一
今まで馬を使っていた僕達とは違い、女王の手配は速かった。女王は部下に黒く長い車を手配させたかと思えば、それに僕達を乗せ、結果約二十分でカオス国へ到着。
車を降りると、僕、姫、カレブは即座に兵士達に囲まれた。無論、武器を突き付けられてね。
「さっきはよくもやってくれたな」
「今更謝ったって許されないぞ」
口々に飛んでくる兵士達の声。それを一瞬で沈めたのは、やはり最後に黒い車から現れた、ガイア女王とエロス様だった。彼女が現れると、力んでいた兵士達の手元が緩む。
「彼等から離れてもらっても良いかしら? 私はこれから、カオス王と話したいことがあって、彼等はその付き添いなのです」
ガイア国は、カオス国と友好関係にある国。彼女がこう言えば、流石に手を出す者などいなくなるわけで。兵士達はゆっくりと武器を下げ、一歩ずつ僕達から離れていった。
「さ、どうかカオス王の下へ。案内して頂戴」
女王の言葉の後、数秒の間が開いたものの、やがて一人の兵士が前へ出て来た。きっとこの中で一番偉い人物なのだろう。
「では、誰か一人残してもらいましょうか。此方も、ただで渡すわけにはいかないのでね」
「……そう。私の言うことが信用出来ぬと」
女王が振り返ると、カレブがスッと手を挙げた。その後、はいはーいと何度も必要以上に手を挙げる。
「俺が待ちます。多分、この中で一番関係ないのは俺ですしね」
「カレブ、これはそういう問題じゃないぞ? 下手したら命だって」
「任せとけって!」
一体何を任せろと言うのだ。
僕が困惑していると、エロス様が僕の肩にポンと手をやった。
「大丈夫だ。僕達はただ話し合うだけなんだから」
「ええそうです。決まったならば、早速行きましょう」
上に立つ二人は考えが早いことだ。女王とエロス様は自信に満ちた表情でたたずんでいた。
カレブは兵士達の下に移動した後も、「頑張れよ~!!」と手を振り、首元に刃物を突き付けられていた。……本当に大丈夫だろうか。戻りたくなったが、振り返ろうとしたその手を姫に掴まれてしまった。
「……姫」
震えている。姫の手が。
表情こそ凛としているが、そこはまだ若く経験の少ないたった一人の姫君。一人部下だって命の危機にさらしてしまったのだ、当たり前か。
怯える彼女の手を、僕は強く握り返した。
… … …
案内をした兵士の合図により、左右の扉にいた兵士が扉を開いた。
たったの一時間ではあったが、僕が暴れたことによってパーティーも大騒ぎだったらしい。あれだけいた人々はいなくなっている。その代わりに、その場所には眉間にしわを寄せるラネット王子と、此方に冷徹な表情を向けるカオス王がいた。
「何だよ、俺達の国と仲の良いガイア女王を連れて謝りにでも来たのかよ」
ラネット王子が不機嫌そうに喋りながら近寄る。すると、彼の肩を掴んで彼を後ろにやり、カオス王が前に出る。
「ガイア……随分と久しいな」
「ええ。貴方が何か悪さをしようって言ってるって聞いて、駆け付けたのよ」
「ガイア女王、悪いのは彼等……いえ、タロス一人ですよ! 息子のエロス様まで連れて何の御用か知りませんが、事情ならば此方からゆっくりと――」
「やめろ、ラネット」
ラネット王子の前に手を伸ばし、カオス王はラネット王子を静止させる。そしてガイア女王から僕の前へとゆっくり移動すると、鋭い眼光で僕を睨み付けた。
「お前のことは覚えているよ。幾年の時が経ってもな、タロス」
「以前抜け出したご無礼、この場にて謝ります。しかし、今回のことは謝りません。彼女は、ラネット王子のことを本当に愛してはいなかった」
僕が言うと、ラネット王子が顔を赤くして口をへの字にした。同時に、カオス王の表情も厳しくなる。
「彼女が息子を愛していなかったとして、何故お前が出て来たのだ。ずっと逃げていれば、こうして私と出会うことだって無かっただろうに」
「風の噂で聞いたのです、貴方が全ての国を滅茶苦茶にしてやると言ったと。そんな国に、彼女を向かわせるわけにはいかない。僕の二の舞だけは、避けたかったのです」
「お前は以前、ラネット王子に自分の為に謝ったと言った。今回も、自分の為か?」
以前、ラネット王子にも問われた質問。以前は真意が分からなかったが、今なら理解できる。ラネット王子もカオス王も、モモロンの僕では無く、タロスの僕に聞いていたのだろう。
当時の僕は、自分の為としか答えられなかった。しかし今ならば違う答えが言える。
「自分の為です」
僕が答えると、ラネット王子はニンマリと笑みをこぼす。カオス王は、変わらず僕を睨み付ける。
「姫にも姫の国の人にも、そして他の国の王も王子も女王も部下も、そして国民にも、二度とあのような争いは繰り返して欲しくない。僕はそう願っている。これは、そんな僕の、僕の為の行動です。……間違っているかも、しれないけれど。だから」
僕はその場で地面に跪き、額を地面に付けた。
「お願いです。もう、誰かを傷つけるのは止めて下さい」
僕が土下座をすると、慌てた様子で隣からドンッと音がした。
「お願いです! 私も私の為に謝る! 明日は朝食抜きでも良い!! それくらいの等価交換は惜しまぬから、どうか見逃して下さい」
姫、その位の等価交換で救えるのは一家の家計くらいだと思うが……。
「よろしく頼むよ。僕も、彼等の良い知り合いを沢山知っているんだ。他国にね」
僅かに足音がしたかと思えば、どうやらエロス様も頭を下げてくれたらしい。ラネット王子の、「どうして貴方まで……」と言う呟きが聞こえて来た。
「私、乱暴な人は嫌いよ。そして、あの人もね」
最後に、女王の声が聞こえて来た。僕達は頭を下げ続けているので彼女がどう言う心情で言ったのかは分からないが、口調はさほど重たくない。むしろ、軽いジョークを言っているかのようだ。
彼女の言葉を聞くと、カオス王は声を上げて笑い出した。
「……ふざけるなよ」
だが、これがカオス王の一言だった。




