4-7 みんな婚約者のことが好きすぎる(3/6)
「……まあ確かに今日、お迎えとエスコートはしていただいてるところなんですが。ただ、結局まだ婚約がどうとか結婚がどうとか、そういう話は相変わらず全然出てないんですよ……」
だから、今日は私はフェリシア様の友人として呼ばれていることになっているはず。親族じゃないとダメってわけじゃないんだよね、実際クロードお兄様もリーノ様の友人ってことで呼ばれてるだけだし。
ちなみに、ティナお義姉様はお二人と直接縁があるわけじゃないけどクロードお兄様の同行者。婚約者だからだね。
「でもドレスはそれ今日のために仕立てたやつじゃないのか? 色的にエドが用意したんじゃなくて?」
「そうですよね……? エドおにいさまのお召し物と、お色をそろえてあるように見えます」
う~ん、クラリス様の『エドおにいさま』って呼び方、やっぱり可愛いな~? 初めて聞いたときはメロメロになったし聞く度に新鮮に可愛いと思ってしまう……。
そもそもクラリス様とフェリシア様はお母様同士のつながりで幼馴染なわけで、もちろんフェリシア様の兄であるエド様もクラリス様とは小さい頃から面識があるんだって。
「いえ、違いますよ。私の手持ちのやつです。ただエド様がエスコートをしてくださるってことはそれなりに前から決まっていたので、リュード家の使用人の方がうちの使用人と打ち合わせをしていたみたいですね。おそらく私のドレスに合わせてエド様の装いも決めたんじゃないですか?」
今日の私のドレスはミントグリーンで、私の瞳の色に合うので気に入っているやつだ。エド様も濃いグレーの上着に、内側に着ているベストがミントグリーンだったかな? 特注で同じ反物から作ったわけではないけど、色味も質感もかなり似ているので十分揃いの装いと言えるレベルだとは思う。
もしかしたら私のドレスに合わせた同じ色味の布を探して、ベストだけでも仕立てたのかもしれないね。
まあ、そういうのを客観的に見ればね。実妹の婚約披露宴に、わざわざ装いを揃えてエスコートして連れてくる相手って、ねえ……。向こうの親戚が勢ぞろいしてる場で私がどう見えてるか、私をどう見せたいかっていうのをさ、さすがに私だって全くわからないわけではないんだけどねえ……。
さすがにそこまで≪鈍感系ヒロイン≫ではないんだよ。
「……え~……エド様、まさかまだアリスさんに婚約を申し込んでないとは呆れました……。さすがにそろそろいい加減なんとかしたらいいんじゃないかと思いますけど……」
「……えぇ……? リーノ様までそういうこと仰るんですか……?」
「だって客観的に見て、もうそうですよね? なのにそんな場所で長い間足踏みしているのは、本当に非効率だとしか思えないんですが」
あー。そうね、リーノ様というか研究者の人たちって、なんかイメージ的に効率悪いこと全般が好きじゃなさそう~。実際、フェリシア様との婚約も条件が合うなって判断してそのままパッと決めたんだもんね。
いや、研究者という人種が全員そうとは思ってないけど、なんかこう、リーノ様って特に≪効率厨≫っぽい雰囲気を醸し出してる気がするんだよ。
「仰ってることは重々わかります。ただ一応……その、私はですね、エド様が気持ちを仰ってくださるまでは待つ心づもりでいるんですけど……」
「でも、実際そろそろどうにかしないといけないんじゃないですか?」
「そろそろ? ああ……、クロードの件か。それがあったな」
「そうなんですよ。クロードの進退によってはアリスさんも今後どう身を振るべきか判断しないといけないですよね? その際やっぱり婚約者が定まっていないままというのはあまりよろしくないかと……」
「ん? お兄様がどうかしましたか?」
「あれ、アリスお前、聞いてないの?」
な~んかこれ、この状況……既視感あるんだけど……。イヴァン様とリーノ様から、『当然知ってるよね?』みたいな全然顔で知らない情報を振られるこれ……いつぞやの王城の会議室の時みたいじゃん。……はぁ~……ものすごく嫌な予感がする……。
