断つ形で……。


 スクザは襲い来る巨体のトロルの棍棒を、拳を、小柄ながらもその怪力で全て弾き返し、傷を負わしていく。


 アカツナもゴブリンの放つ矢をことごとく刀で打ち払い、モンスター共を一刀のもと切り捨てていった。


 彼らの死中に活を求める森の中の行軍は、蛞蝓なめくじが地を這うかの如く、ゆっくり、ゆっくりと前進していく。


 そんな中、わずかばかりの助力になればと一人の勇気ある若侍が刀を振るった。


 しかし、その刃はオークの固く分厚い筋肉に阻まれ、致命の一撃を与うること叶わず。

 逆に刀持つその腕をつかみ取られると、思い切り頭から地面に叩きつけられ、脳漿のうしょうと眼球が飛び散った。

 

「ウガァアアアアアアアア!!!!」


 手傷を負わされたオークは怒りで叫び散らす。その怒りに満ちたオークの目が映すのは、怯えるヤマギシケンゴ。

 オークは未だその手に掴んでいる頭の潰れた侍を凶器に変え、ヤマギシに向かって振り下ろした。


「ひっ!!」


 スクザ、アカツナ両名が気づいたときには時すでに遅く、ヤマギシの命は仲間の侍の死体によって潰されんとしていた。その刹那――


 銀剣一閃。


 怒り狂ったオークは、胴体から上下二つに断たれ死に絶えた。


 それを成した者が腰の抜けたヤマギシを見下ろしていた。


 其れは一陣の風と共に白銀の髪をなびかせ、何も寄せ付けぬ深緑の瑠璃るりで出来た様な瞳を持つ女性――

 まさしく戦場に降り立つ戦乙女いくさおとめ


 その姿を見てスクザが直ぐに反応した。


「先生っ!!」


 続いてアカツナが。


「何!? リッカロッカ殿か?」


 現れたリッカロッカの鎧は所々焼かれ、傷がつき、その手に持つレイピアの刃も破損が目立っていた。

 しかし、その表情はいつも通りのリッカである。


「……なんで、こんな所ににいる?」


 助けが来てくれたことを喜ぶこともなく、変わらぬ表情のまま小首をかしげて見せた。

 リッカの質問を受けたスクザは、しどろもどろに答える。


「そ、それは。えっと……先生を助けに……ですなぁ」


「スクザは、他との連絡役。それがダンジョンに潜るなんて愚かなこと」


 リッカは淡々とスクザをしかりつけた。


「それは、そうなんですがの……でも」


 冷や汗を流すスクザにアカツナが助け舟を出す。


「お叱りは、のちに!! 次が来ますぞ!」


 アカツナの怒声にも似た呼びかけの後、モンスターが津波のように森の中から押し寄せてきた。


「先生!! このまま戦いながら引きましょう!!」


 スクザは戦斧を振り回し、モンスターをなぎ倒しながら、リッカに撤退を提案した。

 しかし、リッカの返答は否であった。


「無理。もう、私たちはすでにダンジョンに囚われてる。ここは私たちを外に出す気はないみたい」


 レイピアを振るいつつリッカが答えた。


 そう、昨夜からリッカはずっとダンジョンからの脱出を試みているのだが、どういうわけか外へと出ることが出来なくなっていたのだ。


 リッカは恐るべき体力と気力で一晩中モンスターとの鬼ごっこをやってのけていた。

 それが突如として一斉にどこかへ移動をし始めたので、後を追ってみればスクザたちと合流できたというわけなのである。


 そんな事情を一切知らないスクザであるが、先生が言ったことなら間違いなし! と考え改め、一気に180度方針を変えた。


「ならば、森の奥を目指すしかない!! ダンジョンの核を壊せばこの事態も落ち着くでしょう?」


「それも無理」


 リッカの目が、襲い来るモンスターを前に震える若侍たちをチラリと捕らえた。


 リッカが何を訴えているのかは火を見るよりも明らかである。

 彼らを庇いながらの戦闘は、限界があるのだ。


 固まる若人を中心にリッカ、スクザ、アカツナの三人で張る刃の結界もどんどんと、その輪が小さくなっていく。


 このまま彼らを守りながら戦いを続けていれば、自分たちの体力が底をつくのは明らか。このまま戦えぬ者を守っていては全滅は免れることは出来ない。


 スクザは、この場のリーダーとして冷酷な決断を迫られていた。


 ギルドマスターをしていて、仲間を見捨てることが出来ず死んでいった冒険者を数多く見てきたスクザは、ギリリ……と奥歯を噛み締める。


 そして、心を鬼にして皆に号令をかけた。


「ワシ達は、これよりこのダンジョンの深部を目指す! 死にたくない者は後れを取るなっ!!」


 戦斧を振るいながら、若き侍たちに声を掛けた。


 彼らも武士の端くれ。


 震える手で刀を次々に手に取り、モンスター目掛け正眼の構えを取った。彼らはみな一様に理解したのだ、これが死出の旅になると……。


「「うおおお!!!」」


 気合いを乗せた発声で、侍たちは次々にモンスターに向かってゆく。

 ゴブリンをうまく打ち倒す者。オークと切り結び、その怪力に散る者。集団でトロルに襲い掛かる者。全員が必死にモンスターと打ち合っていた。


「……お前ら」


 その姿を見て、自分の教え導いた武士道が間違いではなかったと、アカツナの胸に熱き感情がほとばしる。

 そして、自分も負けてはいられないと、モンスターの群れに打って出た。


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