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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第14話 リッカ、魔狼との戦い

 一方その頃。野干ヶ森の奥深く。

 緑に覆われたダンジョンの中。山桜が薄紅の花をつけ、地面に咲くすみれが紫の絨毯を作る。


 春の色どりを沿える花々の中、なぜか夏に咲くはずのウバユリや白い花をつけた栗の木が見て取れる。

 そうかと思えば、あちらには秋のように紅葉が色づき、向こうには冬のように南天に赤い実が付いているではないか……。


 これはダンジョン化により森の植物にまで、その影響が表れ始めている証であった。


 そんな時の狂った森の中を一人、リッカが慎重に歩を進めていた。その姿をよく見れば白銀の胸当てに僅かに血がこびりついているのが見て取れる。


 すでにリッカはモンスターの群れと出くわし、それを撃退していたのだ。


 先日、ダンジョンに入った際には、一日索敵してもモンスターに遭遇する方が難しかった。それが今日は探さずともモンスターの方からリッカを襲いにやってきていた。


(おかしい……一昨日よりもモンスターの数が多い。なぜ?)


 顔色を変えぬままではあるが、胸の内には疑問が過る。


 しかし、ダンジョンは彼女に考えるいとまなど与える気はないようだ。


 前方二時の方向、距離にしてリッカの歩幅二十の辺り。枯れ草と新緑が入り乱れる藪が大きく揺れた。


「……ふぅ」


 本日何度目かの会敵に小さくため息を吐きつつ、リッカは腰のレイピアに手を伸ばした。


「グルルルル……」


 唸り声を上げ藪から現れたのは灰色の毛皮をまとった仔馬ほどの大きさを誇る魔狼ウォーグだ。


(やっぱり変。この前まで魔狼ウォーグなんて見かけなかったに……)


 相手が魔狼ウォーグと分かるや、リッカは警戒の範囲を大きく広げる。


 彼らは名に狼とつくだけあって、集団で狩りをするのを得意とする。

 十中八九、今リッカの目の前にいる魔狼ウォーグは囮役であり、本命はどこかに隠れ潜んでいる。


 リッカは不覚にも魔狼ウォーグの群れの領域の中に足を踏み入れてしまっているのだ。


 ジリ、ジリ、と身を低くしながら巨大な狼はリッカとの間合いを詰める。


 リッカの周りは木々に鬱蒼うっそうと生え、剣を振るのは難しい。

 リッカはレイピアから手を離し、懐にしまっていた小ぶりのナイフに得物を変えると目の前に切先を向け刺突の姿勢を取った。


「ガウッ!!」


 魔狼ウォーグが一つ吠え、リッカに全速力で向かって来る。


 リッカはさきほどと同じ姿勢を保ったまま、相手が自分の間合いに入るまで待ちの構えを見せた。


 魔狼ウォーグの脚力はすさまじく、瞬く間にリッカとの間合いを詰めたかに見えた。が、リッカの間合いに入る直前、急激に突進の速度を落とし、リッカの右手へと回った。


 これは、リッカのナイフに臆したわけではない。この狼は陽動。本命は、リッカの左だ。


 ナイフの死角となった左方向から密かに近づいていたもう一匹の魔狼ウォーグが、大きな口を開けてリッカに襲い掛かってきたのだ。


 並みの冒険者ならば死すること間違いなしの連携攻撃。

 しかし、リッカもこの動きには気づき、あえて、他の魔狼ウォーグを誘い出すために策に乗ったのだ。


 リッカは襲い来る牙をひらりと後方に飛んで避けると、すかさず目の前にある巨大な狼の顔面に顎から脳天を突き抜くように素早く二度、ナイフを差し込み、続いてくるであろう攻撃に備える。


 先ほど対峙した魔狼ウォーグが、高く跳びあがり襲い掛かってきた。


 リッカは身を低く前方に滑るように飛び出すと、飛び上がった魔狼ウォーグの腹の下に入り込む。そして、がら空きの腹部にすかさずナイフを深く突き刺し、そのまま尾の方まで一気に切り裂いた。