「あの……差し出がましいかもしれませんが、もしクロードからその件を直接聞いてないのであれば今すぐにでも問い詰めた方がよろしいですよ」
「そうだな。クロードもこの場に来てるんだろ? ちょうどいいし聞いて来いよ」
「何か僕の名前が聞こえた気がしたけど……どうかした?」
相変わらずののほほんとした呑気な空気を纏って現れたお兄様。
私は自分で自分の顔が引きつってる自覚があったけど、それを見ても何食わぬ顔でにこにこと首を傾げている。
「お兄様……どういうことですか? 私に何か、話していないことがありませんか……?」
「ん? 話してないこと……って、なんだろ」
「今、若様とリーノ様からお伺いしたんです。クロードお兄様の進退によっては私の今後の身の振り方も左右されると……」
「……あー! その話かぁ! ごめんごめん、時間作って相談しようとは思ってたんだよね~実際すぐに答えが出る話じゃないからさぁ。もちろん先方に返事もまだしてないし」
あはは~と笑いながら言ってるけど、ほんっと、全然悪びれないなこの人……。
「お兄様はですね、私に対する報告・連絡・相談が絶対足りてないと思うんですよ……!」
「それについては私も同意。クロード君、まさかアリスちゃんに話してないとは思わなかったよ……」
横からお義姉様が私に加勢してくださる。その言葉に、少しだけ気まずそうな素振りを見せながらお兄様は言った。
「だから話すつもりだったんだって、タイミングが合わなかっただけ、ほんとだよ~」
「……あの、わかりました」
…………うん。お兄様が、お義姉様に弱いというのは本当によくわかりました。
「タイミングがどうとか、言った言わないとかそういうのについてはもういいです……でも次から、そういう重要そうなことは早めに私にも相談してほしいです」
「うん、わかったよ。それについては気を付けるね」
「で、結局話ってどういう内容なんですか?」
「……それなんだけどね~。僕、もしかしたらフィッシャー伯爵家の家督を継げなくなるかもしれなくてね」
「…………はい?」
「うん」
「……いや、うん、じゃなくて。どういうことですか?」
「それがね~……」
そこからは、クロードお兄様の怒涛の弁明が始まった。ただ、自分に都合よく話そうとすると、それを察したティナお義姉様とイヴァン様がすかさずそして容赦なく軌道修正をしてくださるのが心強い。
ちなみにリーノ様もこの件についてはまだ何か言いたげにはしていたけど、あなたね、今日の主役だからね……? みなさんへのご挨拶とか色々あるんだから、とフェリシア様に首根っこを引っ掴まれて、こちらをじっと見つつも結局主席に連れ戻されたね……。
……既に、こう、あの夫婦の未来の力関係が見えるな……。
結局話をまとめると、こういう感じ。どうやら近々、外務局に『外交特務官』という新しい役職が新設されるらしい。
その噂を聞いたイヴァン様は、リーノ様と一緒にクロードお兄様に直接尋ねてくださったらしいんだけどね。そしたらお兄様、それを引き受けてくれないかって打診されてるんだよってあっさり答えたらしいよ。しかもその打診、なんと国王陛下から直々にって話らしいし。
その状況で、まさか私が知らないとは思っていなかったみたいだね……。
で、その外交特務官なんだけど……。普通外交官っていうと、例えば『ユルンベルク所属のエングリーン駐在の外交官』っていえば、ユルンベルク所属者がエングリーン王都にあるユルンベルク大使館に住んで、ユルンベルク所属者の立場でエングリーンとの外交を担当する……って感じだよね。
特務官はそういう特定の国に駐在するんじゃなくてね。近隣諸国を色々と移動して、諸国の大使館に常駐してる外交官が受け持つ外交のうちちょっと難しい案件とかに助言したり場合によっては実務を援助したり……っていう仕事になるんだって。
