一
カオス国に着いてからと言うものの、話は気持ち良い程トントンと進んだ。いや、僕的には気持ち悪い程なのだが。
しかし、この気持ち悪さを何かと問われれば、答えが見つからずにいる自分もいた。姫がラネット王子と出かけている今も、僕はぼぅっとカオス国の門前で立ち尽くしていた。
「なぁなぁ、本当にそういう方向に転がっちまいそうだぜ? 良いのかよ」
隣にいるカレブは、甲冑を着た状態で肘をツンツンしてくる。僕も彼も全身甲冑なので、肘打ちをされるとガシャンガシャンと音が鳴って五月蠅い。まぁ、お影でカオス王の前でも毅然としていられたがね。
とは言え、以前の記憶もある。今も自国を滅ぼされた憤慨の思いもあるが、今はそれ以上にイリス国がこの二の舞に合わないことばかりを祈っている。この短い期間に、僕も若大臣目線に変わってしまっているのか。それとも、僕がただ過去から逃げ続けているだけなのかもしれない。
「……とは言っても、カオス国で出来ることなんて何も無いだろ」
「そう? よくあるじゃんか。花嫁を絶賛アウェーの中で奪いに来る元恋人みたいなシチュエーション」
「そんな奴、実際にいないだろ」
「んー……まぁ、そうかもなぁ。しっかし、入口での待機は退屈だよなぁ。イリス国の門前と違って活気もねーし。どうせなら、下の進んだ城下町を見たいところだ」
カオス国の城は、城下町より少し離れ、小高い丘の上にそびえ立っている。その下では、イリス国より技術が一歩も二歩も進んだ建物が沢山並んでいた。僕が跳躍しても辿り着かない高さの建物がある程だ。
カレブが勝手に門前を離れて他の兵士の所へ行き出す。僕が止めようとカレブを追いかけると、そこで兵士達の会話が聞こえてきた。
「なぁ俺ヤバいこと聞いちゃったかもしれないんだけど……」
「何? どうしたんだよ顔真っ青にして」
「カオス王がさ、呟いてたんだよ。”全ての国を、目茶目茶にしてやる。”って……」
兵士達に近づこうとしたカレブの足、そして僕の足も自然と止まった。カレブも重大なことを聞いてしまったからか、無言で元の位置に戻った。僕も戻り、お互い顔を見合わせる。そしてカレブは僕に顔を近づけ、念を押すように一言。
「……本当に良いのかよ」
カレブが発していることは分かったが、それ以上に先程の兵士の言葉が色濃く残っていた。そして、当時の恐怖も。
あの光景が、また起こるかもしれない? もしや、イリス国も? 全てとはもしや、本当に全ての国を……? そんな男のいる国へ、彼女を行かせて、本当に良いのだろうか? 彼女を、全ての国を滅ぼそうとする国の妃にして良いと言うのだろうか?
「……カレブ、僕はどうしたら良い?」
僕が尋ねるとカレブは兜を外し、ニカッと笑って答えた。
「行ってこい!!」
カレブに頷くと、僕は城へと駆けだしていった。
… … …
兵士には姫に急用があると言って中へ通してもらい、僕はラネット王子と姫の下へ。
二人のいると言われた扉を開けると、ラネット王子と姫は驚いて此方を見ていた。しかも、いるのは二人だけではない。沢山のお偉いさんが集っており、もはや場所はパーティー同然。アウェーは否めなかった。
「モモロン? 一体どうしました?」
何時になくしとやかな口調で姫は尋ねる。ダンスでもしていたのだろうか。彼女の腰には、ラネット王子の手が回されていた。
あまりの人の多さに気が引けたが、此処まで来たら後戻りなど出来ない。姫の手を掴み、強引に横抱きして、僕は人々、そしてラネット王子に叫んだ。
「こんな国に姫君を奪われるくらいなら、僕は姫を奪い返す! この、タルタロス国王子、タロスがな!!」
僕は姫をきつく抱えたまま、城の長い廊下を駆け抜けていく。その間多くの兵士が太刀打ちしたが、全て峰打ちで吹っ飛ばして道を進む。
あともう少しで出口。そう思った時だった。
偶然開いた扉から、威厳あるガタイの良い男が出てきたのだ。
男は道の真ん中に一度立ち尽くして僕を見たが、やがて向かいの別の部屋へと入って行った。
あの顔はよく見たことがある。あの、あのカオス王だ。
しかし、もはや後悔しても遅いのだ。僕は出口を飛び出した。
「モモロン! 仲間は先に帰らした。俺達も出るぞ!!」
カレブが馬に乗って待っていた。僕はその後ろに飛び乗ると、カレブが馬を走らせ、イリス国へと向かった。
「……モモロン、どうしてこんなことを!」
「カオス王が言っていたそうです。全ての国を滅ぼしてやる。と。その意味が分かりますか?」
「……まさか」
「今まで会ってきた。クロノス王子、ムネモシュネ王、ポイぺ王、レア王子……それらの国だって滅ぼされるかもしれない。良いんですか? そんな国の味方をして。貴方が貴方を保てますか?」
僕が言うと、姫は小刻みに震えだした。
「……許せん」
「恨むならどうぞご勝手に」
「許せんよ、そんな奴のこと」
僕は腕の中の姫を見る。腕の中で大人しく横抱きされていた姫は、ガバッと起き上がって大きく首を横に振った。
「決めた! 何があっても私は、私だけの力でイリス国を守ってみせる!!」
「姫……!」
やっと何時もの姫に戻って来た。僕が安堵していると、そこへもう一頭の馬がやって来た。
「イリス。私だけだなんて水臭いこと言うなよ。僕がいるだろ?」
「兄様」
意外にも、その馬に乗っていた人物はエロス様だった。こんなところまで、よく馬一頭だけで来れたな。
「もー股が痛いよー。ってそれより、僕にちょっとだけ良い策があるんだ。イリスにとっては辛いことになるかもしれないけどね」
「戦争か」
「いやまさか。もっと穏やかでハッピーな解決策さ。でもその為には、ちょっと帰るルートを変えて欲しいんだ」
エロス様が、「ついてきて」と馬を走らせる。カレブが、「良いよな?」と聞くと、僕と姫も頷き、エロス様の向かうルートへとついていった。




