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片腕の侍―異世界の極東島国にて突如出現した謎のダンジョンを閉じる―  作者: ポンコツロボ太


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第13話 僧の日記

 自宅へ帰る道すがら、ソウケンは自分があの屋敷に住むことになった時の事を考えていた。

 

 戦国の世が終わりをつげてから幾年――


 ヤマト全土が東條とうじょうの天下となり、戦いより身を引いたソウケンは自分の居場所を探し彷徨っていた。


 その折り、戦の場で知り合ったアカツナより良い場所があると紹介されたのが今住んでいる屋敷なのだ。


 もともと誰も近寄らぬ地に建てられた家は主を失い、廃墟と化していた。

 それをタマとソウケンの二人が手を入れ、どうにか今の人が住める所まで戻したのである。


(確か、屋敷にあった物はタマが片してくれていたはず……)


 昔の家主の物をどこにしまったのか、うんうんと考えているうちにソウケンはあっという間に自分の家に戻ってきてしまっていた。


 タマよ、どうか居てくれ、と願いを込めて家の中へ「ただいま」と挨拶を送る。

しかし、帰ってくるのはしん……と静まり返った静寂だけ。


 これは面倒だぞ、と心の内で愚痴をこぼしてしまうが、いない者をなげいても、どうしようもない。

 気を取り直してソウケンは、とりあえず寝間の奥に設けられた小さな納戸を開けてみる。


「ゴホッ! ゴホゴホッ」


 戸を開けた拍子に舞い上がる埃を左手で扇ぎ払ってみるが、効果は殆ど無くソウケンは咳き込んでしまった。


 埃でしょぼつく目を凝らして中を見たところ、納戸の内部は使われなくなった行燈あんどんや、ぼろぼろの箪笥たんす。その中を覗けば虫に食われた衣装がそのまま放置されていた。


 錆びた調理器具や穴の開いた鍋までもが、そのまま置かれている所を見ると、タマはどうやら前の住人の物を捨てるのが面倒で全てここに押し込んでいる節が見て取れた。


「まったくタマの奴め……」


 言葉とは裏腹にソウケンに怒っている様子は見えない。逆にその顔には笑みさえ浮かんでいた。


「オイラをお呼びで?」


 ちょうどタイミングよくタマが家を訪れた。

 玄関先に立つタマの手には、夕食の為かフキノトウやタラの芽などの山菜の入ったざるをもっている。


 そんなタマを招くようにソウケンは手招きをした。


「おお。ちょうどよいところに来てくれた」


 いつになく歓迎の様子を見せるソウケンにタマは若干、警戒の姿勢を見せたものの、遠慮なく家の中へと上がっていく。


「あれぇ、ここ開けちまったんですかい?」


 ソウケンの背後に広がる納戸の中をタマも覗くと、心底嫌そうに眉をしかめた。


「うへぇ、自分で押し込んでおいてなんですが……いやぁ、汚いですねぇ」


「いやいや、これは良い仕事をしてくれたと、褒めようと思っていたところだ」


 思いもよらぬ言葉にタマは再び警戒の視線を送った。

 

「なんですか? 藪から棒に……」


 どうやら、納戸の中を片付けていないのを叱られるのではないかと懸念しているようだった。


「いや、なに……」


 ソウケンは先ほどセッカイから聞いた話をタマに聞かせてやると、タマの顔が醜く歪む。


「ケッ! これだから、狐の野郎はダメなんだ!! たかだか尻尾の数がちょいと増えたくらいで偉そうにしやがって。それがなんだって言うんでしょうね。ソウさんもそう思うでしょ?」