つまりそれに任命されちゃうと基本諸国を飛び回る生活になるから、ユルンベルク国内に腰を落ち着ける期間が極端に短くなる。今みたいに領地でなくて王都にずっといて……ってのならね、所詮は国内ですぐ帰れるからなあ。それともまた条件がかなり違うよね。
ティナお義姉様は元々イロンデル商会の仕事でずっと諸国を飛び回っているからそういう生活にも慣れているわけだけど、多分ティナお義姉様が夫人としてセットで行動することを前提にして……つまり、クロードお兄様だけでなくてティナお義姉様の能力や人脈も当て込んでの今回の話なんじゃないかって。
まあ、そうか、二人とも多国言語に精通してるもんねえ……。『実際、同行するなら私にもそれなりの額のお手当てが国から出るみたいだよ……』って、親指と人差し指で丸を作りながらにんまりと微笑んでるねえお義姉様は。
そこで『フィッシャー伯爵家の家督を継げなくなるかもしれない』につながるわけです。諸国を飛び回っていて何か領地に問題があったときにすぐに対応できない立場では、ちょっと領主としては厳しいんじゃないかなっていう話。
「もちろん予定通り僕がお父様から家督を継いで、実務は代官を立てるとか……。もしくは信頼できる親族の誰かをお父様が養子にして跡継ぎにしたり……って手もあるにはあるけど」
「……あの、それって、代官とか親族の養子とか……今の段階で任せても大丈夫かな、みたいな候補はいらっしゃるんですか?」
「いないねえ」
でしょうねえ。そんな話これまで一度だって出たことないもん。
「う~ん……やっぱりアリスは納得しないか……。アリスは領地のこと好きだからなぁ。誰かに任せるくらいなら自分が、って言いそうだなとは思ってて。だから実際、少し相談するのをためらってたところはあるんだけどね〜」
「ほら~! やっぱりアリスちゃんに相談するの先送りしてたんじゃん!」
「そんなことな……いや、確かにまあ、ちょっと……そんなことあるかも…………?」
あーあーもう、結局白状しちゃったよこの人。仕方ないんだから……。
でも大好きなお義姉様に呆れられてちょっとしょんぼりしてるみたい。……反省してるのなら、まあ……許してあげるかな!! 我ながら甘いとは思うけど……!
「ただ、そうですね……。お兄様が家督を継がなくて、誰か別の人に任せるくらいなら……私が継ぐことは十分に選択肢になり得ます。もちろん、そのための勉強を超特急で叩き込んでもらって準備しないといけないでしょうが……」
「それについてはアリスちゃんならそんなに心配いらないと思うよ、あなた割と要領いいから。もちろん簡単な仕事じゃないけど助けてくれる人はたくさんいるし、まだまだお義父様もご健在で引き継ぎの時間だってたっぷりあるもんね。ただ、問題はね……あなたが独身っていうことだわ」
「おっ、やっとそこに話が繋がったか。領地持ち伯爵の跡継ぎ令嬢が独身婚約者なしって、それもう兎が自分で鍋持ってその辺跳び回ってるみたいなもんだからな?」
えっ。それってつまり食材が自ら調理器具まで持ってきてセットになってる状態……それくらいに、私って都合がいい存在でかつ≪チョロい≫って思われてる? そういう意味だよね?
「そんなの、婿入り狙いで近づいて来るやつなんて巨万といるだろ。下手したらヤバいやつに領地乗っ取られて終わりな可能性も全然あるんだからな、わかってんのか? そのへんの話が」
「しかもこんな……善人でお人好しで世間知らずで甘ちゃんの令嬢だよ? こんなのが『私跡継ぎです、婿はまだいません』って顔でお外を歩いてごらんなさいな。瞬殺で悪人たちの餌食になるでしょ」
「いや、そんな大袈裟な……」
「全然大袈裟じゃないですよ、アリスさん。実際によく聞く話です」
おや。いつのまにかまたリーノ様も話に加わっていたね、フェリシア様のお姿も隣に見える。ご挨拶とかは一通り終わったのかな……?
それにしても、やっぱそんなに一大事なのかあ……相変わらずあんまりピンとこないんだけどなあ。