 魔狼ウォーグは着地の衝撃によりはらわたが飛び出し、そのまま息絶える。


「これで、二匹……」


 魔狼ウォーグは少なくても三匹、多くて十匹の群れを形成する。そのあたりの生態も理解しているリッカは緊張の糸を途切らせることはない。


「ゥォォオオオオー……ン」


 少しばかり離れた位置から遠吠えが響いた。それを合図に森の奥から魔狼ウォーグが姿を現す。その数……四。


 リッカは姿を現した狼達を相手することなく、森の中へと駆け出した。

 四匹はそれを追うように方向を変える。


 リッカは巨大な狼達を後ろに従え、森を駆け抜ける。


 速力としては狼達の方がリッカよりも僅かに速い。にもかかわらず彼らが距離を詰めずリッカの後方に張り付いて走るのは、狡猾にもリッカの体力が底をつくのを狙ってのことだ。


 その考えもリッカには承知の上であった。


 リッカが目指すのは群れのリーダーたるオスの魔狼ウォーグ。先ほど遠吠えで指示を出した個体だ。


 遠吠えの位置と風向きからリッカはリーダーの居場所を割り出していた。同じように続く森の景色を走り抜け、わずかに開けた場所へと出る。


 そこに威風堂々たる立ち姿で、リッカを迎える魔狼ウォーグの長がいた。

 その姿は他の物より遥かに大きく、纏う毛皮は闇夜のように黒い。


「大きい……」


 大陸でも、これほど大きな魔狼ウォーグは確認されたことがない。


 臆してこのまま立ち止まってしまえば、瞬時に囲まれてしまう。


 リッカは速度を変えることなく魔狼ウォーグの長へと向かっていった。

 リッカを出迎えるように巨大な前肢が持ち上がると、恐るべき速さでリッカを押しつぶさんと地面を叩いた。


 その威力のすさまじさ。


 前肢が叩きつけた地面は大きく沈み、その周囲の土地を隆起させるほどの力を見せた。が、リッカの前進は止まらない。


 次に迎えるはその巨大なあぎと。その一噛みはオリハルコンの原石すら容易く噛み砕くことが出来る。


 巨大な虎挟みのような口がリッカを襲う。

 金属音にも似た歯と歯が噛みあう音が森中に響き渡った。


 リッカは……


 リッカは、寸前でその顎を飛び上がって躱すと、魔狼ウォーグの大きな背の上に着地した。


 魔狼ウォーグの長は背に乗るリッカを振り払わんと、体を振るうが、リッカは固い毛をしっかりと握りしめ振動に耐える。


 手に持つナイフは、長の分厚い毛皮を通らないと投げ捨て、今度はレイピアを鞘から抜く。


 リッカが狙うのは、腕の下にある魔狼の頸椎のわずかな隙間だ。

 振り落とされないように握りこんだ毛をさらに強く握り、レイピアを頸椎目掛け素早く二度刺す。


 レイピアに付く血は僅かだが、確実な致命傷を魔狼ウォーグの長に与えた。


 長はビクンッビクンッと痙攣しながら地面に体を投げうつと、息絶える。


 群れのリーダーを失った他の魔狼ウォーグ達がわずかに怯む。その隙にリッカは魔狼ウォーグ達との距離を一気に縮めた。


 レイピアがギラリとまたたく。


 リッカは完璧な角度で魔狼の耳の穴にレイピアを差し込むと、脳髄をかき混ぜた。

 狼は白目をむき口から泡を吹いて倒れる。


 それを目視する間もなくリッカは次の獲物へと飛び掛かった。

 次の獲物は喉笛を見事に切り裂かれ、呻き声を上げることなく死に絶えた。


 あまりの速さに剣を喰らった魔狼ウォーグ達には、リッカが瞬間移動したように思えただろう。

 いや、それすら気づくことなく絶命したやもしれない。


 残る二匹が取った行動、それは逃げの一手だった。


 リッカが魔狼ウォーグの喉笛を切り裂くと同時に、きびすを返して森の中に走り去ってしまったのだ。


 このまま放置してしまえば、いつぞやのゴブリンのようにダンジョンの外へ逃げるかもしれない。