 どうも狸と狐はそりが合わないようだ。ソウケンはあいまいにタマの質問に答えてやる。


「むう……そうかも知れんな。そんなことよりも、タマは片付けの時、何か見なかったか?」


「そんな事って、ソウさんねぇ。これは狸にとっては一大事なんですぜ? ……はぁ。まあ、人間にはわからんことでしょうね……オイラ達の誇りと……」


 ブツブツと文句を言いながらも、タマは納戸の中をごそごそと漁りだした。


「……たしか、文机の中に……なんぞ書き物があったような……んん、これか? ちがうなぁ。……んぁ? おお、あった。あった。これだ、これだぁ」


 中の荷物を押しのけ、奥の奥にしまわれていた文机の引き出しの中から茶色く変色した和綴わとじの帳面を取り出した。


 ソウケンはそれを受け取ると中の紙をパラパラと確かめる。


「でかしたぞ、タマ! これだ!! これを探しておったのだ」


 ソウケンは帳面を持って足早に明るい縁側まで出ると、じっくりとその中身に目を通す。


「なんて書いてあるんですかぃ? オイラ字が読めねえから……」


 タマがソウケンの肩越しに帳面を見る。


「ん? ああ、中身は日記のようだな……。どうやらセッカイ殿から聞いていた通り、ここに住んでいた者は全国を行脚して回った僧だったようだな」


 帳面の中には各地を巡ってどこそこで経を上げた事や、とある町で托鉢を行い、どれほどの米をもらった事などが逐一書かれている


 その帳面の後半に、この森の事が書かれていた。


「…………」 


「何が書かれているんで?」


「……少し待て」


 一枚……一枚……と紙の上を走るように書かれた筆の文字を凝視する。

 文字を読めぬタマはソウケンが読み終わるのをじっと待った。


 束の間、屋敷の中は二人の呼吸と流れる風、それによって揺れる新緑の音が支配していた。



 水無月十日

 梅雨、未だ開けきらぬ。

 本日より衣笠きぬがさを訪れん。

 城下の町にて侍より妖のもりがあると聞きたる。

 永らくの修行を試す時やも知れん。


 水無月十八日

 野干ヶ森、聞きしに勝る広き事。五日の間、妖を探すが見つくること叶わず。唯々《ただただ》草履の底のみ磨り減るばかり。


 文月二日

 杜を歩くこと十日を過ぎ、遂に彼の地、見つけること叶う。幾百の鳥居並び立つれば、怪しき事この上なし。

 その日、既に日没近く、直ぐに引き返す。明日こそ、明日こそ妖を成敗せん。


 文月三日

 鳥居の先、注連縄しめなわにて祀られし山の如き大岩あり。

 吾、其処に立ちし影を見ゆる。目を凝らさばそれ女人と知る。


 その姿、狐の如き耳と九つの尾ありておぼろのように透けし。されとて、此方を見て微笑えむこと分かる。

 其の笑みに、若人のごとき心持になりて逃げ帰る。斯くも美しき女人、ついぞ見つることなし。

 ああ、もう一度その姿、我が目に写つしとう思ふ。


 文月四日

 逢うこと叶う。岩の前立ちし女人、すでに力を失いて、消え行く運命だと言う。

 ああ、憐れなり。

 女人に名を尋ねれば玉藻御前と言うらしい。其の声すら麗しく思ふ。


 終わりは、ソウケンが帳面を閉じると同時に訪れた。

 閉じた帳面を傍らに置き、腕を組んで思案を始める。


「うー……む」


「どんなことが書かれてたでやんしょ?」


 タマがちょこんとソウケンの隣に腰を掛けた。


「かいつまんで話せば、どうやらこの男、森の奥で狐の妖に会っていたらしい」


「えっ!? あの死にかけの?」


「ああ。この中に書いてある通りなら森の奥におびただしい鳥居があるらしい。それを潜って行くと、しめ縄の施された大きな岩が奉られている場所へと出るのだそうな……。そこで、この僧は狐の耳と九本の尾を持つ絶世の美女にあったらしいのだ」


 ソウケンの話を聞くと、タマは苦虫を嚙み潰したような渋い顔をする。


「ケッ! やっぱり狐はしぶとい奴ですよ」


「そうであるな。しかも、この僧はその女性のあまりの美しさに一目で惚れ込み、この地に住むこととしたらしい」


「ったく、人間ってのは愚かですよ。俗世を捨てた坊主だってのに、狐なんぞに現を抜かすなんて恥ずかしくないんですかねぇ……」


「まぁ、そう言うな、タマ。この僧も哀れな男なのだ」


 話に続きがあるらしく、ソウケンは言葉を続ける。


「狐は、そのほとんどの力を失っているようで、ただ、そこに佇んでおっただけのようだな。男も長く修行を重ねた僧だ。相手が妖であると知りつつ、毎日、その女に会いにいっておったようだ。そのたびに毒を吐く大岩に体を蝕まれる事を知っても、なお……」


 僧は最後の方は筆を持つ力もないようで、その文字を解読するには困難を極めた。


 しかし、後半に書かれている事のは全て同じ。「愛しいあの人に会いたい」と、そればかりが延々と書かれているのだ。


「やっぱり愚かですよ……オイラには分からねぇな。命を落としてまで、どうして狐なんぞに……」


「やはり、僧もどこか寂しかったのだろうな。……タマ、どのような人でも愛した者と永久におりたいと願うのだ……それが叶わぬ願いだと知っても……」


 ソウケンは失われた腕を着物の上から撫でるようにさすった。その行為にどういった意味が含まれるのか、タマは知っている。


 沈んだ空気を変えようと、タマはわざと明るく声をあげた。


「ま、これで姉御には良い報告ができるってもんですよ。ね、ソウさん?」


「ああ、そうであるな」


 ソウケンは見るからに虚勢と分かる笑みを顔に張り付け、タマに答えるのだった。


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