第12話 野干ヶ森の伝説
その日の晩。
タマは夕げの準備だけすると、直ぐ様自分の寝床へと帰っていった。
タマが作ってくれた食事にはリッカのために珍しく大きな鮎の塩焼きが並んでいる。
一日リッカと行動を共にし、その人となりを感じたソウケンの顔に緊張や居心地の悪さは感じられず、二人の間には穏やかな空気がながれていた。
ソウケンは鮎を匙でつつきながらリッカに話しかけた。
「リッカ殿は明日、どうするのだろう?」
ソウケンの問いにリッカは匙を持つ手を止めずに答えた。
「明日は森に入る。なるべく早くダンジョンを閉じたい」
リッカは器用に匙の背で鮎の身と骨を分けていた。
「それは魔核なるものを見つけるということで認識は間違ってはいないだろうか?」
「うん、あってる。それを見つけて壊すのが私の仕事」
「で、あるか……。少し考えたのだが、拙者もその手伝いをししようと思うのだがどうだろうか?」
ソウケンは手元の鮎から視線をリッカに移す。
「…………」
リッカも対面に座るソウケンを試すようにジッと見つめた。
彼の前に置かれた膳からは米と鮎の身が散乱し、畳を汚していた。
リッカには自分の食事すら満足に取ることの出来ない者に、モンスター相手の戦いが出来るとは思えなかった。
そんなリッカの考えを感じ取ったのかソウケンは慌てて言葉を付け足す。
「いや、待ってくれ。何も一緒に戦いたいというわけではないのだ。拙者は、この国にあるはずのない、その魔核が何なのか、少しばかり村に出向いて聞いてみようと思うのだ」
それを聞いてリッカは再び食事に目を落とす。
「そ。それなら良い」
リッカは再び手を動かし、米と鮎を口に運んだ。
返事は素っ気ないものであったが、ソウケンはリッカの了承を得て胸を撫で下ろす。ソウケンは遠い異国の地より訪れて、自分達のために命を懸けてくれる恩に少しでも報いることをしたかったのだ。
◇◇◇
翌日は各々が別行動となった。
リッカは昨晩述べた通りにダンジョン化した森へと……。
ソウケンは狐居村の村長であり、名主のセッカイの屋敷を訪れた。
昨日のようにタマがソウケンへ付いて歩くことの方が珍しく、家を出る際にタマとは別れている。
本日も春うらら、天気も快晴とあって畑や田んぼでは作付の準備に村人達が勤しんでいた。
それを見て手伝うことが出来ないことを心の中でソウケンは謝っておく。
セッカイの自宅に訪れると彼も忙しそうに玄関先で小作人の村人達にあれやこれやと指示を出していた。
ソウケンは彼らの邪魔にならないよう、しばしその様子を窺うが話し合いは一向に終わる気配はない。
一応自分もいるぞと伝えるため、セッカイに声を掛けることにした。
「おはようございます、セッカイ殿」
声をかけられたセッカイは、村人との会話を一時やめてソウケンへと向かい合う。
「おお、セキワン殿。おはようございます。今日も良い天気ですね?」
「ええ。実に農作業が捗りそうな日和で」
ソウケンとの挨拶も早々に切り上げ、再び村人に向き合おうとするセッカイにソウケンは半ば強引に話を投げかけた。
「忙しいところもうしわけござらんが、少しお聞きしたいことがありもうす故、少しばかりお時間をいただきたい……のだが?」
そう言われ、何事かと一瞬セッカイは眉根を寄せるが、すぐに人の良さそうな笑顔に戻る。
「わかりました。少しばかり時間が掛かりそうですので、我が家の縁にでも座って待っていてください」
セッカイは自宅の縁側を指し示す。
「かたじけない」
一つ礼をして、セッカイ宅の縁側へと向かった。
高台に建てられたセッカイの屋敷の縁側に腰掛けると、村の田畑を良く望むことが出来る。
ソウケンが鍬を振るう百姓達を眺めていると、セッカイ宅の女将さんがソウケンへ茶を出してくれた。
「めずらしいですねぇ、セキワンさんがウチに来るなんて」
「そうだなぁ。かれこれ、ここに訪れるのは……あの森の屋敷に住まわせてくれるよう頼みに来た時以来だから、二年ほど前になるか」
ソウケンは置かれた茶を「頂戴する」と告げてから、ズズズ……っと音を立てて飲んだ。
「なかなか大変でしょ? そんな体で慣れない畑仕事は?」
「そう……で、あるな。戦に明け暮れておった時には百姓仕事がこんなに大変だとは思わなんだ。農夫達は実に逞しい」
それは、世辞から出た言葉ではなかった。
朝早くから晩まで田畑を耕し作物を植え、神に天候を祈り、時には作物を荒らす獣と戦う。
世襲で仕官し、身分の上に胡座をかいている侍を多く見てきた。
彼らが百姓と同じような生活ができるとは到底ソウケンには思えなかったのだ。
「あはは。お侍様にそう言って褒めてもらえると、励みになると思うわ。……それが例えセキワン様でも」