 しかし、リッカの走力よりも魔狼ウォーグの足の方がわずかに早く、そして二匹だ。奴らが二手に分かれてしまえば、捕まえようがない。


 そこでリッカは奥の手を出すことにした。


 レイピアを持つ手とは逆。左手を逃げる狼達に向け、魔力を展開する。


 リッカほどの使い手ならばこの程度の魔法、一瞬で魔法を形作ることが出来るのだが、ここは魔素を持たぬ地。

 魔力はどんどんと大気中へ霧散していく。


 しかし、消えゆく魔力よりもさらに多くの魔力を放出することで、魔法を形作った。


 魔力が炎に変わる。

 それはオレンジから青へと変わり、小さな火球へと形作られた。


「我が敵を焼き払え……火球ファイアーボール


 リッカが魔法名を小さく口にした瞬間、青き火球は放たれた矢のようにまっすぐ魔狼ウォーグ達に向かった。


 火球ファイアボールはちょうど、二匹の間の空間で大きく爆ぜ、巨大な火柱を上げる。


 轟轟と燃え盛る炎が消えると、そこに残ったのは灰燼かいじんと化した魔狼と木々のみであった。


「……ふぅ……ふぅ……」


 いつもの無表情のリッカの額には玉のような汗が浮かび、疲労が見て取れる。


 それもそのはず。本来ならば、大気中に漂う魔素を体に取り込み、それを魔力へと変換し魔法を行使するのだが、リッカの今見せた魔法は、己が魂を満たす魔素を消費し、火球(魔法)へと変換したのだ。


 それは、水中で呼吸を止めるが如く、いや、それ以上の苦しみを強いた技であった。


 わずかな量であれば時が失われた魔素も回復してくれるだろう。


 しかし、これがもし自己の魔素を大量に消費してしまうほどの大魔法や魔法の連続使用であったならば魂が崩壊してしまう。


 それが意味するはリッカの死。ゆえにこれは奥の手。リッカの最終手段であった。


 息を整えつつ、ソウケンの元へと戻る算段を付けていた。

 しかし、その胸中には、この森の異常さがレイピアに膠着こびりつ魔狼ウォーグの血のように離れなかった。


(一昨日までは、雑魚モンスターしかいなかったのに。突然こんなに大きな魔狼が現れるなんて……)


 ダンジョンが急に成長することはない。


 なぜなら訪れる人の魂を喰らい、周囲の魔素を取り込み長い年月を経て徐々に大きく深くなるのだ。


 しかし、この森は何もかもが違った。


 リッカが森に入ってからは誰一人、ダンジョンの犠牲になった者はいない。それに吸収すべき魔素がこの国には存在しない。

 それなのにダンジョンが急激に深度を増している気がしてならないのだ。


 やっと吐く息が落ち着き、汗も乾いた。

 地面に倒れる魔狼も地面にわずかな紙魚しみを残してダンジョンへと還っていった。


 リッカはこの現状をどうスクザとアカツナへ報告しようかと思案しながら、帰路へと着こうとした瞬間、足元から一寸ほどの場所に矢が刺さった。


 瞬時にその場を飛び退けば、先程までリッカが立っていた場所に雨のように矢が降り注ぐ。


 リッカは空中で矢の飛んできた方向を確認する。


 そこにあるのは深い深い森。しかし、その木々の間、藪の中、そこらじゅうから赤く光る二揃ふたぞろえの眼球が此方を狙っていた。

 脳裏に氾濫の文字が浮かぶ。


「……厄介」


 ため息混じりに、再びレイピアを抜く。


 矢の精度と群れの数から相手がゴブリンであるとリッカは見抜いた。おそらく、通常のゴブリンに加え弓引くゴブリン(ゴブリン・アーチャー)、それを統率するゴブリン・コマンダーもいるだろう。


 その数は魔狼ウォーグを優に超える。万難ばんなんを前にしてもリッカの顔色は変わらない。


 レイピアを携え颯爽と森の中へと消えていくのだった。


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