一
エロス様が馬を走らせた先は、カオス国と近い街並みが広がるガイア国と呼ばれる場所。僕が、夢で姫とダイエットをしに来た国だ。此処に一体、何があると言うのだろう。
僕が姫やエロス様を見ると二人共、張り詰めたような面持ちでいた。二人がこの表情と言うことは、この先に待つのは、二人が良く知る人物と言うことか。僕やカレブも背筋をピンと伸ばす。
「行くよ」
エロス様が駆けだすと、揃って僕等三人も駆けだす。敵国であんな派手にやらかしてしまったんだ、早急に解決して、早急に自国へ戻らねば。……それもこれも、僕が悪かったのかもしれない。走りながら考えていると、姫が僕の背をポンポンと叩いた。そんなことないよ。そう言うかのように。
門前に突如見知らぬ客が出てきて驚く若兵士は、此方に武器を構えた。だが、その隣にいた壮年兵士は、「よく見ろ、あのお方はエロス王子だよ」と若兵士の頭を叩いて前へ出た。
「お久しぶりで御座います。本日はどうなされました?」
「彼女達も一緒に女王と話がしたいんだ。腹を割って、ね」
エロス様が言うと、壮年兵士は頷き、若兵士に、「門を開けろ!!」と声を荒げた。
慌てて彼の何倍もある扉の下へ駆け寄る若兵士と壮年兵士。二人が扉横の足元にある装置を踏むと、扉は自動的に開いた。随分と画期的なシステムだ。足元が光る辺り、きっと靴に認証のシステムでも入れているのだろう。場違いにも、少しだけ感動している僕がいた。
… … …
先程の会話、そして兵士のエロス様への対応を見て、何となく分かって来た。恐らく此処は、エロス様の住んでいた国で、女王と言うのは――。
「エロス、随分と帰りが遅かったわね」
絹の糸のような金の髪、そして姫やエロス様同様に整った顔つきの、金色の目をした五十代くらいの女性。その点からしても、やはり彼女こそ二人の母親だった。彼女に言われると、エロス様は気まずそうに苦笑した。
「ごめんね、社会勉強もこれが中々大変でね」
「本当にしてるんだか」
「……母上、紹介するよ。兵士のモモロン君とカレブ君、そして、イリス国のお姫様だよ」
エロス様の紹介で、僕達三人は頭を下げる。すると、女王が此方に歩み寄り、僕達の顔をじっと見つめた。
「で、用事は何ですか?」
「母上、今までイリス国はイリス王や、国民の力で頑張ってやって来たんだ。でも、今ちょっとカオス国に狙われていてね。ピンチらしいんだ」
「カオス国に……。それで、何故私の所へ?」
「母上、僕は知っているんだよ。貴方が、カオス王との間に子を身ごもったこと」
えっと思わず口に出しそうになる程の衝撃だった。僕は勿論のこと、カレブや姫もエロス様の方を見る。そして次に、女王の方を。
「一度は愛した女性の言うことなら、カオス王も聞いてくれるんじゃないかと思ってね。悪いけど、利用されてほしいんだ」
「まぁ、なんてことを。今まで職務も全うしないで目を背け続けてきた貴方に、何故協力しないといけないの。第一、私達は子を身ごもったりなんて……」
「じゃあ、愛はあったんだ?」
「……どうかしら」
女王は目を逸らして俯きがちに答えた。その姿は、図星とも捉えられる。カオス国が、ここ最近ガイア国のように先進してきたとは思っていたが、まさかそれが、直接この二人に関係があったとは……流石に予想外だった。
「それに、職務を全うしてこなかったのは、貴方も一緒だと思うよ。貴方だって、放棄したじゃないか。イリスを、娘を育てることを」
「……そうね」
女王は淡々と答えた。その様子を見つめる姫の視線もまた、冷静なものだった。
女王はそうねと答えた後、暫し物思いに更けていたようだったが、姫の前へと移動すると、両手で彼女の頬を触り、顔を上の方へと持ち上げさせる。
「凛々しい目、通った鼻筋、綺麗な声。どれも私やあの人にそっくりなのに、どうしてこんなにも、性格が違うのだろう。そう思ったの」
女王が両手を離すと、姫は顎を引いて女王を見た。
「でも、随分と成長したのね」
「どうだかね」
姫は自嘲的な笑いで返した。
「いいえ、成長したわ。だからこそ、あの小さな国をウラノス国からも守ることが出来た」
「それは、信頼できる部下がいたからね」
「良いことよ。仲間をもっと大切になさいね」
それからまた、沈黙。幾ら手段を択ばないと言っても、この過去を幾ら何でもガイア国の女王がカオス国に行ってまで話すと思えないし、少々失礼な気もする。此処は一旦引き上げて、別の手を考えた方が良いのでは……そう考えてエロス様の目を見たその時、女王が口を開いた。
「良いわ、貴方達に手を貸しましょう」
「……本当か?」
「ええ。それに、貴方の国を狙っている。と言うのが気がかりでね。直接聞いてみたいのよ。あの人に」
やはり、知っている素振りだな。一度は愛した男だものな。心配なのだろう。
「よし、それじゃあ早速行こうよ!」
「あのねぇ、何で王子の仕事をほっぽらかした貴方が一番元気なのよ!!」
エロス様の頭をはたき、女王はカンカンに怒っている様子。何だ、親に放置されてイリス国に逃げてきたとばかり思っていたが、意外と仲が良いじゃないか。
……もしや、エロス様が来たのは、姫と女王の間を取り持つ橋となる為だった。……って言うのは、少し考えすぎだろうか。