言葉尻に毒気を含みつつも人懐こく大口を開けて笑うおかみさんが、照れ隠しにソウケンの背中を二、三度大きく叩いた。
「そうだと良いのだが……。それより女将は、あの森の事を知っているか?」
「え? ええ、まぁ……。森の奥の方に化け物が出るって話ですよねぇ? 少し前に町のお侍様が来て、奥へは入るな、なんて言って回ってましたね。だいたい、誰も好き好んであんな森の中に入ろうとは思いませんよぉ」
そう言って、お喋りなおかみさんはカラカラと笑ってみせるが、そこに小作人との話が終わったセッカイがやってきて女将を叱りつけた。
「これ、お前! あそこに住んどるセキワン殿に失礼だろ!?」
「オ、オホホホ。セキワン様、すみませんでした。ではでは、私はこれで……」
これ以上の説教は勘弁と、女将はそそくさと屋敷の奥へと引っ込んでいった。
その背中を見送りつつ恐縮した様子でセッカイが頭をわずかに下げる。
「いやはや、うちのもんが失礼を……大変申し訳ありません」
「いえいえ、気にしてはおりませんから。それより……」
「……はあ。たしか、森の奥の話……でしたかな?」
「ええ。リッカ殿の手伝いとして、少しばかり森の事を調べておるのですが、セッカイ殿は何か存じておられんだろうか?」
ソウケンの質問に対してセッカイは「んー……」と腕を胸の前に組んで考え込んだ。
「あの森がなぜ野干ヶ森と言われるかは知っておられますか?」
セッカイの問いに今度はソウケンが思案を巡らせる。
「……野干とは狐の事でござろう? 拙者は狐が多く住んでおるから、そう呼ばれるのだと思っておったのだが違うのだろうか?」
「んー……意味合いとしては、その通りです。野干は狐を指してます。でもですな、あの森の中に居るのは、その辺におる生易しい狐とは違うと言われとるんですわ」
「と言うと?」
「なにぶん子供の頃、私のじい様から聞いた話ですので、記憶も曖昧で詳しいことは知りませんがね……」
そう言うとセッカイは昔話を訥々と話し始めた。
昔々、遠き国より、ヤマトに逃げ来る一匹の妖あり。その姿、金毛の狐にて尾は九つあり。
その妖、変化の術を用いて、ヤマト国を手中に納めんとす。
しかし、それに気付きし一人の侍がおった。
侍、仲間を連れていざ妖と対峙せん。
大立ち回りの末、侍、襲い来る金毛の狐の腹を持ちし脇差で切り裂いた。
気息奄々たる狐、最後の力を振り絞り、己が体から瘴気を発すらば、これ吸いし侍、たちどころに命を落とす。
狐も力を使い果たし遂ぞ石となる。
「――と、これが私の聞いた昔話です。この話に出てくる金毛九尾の狐と侍が最後に戦った地がこの野干ヶ森の何処からしいのです。実際に森の奥で毒を発する石があるから、この村ではあの地を禁足の地としておるそうなんです」
「なるほど……それで、セッカイ殿はその石を見たことが?」
ソウケンの問いにセッカイは大きく首を振る。
「滅相もない。この村の者は皆その石を恐れておりますから、おそらく誰一人として、その石の在りかを知る者はおらんでしょう。……私がお話しできるのはこれくらいなものです。あまりお役に立てずで申し訳ないですな」
「いや、大変参考になりもうした」
ソウケンの頭の中に狐の妖が最後、石になったと言う話がひっかかっている。
リッカ曰く魔素が結晶化して魔石となる。その魔石と、狐が最後、石に変化したという話が偶然ではない気がしたのだ。
しかし、これ以上の情報をセッカイから聞くことは出来ないだろうと、ソウケンは屋敷を後にするため腰を上げる。
このまま自分の家へ一度戻ろうと足を一歩踏み出した時、セッカイが何かを思い出したかのようにソウケンの背に向かい声を掛けた。
「あっ、そういえば!」
その声に足を止め振り返る。
「セキワン殿の屋敷に、もしかしたら何かあるかも知れませんよ?」
「ん? 拙者の家に……ですか?」
その言葉に思い当たる節のないソウケンは眉根をひそめる。
「ええ。今、思い出したんですが、もともとあの家を建てたのは雲水……各地を旅する年経た坊主でした。その坊さんが終の棲家に、と建てたのがあの屋敷なんですわ。何分、亡くなって十年以上たちますからはっきりとしたことを覚えとらんのですが、その坊主、あの森をいたく気に入りまして……。村人が反対するのを押しのけて、あそこに屋敷を建てたほどです。もしかしたら、セキワン殿の知りたい事があの屋敷の中に残されておるかもと思いまして……」
「ほう、左様であるか。それは良いことを聞きました。これから急ぎ帰って何か手掛かりがないか調べてみます」
ソウケンはセッカイに深く礼をして、その場を立ち去った。




